22.甘いかおり、苦い味

名前side.

修ちゃんと同じクラスになれて幸先の良いスタートを切れた中学最後の春。早々に行われた席替えでもなんと、修ちゃんの前の席になることが出来てすごく嬉しい。最初は隣の席狙いだったけど、(わざと教科書を忘れていちゃいちゃするため)今となっては前の席で十分満足。だって隣って意識しないと見れないけど、前の席だと自然と修ちゃんの視界に入れるじゃない?だから席替えしてからの私は髪の毛のケアやボディクリーム、香水など自身を纏う香りにも今まで以上に気を使っている。彼女になったからって気は抜けないもの。

3年間部活は一緒だったけど、やっぱりクラスが同じだと一緒にいれる時間が全然違うし今まで知らなかった修ちゃんの授業中の感じとかもいちいち新鮮に感じるおかけで退屈だった授業も今は全部楽しい。

同じクラスになって気づいたこと。まず修ちゃんは英文を読むのが苦手。いちいち日本語っぽい発音、というか棒読みで、先生に何度言われても直さず終いには不機嫌になる。多分恥ずかしいんだろうな…と思いかわいい一面にくすくすと震えていると解放され席に座った彼に教科書で叩かれる。

「痛ったぁ」
「笑ってんじゃねぇ」
「だって修ちゃん意地でも直さないから」
「ったくここは日本なんだから英語なんて必要ねーんだよ…」

なんて終いには元も子もないことを言い出す。子供じゃないんだから…大輝や祥吾みたいなこと言わないでよね。

あと日本史の授業のときはかなりの確率で寝てる。バスケ部では部長もやってるから部活の時間以外も神経削ってるみたいだし、お父さんのこともあるから疲れてるんだろうなぁきっと。だからなるべくそっとしておいてあげて、先生が近くまで来たら急いで起こしてあげるのが私の役目。けど一度寝てしまった修ちゃんはなかなか起きてくれなくて、結局先生に怒られた修ちゃんが「起こせよ」とか言ってくるからカチンときてケンカになることも多い。

あ、でも意外と数学は得意なんだよね。この間私もうとうとして寝ちゃってたときがあって…あのときは前の日なかなか寝つけなくて朝からすっごく眠い日で、気づいたら夢見てて。

「じゃあさっき当てられたやつは黒板にちゃんと式と答え両方書いてけよー」

教室の程よくざわついた感じもなんだかリラックス出来て未だ夢の世界にいる私に突然バシッと衝撃がきて、ビックリして起きると呆れた顔の修ちゃんが私の頭を丸めた教科書で叩いたようだった。

「もー痛い…起こすならもっと優しくしてよね」
「そんなんじゃ起きねーだろ」
「起きれますー修ちゃんじゃあるまいし」
「あーそーかよ悪かったな。つーか、お前も当てられてんぞ」
「…え?うそ!!ちょっと待って私どこ!?」
「24ページ。俺が今から書きに行くとこの1個前だな」
「えーっと24ページ…?わ、今日に限って結構進んでるし。どうしよう…」

数学って初めが肝心で、解き方さえ理解出来れば初歩的な問題なら簡単に解けるけど、そこでつまづくともう手の施しようがないんだよね。あー全然わかんないよー最悪。なんでよりによって数学の時間に寝ちゃってそんなときに限って当てられるんだろう。今日朝急いでてテレビ観てこなかったけど絶対おは朝占い私の星座最下位だよ…

「はぁ…ったく。ほらよ、お前の教科書借りんぞ」
「えっ?」

修ちゃんがなぜ教科書を交換して持って行ったのか理解出来ない私は一瞬頭に?を浮かべたがとりあえず急いで問題を解かなければと視線を教科書の問題文に移した。

「んーと…24ページの修ちゃんが問2書いてるから私は1…あ」

だから修ちゃんは自分の教科書を置いてってくれたんだ…。修ちゃんの行動の意味を時間差で理解した私は不意打ちでまたキュンとさせられてしまった。

修ちゃんの教科書を持って黒板の前で式を書いている彼の隣に並ぶ。

「…ありがとう。教科書に式と答え書いてたんだね、私が当てられたところまで…」
「まーな。貸し1ってことにしといてやるよ」

先に書き終わった修ちゃんはにやりと笑って私の肩に手を置くと席に戻って行った。かっこつけちゃって…これを貸しっていうのなら私のほうがその何倍も修ちゃんに貸しがあると思うんですけど?納得いかない…と思いながら黒板に書き終えて席に戻ろうとすると頬杖をつきながら私が書くのをずっと見てたらしい彼と目が合い、ふっと微笑む顔にまたドキッとしてしまう。1年前までは一方的に好かれてて別になんとも思ってなかったのになぁ…。悔しいけど今はもうすごく好き。


だから、そんな彼がたまに元気がなかったりぼーっと何か思いつめたような顔をしていると心配になる。

「修ちゃん……修ちゃん!」
「……え?」
「そろそろ笛鳴らしてあげないと、ハーキーやってるみんなが死にそうになってるよ?」
「あ、やべ…」

ピッと笛を鳴らした瞬間倒れこむテツヤや「あーもう足攣りそうっス…」と弱音を吐く涼太にくすくす笑っていると汗だくの祥吾がブチ切れてこっちにやって来る。

「おいテメー!!よりによってこれやってるときにぼーっとしてんじゃねーよ殺す気か!!」
「るせーなオメーはサボってばっかなんだからこんぐれーがちょうどいんだよ」
「んだとこの色ボケジジイ!!」
「あぁん?もっぺん言ってみろヤリチンクソ野郎!!」
「もう、やめやめ!もうすぐ休憩入れるから、祥吾あとちょっと頑張って」
「ったく。じゃああとでマッサージしてくんね?こいつのせいで足痛てーし」
「あ?こんぐれーでどうにかなる足なら試合で使いもんになんねーっつーの」
「あーもうわかった!!祥吾はあとでマッサージしてあげるから、早く列戻って」
「え、マジ?やったね〜」

修ちゃんに向かってにやりと不敵な笑みを見せつける祥吾。その挑発にまんまと乗って血管切れそうになってる修ちゃん。もう、仲いいんだか悪いんだか…

「はー?ショーゴ君だけずるいっスー!先輩俺にもマッサージー」
「名前ちん俺もー」
「あーもう、丸くおさめるつもりが収拾つかなくなっちゃった…」
「お前はあいつらのこと甘やかしすぎなんだよ」
「だって…それに元はと言えば修ちゃんがぼーっとしてたからでしょう?何か考え事でもしてたの?」
「別に…」
「何でも話せる関係になりたいんじゃなかったの?私と」

ちょっと意地悪なことを言って修ちゃんの腕をツンツンすれば一気に修ちゃんの顔は真っ赤になった。

「ちょ、お前あのしりとりネタはやめろ…マジで恥ずかしいから」
「ふふ、いいじゃない。1人で抱え込んじゃうの、修ちゃんの悪い癖だよ?まあ私に話したところで、いい言葉を掛けてあげられるかはわからないんですけど」
「はは、なんだそれ。じゃあどうすっかな」
「もうー…」
「いや、親父のこととかな」
「あ、うん…お父さん、その後どう?」
「今は安定してる。病院食ばっかだから痩せたけど、でも死ぬかもしんねー病気なのが信じらんねーくらい元気だよ」
「そっか。よかったぁ」
「けどやっぱ心配でさ。前も体調崩すまでは退院出来るって言われてたのにこうなっちまったし、常に頭にはそのことがあって。もし親父の容態がまた悪くなったら、それがたとえ大事な試合の最中だったとしても放り出してそっちに行くと思う…」
「そんなの、誰だってきっとそうだよ」
「でも強豪校の部長がそれじゃダメだと思うんだよな。仮にもうちは去年日本一になった。学校側からも期待されて他校からも注目されてる。チームを不安にさせたり、最後まで責任持って役割果たせねーなら部長でいる資格はねえよ」
「そんな…でも本当は最後までやりたいんじゃないの?」
「まあ部長じゃなくてもバスケは出来るしどっちかっつーと俺もそのほうが気が楽なんだけど…でもコーチに言うの渋ってうだうだ悩んでるってことは、そーゆーことなんだろうな」
「修ちゃん…」

苦笑いする修ちゃんに胸が苦しくなった。私が思ってるよりずっと、強豪校の部長というのは重みのある役目なんだと知った。修ちゃんは、ずっと家族のことやバスケ部のことで悩んでて、それでいて練習メニューの考案したり自分の練習もしてたんだ。修ちゃんのことを思えば思うほど、なんと声を掛けるのが正解なのかわからなくて言葉に詰まる。やっぱり、私なんかじゃ役不足だったのかもしれない。

「ごめん。聞いといて、なんて言ったらいいか…」
「んな顔すんな。お前が隣で笑ってくれんのがいちばん癒されんだからよ」
「…うん」
「俺も話したら気が楽になったわ、やっぱ考えすぎはよくねーよな。あ、それとさ…」
「ん?」
「部長としてじゃなくてこれは俺個人としてなんだけど…俺のことを思ってくれんなら、仕事とはいえマッサージとかあんまり野郎共の身体を触るのはなんつーか…ヤダ」
「え、まさか妬いてるの?」
「ワリーかよ…」

どんどん顔が赤くなっていく修ちゃんはバツが悪そうに顔を背けた。

「えーだって仕事だもん、仕方ないでしょう?それを言うなら私だって、修ちゃんと他のマネージャーが話すの嫌なんですけど」
「は?話すのもダメなわけ?」
「うん、特にさつきはかわいいからダメッ」
「あー桃井かわいーよな」
「ほらぁ!修ちゃんがさつきのこと可愛がってるから嫌なの!」
「何でも話せっつったのお前じゃん」
「…もういい。私も浮気する。今日は祥吾と帰るし祥吾んち泊まるから」
「はぁー!?お前マジで今のは聞き捨てなら…」
「ちょ、キャプテン…まだ…?」
「あーもうっ…終わり!休憩!!」

またも長時間ハーキーをやらされ倒れこむ大輝や真太郎を尻目に不機嫌MAXで体育館を出て行く修ちゃん。

「はぁ。あなたがあの人を怒らせてどうするんですか」
「だってぇ…修ちゃんがさつきのことかわいいとか言うんだもん」
「痴話喧嘩も大概にしてください」
「…はぁい。赤司君、修ちゃんの機嫌とってきてくれる?お願い…!」
「まったく…仕方のない先輩ですね」
「ごめんね。いつもありがとう」

優しく笑って修ちゃんの後を追う赤司君。もしかして、私より修ちゃんのこと熟知してる…?てゆーか相談乗るとか言って私がいちばん修ちゃんのストレスになってるんじゃ…

「お前あんまケンカばっかしてっと赤司にキャプテン取られんぞ」
「大輝も、やっぱそう思う…?」
「ま、そーなったらお前は俺がもらってやるから安心しろよな」
「ばーか。そんなとこいつまでも転がってないで早くドリンク取りに行きなよ。あ、動けないなら取ってきてあげよっか?」
「るせー。お前こそ、早く仲直りしてくれば?どーせ別れる気もねえくせに」
「…うん。てゆーか大輝のくせに生意気!」

大輝の頭をわしゃわしゃすると本気で嫌がる大輝が反撃のごとく私の胸を触ってきた。

「ちょっ、なにすんのよバカ!!」
「お前がガキ扱いするからだろーが」
「だからってなんで触んのよ」
「触りてーから」
「はあ!?言い訳になってな…」

言い返してる途中で寝転んだままの大輝が指先をきゅっ…と握ってきたので思わず口が止まる。

「お前と虹村サンがケンカする度にちょっと期待する。けどどうせすぐまたいちゃつきだして、見せつけられんのがオチなんだよな。…俺のこと、ちょっとも好きじゃなかったのかよ」
「大輝…」
「俺の気持ちは変わってねーから」

大輝はそう言うと立ち上がって行ってしまった。いつもバカやって笑ってる大輝のまっすぐな瞳にドキドキしてしまってまだ心臓がうるさい。大輝に握られてた指先も熱い。でもこの一瞬の感情はきっとすぐ消える。ごめんね大輝…

「名前ー早くマッサージしてよ」

大輝と入れ替わるようにやってきた祥吾。そうだ、修ちゃんとこ行く前に祥吾にマッサージしてあげる約束してるんだった。あーでも見られたらせっかく赤司君に協力してもらったのにまた修ちゃん怒らせちゃいそうだし…どうしよう。

「祥吾…そうだったね、忘れてた」
「はー?ひどくね?つーかダイキとなんかあった?」
「え…ううん、何もないよ」
「ふーん…そっか。ならいいんだけど。じゃあほら、あっちでマッサージ…」
「マッサージなら俺がしてやるよ、灰崎」
「…ぎゃー!!!つーか戻んのはえーよ!!!」
「お前みてーのに抜け駆けされても腹立つしな」
「修ちゃん…!」

どうやらまた赤司君が上手いこと言ってくれたみたいだ。目が合うと一瞬笑顔を見せた赤司君が空気を読んで祥吾の髪の毛を引っ張り部室の中へ消えて行った。

「言っとくけど、桃井をかわいいって言ったのは後輩としてだ。俺の中の恋愛対象はお前だけだから」
「…うん」
「だから、その、なんつーか…」
「今日、どっか寄って帰りたいな」
「え…?」
「私もついむきになって意地悪言ってごめんね。修ちゃんが大変なのわかってるから言わないようにしてたけど、最近あんまり遊べてなかったから寂しかったの…」
「…そっか。じゃあ、今日はどっかで飯食って帰る?」
「うんっ」


もともとはお互いの嫉妬が起こしたケンカ。好きだからこそするケンカってかわいいものだけど、やっぱり思い合って仲良しでいるときのほうが幸せに決まってる。まあケンカの後のいちゃいちゃもまた、癖になっちゃったりするんだけど。