04.初恋


「ねえ黄瀬、ディープキスってどうやんの?」

お昼何食べる?みたいな感じで唐突にそう話しかけると、黄瀬は飲んでいたジュースをぶふぉっと口から吹き出した。汚い。

「いきなり何なんスかもぉ〜…」

はい、とティッシュを渡すと「どもっス」と律儀にお礼を言いながら机を拭く黄瀬の顔は赤い。今更純情ぶるなよ、どう見たって黄瀬は経験豊富だろ。と内心思う。

「いきなりされたのに、名前っちやる気満々っスね」
「べ、別にそういうわけじゃないけどさ!もしそうなった時に間違った反応しちゃったら恥ずかしいじゃん!」
「あはは、名前っち可愛い。てっきり名前っちはキスくらい経験済みだと思ってたからなんか意外っス」
「中学の時は男子と女子があんまり仲良くなかったから付き合ったりとかほんと一部の人しかなかったし、高校入ってからは青峰先生一筋で告白されても断ってたからね」

事実なのだが言い訳がましく聞こえてなんか嫌だ。まあ告白されたと言っても年中モテモテな黄瀬様に言うのも恥ずかしいくらい数える程度しかないんですけれどもね。

「えーもったいない。中学のは仕方ないとして、告白された人と付き合ってみればよかったのに」
「わー出たよ、これだからチャラ男は…。好きでもない人と付き合ったりキスしたって意味ないじゃん」
「でも一緒にいてその人の良さに気づくってこともあるかもしれないじゃないっスか」
「良さに気づいてから付き合いたいもん。そんなん言って好きになってもならなくても男はキスとかセックスしたがるじゃん」
「まあ、それを言われると何とも…」
「でしょ?いいから早くディープキスのやり方教えてよ」

昨日の帰り道、早速黄瀬に青峰先生とのことを話すと驚いていた。そりゃそうだよね、私だって驚いたもん。人生いつ何が起こるかわからないもんだってことを高校2年にして学んだよ。

「やり方って言われても人によるし、名前っちが初めてだって知ってるなら向こうに任せたらいいんじゃないっスか。初めての子が変に慣れてたらちょっと引くし」
「え〜でも全くの無知なんだよ?不安なんだけど」
「じゃあ、オレで練習する?」

そう言って微笑む黄瀬はすごくセクシーで、思わず生唾をゴクリと飲んでしまった。

「ばばば、ばっかじゃないの!?このチャラ男!ヤリチン!」

動揺する私に黄瀬は涙まで流して爆笑していた。もう恥ずかしすぎて顔が爆発しそうなんだけどどうしてくれる。

「あーもう、名前っち動揺しすぎ!冗談に決まってるじゃないっスかーあはは」

なんか知んないけどコイツ本気でむかつく。結局ディープキッスのやり方教えてくんなかったし。なんだよ企業秘密ってか?ケチー。

「別に付き合ったとかじゃないんだし、次があるとは限らないじゃないっスか。悩んでる時間が無駄っスよ」

フォローしているつもりなのか私のことが実は嫌いだったのか知らないが結構グサリとくることを爽やかスマイルでサラリと言いやがる黄瀬に少々殺意を覚えるが、まあそうだよなと妙に納得もしてしまう。アホらしい、考えるのもうやめよう。

どうせ昨日のキスにきっと意味なんてなかったんだから。つい期待してしまいそうになる自分にそう言い聞かせた。

・・・

「腹減った。なんか食うもん持ってこい」

4時間目が終わる頃、スマホが震えたのでチェックすると青峰先生からラインが来ていた。

授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に席を立つ。約束はしていないがなんとなく一緒にお昼を食べることの多い黄瀬が「今日は何食べる?」といつものように聞いてきた。

「ごめん、今日は他の人と食べて」

それだけ言って急いで教室を出た私はきっと顔が緩むのを抑えきれてなかったと思う。去り際に、「いってらっしゃい」と黄瀬の声が小さく聞こえた気がした。

購買でパンとおにぎりを適当に買って急いで社会科準備室に向かった。ドアを開けるとまたソファに寝そべった青峰先生がいて、それにさえドキドキしてしまう。

「ノックくらいしろよ…」

顔に被せていた堀北マイちゃんの写真集を置くと、座り直して隣をポンポンと叩く。どうして先生は、いちいちこんなに私の心を掴むのが上手いんだろう。先生の言動ひとつひとつが私のツボで本当に困る。

昨日の今日だからかなんかいつも以上に意識してしまって正直ご飯が喉を通る状態ではない。

「ん?食わねーの?」
「はい、私は飲み物だけで大丈夫です」
「ふーん。つーか、来たってことは昨日のキス、嫌じゃなかったって解釈していい?」
「えっ!?」

思わず飲んでいたジュースをむせてしまう。さっきの黄瀬かよ、と自分に突っ込む余裕もないくらい返答に困るんですけど。

げほげほとむせていると「大丈夫かよ…」と若干引き気味な青峰先生が背中をさすってくれる。嗚呼、恥ずかしい。

「す、すみません、大丈夫です」

なんとか落ち着いたことに安心していると青峰先生が「わかりやすいな、お前」と笑ったので多分私はまたわかりやすく赤面してしまっていることだろうと思う。熱が顔に集中しているのが自分でもわかる。

「嫌なはずないか。お前、オレのこと好きだもんな」
「なっ…!」

告白もしていないのにこんなこと言う人いる!?もう信じらんない恥ずかしいどうしようと頭が混乱する。

「なあ?」と追い討ちをかけるように顔を覗き込んでくる青峰先生はずるい。意地悪だ。

「な、何でそう思うんですか?私まだ告白なんてしてないですよ?」
「今まだって言った」

ぎゃあ!自分で墓穴を掘ってしまった。恋愛経験ないくせに強がって余裕かまそうとした結果がこれだ。慣れないことはするもんじゃあない、と今日の日記にしたためようと思う。

青峰先生は楽しそうに笑って、「それにお前いつもオレのこと見てるし、さっきも言ったけどわかりやすいからな」と言う。青峰先生いわく、私の目はハートになっているとのことだ。黄瀬によく、「ガン見しすぎ」と注意されていたけれど、そんなかわいいおめめになっていたとは自分でもびっくり。

「オレのこと好きじゃねーの?」と聞く青峰先生は優しく微笑んできて、やっぱりずるい。どんな強がりも、好きな人の前では無力化するんだと改めて知った。

「…好き。こんなに人を好きになったのは、先生が初めてです」

素直に言ったご褒美とでも言うかのように、青峰先生が私の肩を抱き寄せて、キスをくれた。

唇を少し離して目が合うと、また目を閉じて何度も何度も角度を変えてキスをされる。

「苗字、口、開けろ」
「?」

言われるがままに少し口を開くと、また重ねられる唇から私の口の中に青峰先生の舌が入ってきた。生温かくて、にゅるにゅるしたものが私の舌に当たって、舐めたり絡められてたりする。どうしていいかわからなくてついていくのがやっとな私はドキドキしすぎて頭がおかしくなりそうだ。

息が苦しくなって思わず「…ん、」と声が出てしまい、それに気づいた青峰先生がちゅ…と音を立てて唇を離した。色っぽい表情の青峰先生に見つめられて、本気で心臓が破裂しそう。

「そんな声も出せんだな」
「か、からかわないでください!初めてだし、どうしていいかわかんないし、ドキドキしすぎて、苦しくて…」

必死で弁解する私を優しく抱き締めるとまた青峰先生がキスをしてきた。青峰先生の腕で抱き締められて、あったかくて、優しくキスされて、今まで生きてきた中で一番幸せだと思った。

「…先生って、キス魔なんですか」と言うと青峰先生は笑って、「まぁキスは好きだけど、今のはお前が可愛かったからしたくなった」なんて嬉しいことを言いやがるもんだから私は完全に堕ちた。


教室に戻ると思わず勢いよく黄瀬に飛びついた。抱きとめながら黄瀬は「もぉ〜、びっくりするっスよ」と呆れたように笑って背中をポンポンしてくれた。

「黄瀬、あのねっ…!」
「んー?」
「…私、青峰先生のこと、本気で大好きになっちゃった。どうしよう、好き過ぎておかしくなりそうだよ…」

人を本気で好きになるってこんなに気持ちを揺さぶられるものなんだと知った。黄瀬も、このクラスにいるみんなもきっと今まで恋愛を経験してきて、こんな気持ちやあんなキスをしてるんだと思うとみんなが大人に見えた。さっきの青峰先生との時間を思い出すだけでこんなに心臓がドキドキして、胸が苦しくて、何も考えられなくなって、私はこの大き過ぎる感情が、少し怖くも感じた。