03.奪われたファーストキス


「そんで?まんまと青峰っちの犬になったってわけっスか」
「その言い方むかつくなあ。あんたに犬とか言われたくないわ。ま、青峰先生の飼い犬なら喜んで立候補するけどね。次の進路希望調査に第一希望青峰先生の犬って書こうかな」
「ぶはっ!名前っちやば!きもすぎ!」

昨日のことを誰かに話したくて、私の気持ちを唯一知っている黄瀬に話したらこの反応。相手間違えたわ…隣で爆笑する黄瀬を見てそう思う。でもそもそも黄瀬以外にこんなこと、言えないしなぁ。

「まーでもよかったっスね、青峰っちとお近付きになれて」
「うん、ありがと!最初から黙ってそう言えよな」
「はいはい。ところで今日は放課後何かあるんスか?」
「んー。特に予定ないし、先生からも今のところ何も」

スマホに目をやりながらそう答える。青峰先生からの連絡を今か今かと待っている私にとっては連絡があるかないかで今後毎日のモチベーションが決まる。まあ昨日の今日だし青峰先生めんどくさがりだから期待するだけ無駄だってことは重々承知なんですけれどもね。はあ。

「じゃあたまにはバスケ部覗きに来ないっスか。青峰っちにも会えるかもっスよ」
「いいいいく!!!黄瀬ナイスじゃん!よくぞバスケ部に入ってくれた、これぞファインプレー!!」
「ははは…よくわかんないっスけど、喜んでくれてよかったっス」

そーいえば黄瀬ってバスケ部だったなあ。青峰先生が顧問てわかっててなぜ今までこの手を使わなかったんだろう。HRが終わると同時に浮かれて自宅に直帰していた日々を呪いたい。私は今までなんてもったいないことを…

・・・

「名前っち準備できたー?もう行くっスよー」
「待ってー今終わるー…」
「もーそんな化粧なんか直したって変わんないっスよ!ほら急いで!」
「うるさいなあ。あんた女心ちっともわかってないね、言っとくけどその顔に生まれてなかったら絶対モテてないからね」
「はいはいおっけースか?こっち見て。うん、カワイイ完璧最高っス!よし行こう!」
「腹たつぅぅぅ」

今度授業中寝てたら商売道具の顔ぶん殴ってやる。めっちゃブスにして写メ拡散してやる。

急いでいるのか黄瀬は私の手を取り足早に教室を出た。体育館に向かう途中今から黄瀬を見に体育館へ向かうのであろうファンの女の子達がこっちをチラチラ見ていた。黄瀬人気すごっ。

「ねえ」
「なんスかー?」
「そろそろ手、離してほしいんだけど」
「あーはいはい」

惜しむこともなく簡単に離される手。まあ黄瀬が私を惜しむわけなんてないしあっても困るけどさ。こういうこと他の女の子にしてたら絶対勘違いされるってのに、罪な男だ。


体育館に着くと「ちょっとここで待ってて」と黄瀬が言うので大人しく待っていると椅子を持ってきて、「どうぞ」と座らせてくれた。え、いいの?他の見学者もとい黄瀬のファンの子達は立っているのに。いろんな方向から殺気立った視線感じるけど、帰り刺されたりしない…よね?

ただならぬ不安を抱きつつもバスケ部の練習を見学する。青峰先生まだかなーとか雑念もちょいちょい挟みながら。知らない人ばっかだなーバスケ部の練習ってこんな感じなんだーっていろんな人を見ていたはずなんだけど、気づくと黄瀬ばかり目で追っていた。知り合いだからってのもあるけど、やっぱり派手だし私でもわかるくらい断トツで上手いし華があるんだなあ黄瀬って。と改めて思った。

スリーを決めてこっちにVサインと笑顔を向けてくる黄瀬に微笑むと、「なーにやってんだアイツは」と後ろから響く低い声に心臓が跳ね上がる。

「青峰先生…!」
「お前何してんの。見学?」
「はい、黄瀬に誘われて」
「へぇ。ほんと暇人なんだな」
「はい!なんでいつでもコキ使ってください!」
「おう。じゃあほら立って肩揉め」

言われた通り立ち上がると青峰先生がどかっと椅子に座ったので「失礼しまーす」と一言置いて肩を揉ませて頂く。はわわ、青峰先生のお身体に触れているよ私…なんだかまるで新婚夫婦みたい!「あなた、毎日お勤めご苦労様」とか言っちゃったりなんかしちゃったりしてー!へへへ。

「おい力緩めてんじゃねーよ、しっかりやれ」
「は、はい!」

いっけね、またつい妄想癖っぷりを発揮してしまった。しかしだんだん腕疲れてきたんですけど、まだですかね、まだ凝りほぐれてないですかね…?

「青峰っち、あんまり名前っちいじめちゃだめっスよ」

いつもなら「邪魔しないで!」とか言って怒るところだが、今は黄瀬がキラキラ輝く天使に見える。神様仏様黄瀬涼太様、どうか私をお助けくださいまし…!

「いいだろ別に。コイツだって喜んでんだしよぉ」
「そーなんスか?」
「いやぁ、さすがにちょっと疲れてきたかなぁーなんて」
「んだよだらしねーなぁ」
「これでも一応女の子なんスから、少しは手加減してくださいっス。そんなことより青峰っち、1on1やらねっスか。もちろんオレには手加減いらないんで」
「はぁ。仕方ねーな、ちょっとは楽しませろよ…」

そう言って2人はボールを持ってコートに行ってしまった。ふう、助かった…家帰ったら湿布貼ろ。って青峰先生がバスケやってるとこ見れるとかやばい!楽しみすぎる!!

「………」

バスケ部の中でも飛び抜けて上手い黄瀬がまったく歯が立たないほど青峰先生の実力は常人離れした凄さで、私は瞬きするのも忘れて2人のゲームに見入っていた。

「あーもう…、また負けた…」
「だからオレに挑もうなんて100年早えーっつってんだろ…」
「次は、絶対負けねっスよ!」

悔しがる黄瀬になんて声をかけようかおろおろしている私の気持ちとは裏腹に、2人はなんだか楽しそうだった。なんか、男の子っていいなあ。

「あークソ、やっぱ負けるのって悔しいっスね」

タオルで汗を拭きながら戻ってきた爽やかスマイル黄瀬君が椅子に座る私の隣に腰をおろした。

「お疲れ。やっぱ青峰先生かっこいいわ、思ってた以上に凄くてびっくりしちゃった」
「あれは別格っスよ、まだ全然歯がたたなくて。名前っちにカッコ悪いとこ見せちゃったっスね」

はは、と笑う黄瀬になぜか胸がきゅっと締め付けられた。

「そんなことないよ。あんな本気の黄瀬初めて見た、かっこよかったもん」

だから冗談でもカッコ悪いなんて言ってほしくなかった。

「名前っち…」

私が珍しく褒めたからか黄瀬は目を丸くしている。

「言っとくけど同情でもお世辞でもないからね」
「わかってるっスよ、名前っちがオレにそんなんしてくれるわけないっスもん」
「あはは、よくおわかりで」
「…でも嬉しかったっス。初めて名前っちにカッコイイって言われた」

う、そこで見つめてくるとかずるいよ!ドキドキしちゃうじゃんか。黄瀬のバカヤロウ。

「着替えてくるから待ってて」と言って黄瀬が部室に消えた後、青峰先生がボールをワンバウンドさせて私にパスしてきた。あ、気づけば青峰先生と体育館に2人っきりだ。

「お前のシュートフォームさぁ、軸が曲がりすぎてて見てるといらつくんだよなぁ」

…いきなりどうした。確かに下手なのは認めるしいらついたのなら謝るけれどもさ、言わせて貰えばさっきの見てたら青峰先生だってめちゃくちゃバランス崩してもシュート入ってたじゃん。なんかドッチボールみたいにバックボードにボールぶん投げてたじゃん。それでも入るんだからフォームなんて実際関係なくね?とは口が裂けても言えない。

「え、だって私素人だし、仕方ないじゃないですかぁ」
「仮にもオレの教え子なんだからだっせえ投げ方してんじゃねーよ」
「えー?」
「ほら、この線の前に立ってシュート体勢」
「…はい、こうですか?」
「ばーか、重心ズレてる。背筋もっと伸ばせ」

耳元で青峰先生の低い声が響いて、背中を指でなぞられる。

「あ、青峰先生…」

気のせいじゃなければ私、青峰先生に後ろからさり気なく抱きしめられてません…?

「全体的に力入り過ぎ、重心ヘソ意識しろ」

太腿に手を這わされてもう片方で制服のシャツを捲られる。青峰先生のことは好きだけど、なんか展開が早すぎてついていけない。もうなにがなんだか…

「せせ、先生!セクハラ、ですっ」

振り返って反論すると腕と頭を掴まれてキスされた。ボールが床をバウンドしながら転がっていく。え、今どういう状況…?

ゆっくり唇が離れると、青峰先生のこわいほど真っ直ぐな瞳が私を写す。

「もしかしてキスすんの初めて?」
「…はい」

まさかファーストチッスをこんな形で奪われるなんて。ずっと彼氏のいない私には当分先のことだとばかり思っていたのに、まさかこんな風にしかもあの青峰先生とすることになるなんて。

「もっかいする?」
「ええっ!?」
「嫌なら拒めよ」
「…んっ」

どんな形であろうと私が青峰先生のキスを拒めるわけなんてない。二度目のキスは、さっきよりも優しくて、温かくて、柔らかかった。