24.本気の恋は止めよう※

灰崎side.

あーもーマジ最悪。虹村と名前の交際宣言以上に不幸なことなんてしばらくないと思ってたのにむしろそれを皮切りに不幸しかねーんだけど。俺の世紀末いつまで続くんだ?

春になって気持ちも明るくなるかと思いきや早々に虹村と名前が同クラになる、のを早々に目撃してしまう。あれは普段サボりがちな俺が完全不登校になるレベルの衝撃だった。いやいや…同学年で部活も一緒で付き合ってんのに更にクラスも一緒とかなに?運命共同体ですか?この世に神様とやらがいんならマジでぶっ殺してえ。と強く思ったのを未だに覚えてる。

しかもぜってーヤッただろあいつら。なんか前にも増してラブラブ度増したし、俺にはわかる。だって名前の綺麗さにより一層磨きがかかってる!絶対前より可愛くなった!そしてエロさが増した!あーもークソッ…好き…。見守るって決意したけど全然付け入る隙ねぇし、待ってらんねーよ…名前が欲しくてたまんねぇ。

そんな精神状態の俺に更に追い討ちをかけるかのようにバスケ部にいつぞやの金髪チャラモデルが入部してきたもんだから最悪も最悪だ。黙って他でチャラついてりゃあいいもんを…そんなに名前が好きかよ。おまけにプレースタイルも俺と被るし初心者のくせにセンスはいいしでいちいち鼻につく。最初は不快感を示してた虹村やダイキもなんだかんだで認めてるし、名前も「黄瀬君」から「涼太」呼びになってるしマジで気に食わねー。

「はい、祥吾のドリンク」
「サンキュー」
「最近サボらず来てるよね、えらいえらい」
「じゃあご褒美にちゅーして?」
「もう、すぐふざける」

余裕で躱してきやがって、むかつく。そーやってまんざらでもなさそうに可愛く笑うから諦めきれねーんじゃん。もうとりあえず浮気相手でもいいから久しぶりに名前とキスしてえなぁ。

複雑な気持ちを抱えつつも名前との貴重で幸せな時間を満喫している俺の視界に、虹村に次ぐストレス要因が映り込む。

「チッ…」
「ん?あー…涼太か。仲良くしなよ、チームメイトなんだしさ」
「無理」
「もう…」
「アイツ、お前狙いなんだろ」
「えっ…あー…うーん…どうだろ?」
「誤魔化すの下手かよ」

困ったように笑う顔も可愛いんだから俺のほうが困っちまうぜ…ったく…

「にしてもさ、お前追っかけて入部までしてくるとかやばくね?虹村と付き合ってんの知ってんだろ?」
「知ってるよ。でも、涼太が入部したのは大輝のプレー見てバスケに興味持ったからって言ってたし」
「まさかそれ信じるわけ?油断させてお前に近づこうとしてるに決まってんじゃん」
「あはは、祥吾じゃあるまいし」
「はー?なんで俺だけそーゆー扱いなんだよ」

楽しい(自称)痴話喧嘩で盛り上がっていると勢いよく俺のほうにボールが飛んできた。

「あっ…ぶねーな!誰だ!?」

咄嗟に名前を庇いながら振り返ると噂のブラックリストNO.2リョータがへらへらしながら「ごめんっス〜」とか言いながらやってきた。

「先輩大丈夫っスか?ケガしてない?」
「おい。つーかテメ明らか俺狙ってただろ」
「んなわけないじゃないっスかー。たまたまっスよ、たまたま!」
「あ?いい度胸してんじゃん。ヘタクソのくせに生意気こいてんじゃねえぞ」
「じゃあ勝負する?俺、他の4人ならともかくショーゴ君にだったらそろそろ勝てそうな気するんスよね」
「はっ…ナメられたもんだな。いいぜ、身の程を思い知らせてやる」
「ちょっと、2人ともやめなよ…!」
「いいじゃん、喧嘩するわけじゃねーし。そうだ、ただゲームしてもつまんねーし…名前、勝ったら帰りデートしてよ」
「は?なにそれちょっと勝手にっ…」
「いいっスね。先輩、俺のこと応援してて」

軽く相手してやるつもりだったけどこうなりゃちょっと本気出して確実に勝ちにいくっきゃねーな。面白れぇ…

・・・

「はっ!ザマァねーなあ、リョータァ」

リョータは床に這いつくばって言葉をなくしている。コイツ、本気で俺に勝てるとか思ってたらしい。他の4人より下だと思われてんのもむかつくけど、まあいいや勝ったし。思わぬご褒美もゲット出来たしな。

「…校門のとこで待ってて」

すれ違いざまに名前にそう耳打ちしてシャワー室へ向かった。あーなんか秘密のデートって感じでドキドキする。どこ行こう。

ヤれるとは思ってねーけど汗くせーって思われたくねぇし…入念に身体を洗うと急いで着替えて髪もばっちりキメて校門へ向かった。

「あれ…」

いると思っていたカノジョの姿はなく、待っててくれているのが当たり前と思い込んでいた俺は戸惑う。

やべ…デートこじつけたのも俺の勝手で名前は別にOKしてなかったしもしや帰った?え、うそうそ…ちょっとショックなんだけど。

焦り気味にスマホを取り出し電話を掛けると近くで着信音が鳴った。

「あはは、見つかっちゃった」
「おいーふざけんなって!」

隠れていた名前が笑顔で現れたことにとてつもなく安堵した俺は思わず名前を抱きしめた。

「だって勝手に決めちゃうんだもん。ちょっと意地悪してやろうと思って」
「ったく…ちょっとどころか効果テキメン。めちゃくちゃ焦った」
「うん、面白かった」
「コロス」

ぎゅーっと腕に力を込めると名前が笑いながら俺の腕を掴む。

「もう、ダメだって祥吾」
「えーいいじゃん」
「良くない、ほら離して」

名残惜しくも仕方なく腕を解くと名前は困ったように笑った。

「意地悪された仕返し」
「ひどい」
「はは、ほら行こうぜ。俺腹減った」
「うん。あ、この間美味しくて安い定食屋さん見つけたんだけど行かない?唐揚げ定食あるよ」
「マジ?行く!」
「じゃあ決まりね」

楽しそうに笑う名前の笑顔を壊したくなくて、繋ごうとしていた手を引っ込めた。好きなのに、身体の関係だって持った仲なのに、今はもうアイツのもんで。理性と距離感保つのって結構しんどいわ…

・・・

あー…しかし昨日は楽しかったなあ。飯も美味かったし名前も終始笑顔だったしほんと幸せだった。今日も虹村部活来なきゃいいのになー。

アイツさえいなきゃ今日も名前といちゃつける。昨日の話をネタに話し掛けて、流れ作って今日も一緒に帰ったりとかして。はぁ…俺がこんな部活を楽しみに体育館向かうとかやべーよな。

緩む顔を手で押さえながら歩いていると名前の声が聞こえた、気がした。声がするってことは誰かと一緒…?相手と会話が気になる俺はとりあえず身を隠す。なんか俺隠れてばっかじゃね?まあいいや。今はそれどころじゃねぇ。

「ねぇ、お父さん何か私のこと言ってた?」
「またそれかよ。お前ほんと親父のこと好きだよな」
「うん、だって優しいし面白いんだもん」
「お前が仲良くなりすぎてるせいで俺一人で見舞い行くと残念な顔しやがるんだけどあのジジイ」
「あはは、だから連れてってくれればいいのにぃ!」
「連れてったらまた余計なことばっか言うだろ」
「ラインでもういっぱい言っちゃってるもんねー」
「は?ちょっとお前それ見せろ!」
「きゃー!やだやだだぁめっ!」

…帰ろ。一瞬にして天国から地獄に叩き落とされたわ。名前も名前でさぁ、昨日俺とあんなに楽しく過ごしておいて少しも気持ち傾いたりとかしなかったわけ?虹村といる時のあいつ、すげー嬉しそうな顔してんのな。むかつくわ、ほんと。

「ほら、髪の毛にゴミ付いてんぞ」
「え、うそ。どこ?取って」
「いいよ」
「………!」

帰ろうとする俺の目に飛び込んできたのは虹村と名前のキスシーン。もうヤッてんだろとか思ってたわりに、キスしてんの見ただけで傷ついてるから笑える。虹村って、ああ見えて廊下でキスとかしちゃう系なのな。ばっかみてぇ…マジきめーんだけど。

「うっそー」
「ちょっと修ちゃんっ…!こんな廊下でとか…誰かに見られちゃったら恥ずかしいよ」
「したくなったんだからしょうがねーだろ」
「何それー。修ちゃんのえっち…」
「ちょっとこっち来て」
「えっ…」

名前の手を引いた虹村は近くの空き教室に入っていった。

「……んっ…」

気になって動けずにいる俺の耳には名前のエロい声や虹村の低い声が時折聞こえてくる。何言ってるかまでは聞き取れねーけど。

人気を気にしながら教室の壁に寄りかかってしゃがむとやらしいリップ音がかすかに聞こえてきた。

「…ん…修ちゃん…」
「なに?」
「好き…」
「俺も」
「あ…ダメ…ボタン外しちゃっ…」
「ちょっとだけ」
「んっ…もう…ダメ…声出ちゃうよっ…あぁっ…」

傷付いて心臓が痛いくらい苦しいのに勃起しちまってる自分が嫌になる。名前の裸は何度も見てるし可愛い反応も感じてる顔もよく知ってるからこそ、余計に今この中であいつらがしてることがリアルに想像できちまう。俺のほうがきっと先に名前を抱いたのに…

・・・

「ああ…?赤司テメェ今なんつった!?」
「バスケ部を辞めろ。これは命令だ」

あれから俺はまたバスケ部に顔を出さずにサボる日々を送っていた。憂さ晴らしでもするかのように彼氏持ちの女を日替わりで抱き、ヤッたら捨て、気に食わねぇ野郎は片っ端からぶん殴ってテキトーに過ごしてた。

そんなことを知ってか知らずか珍しく赤司に話があると呼び出された。クソだりーなか体育館まで行ってやったってのに会って早々ふざけたことをぬかしやがるから俺の血圧は一気に上がった。

俺がリョータに負けるだと…?何が俺のためだ、テメェが気に食わねぇってだけだろ。俺がバスケ部に必要ないとか何様だよコイツ…!!

血管ブチ切れそうになってる俺とは引きかえに、淡々と冷酷な目で、まるで俺に決定事項でも伝えるかのように赤司は言った。

そんな赤司を見てこれ以上何を言っても無駄なんだと悟った俺は、掴んだ赤司の胸ぐらを乱暴に離し体育館を出て行った。

「お前は黄瀬には勝てない」その言葉が頭から離れなくて、呪いにでもかけられたかのように何日経ってもイライラがおさまることはなかった。

・・・

今日も安定の屋上でサボってゲーム。ラインの通知が来たかと思えば最近ヤり捨てした女からのメッセージだった。

「チッ…しつけーんだよブス」

そこまで欲しくねえもんはすぐ手に入るのにな…世の中上手くいかねぇ。ま、名前のことはともかく、バスケなんて別に暇潰しでしかなかったんだしどうでもいいんだけど。

ひとつため息をついて横になる。今日はやけに日差しが強えーな…とそんなことにさえイラッとしながら眉間にシワを寄せると少ししてそれが和らいだ。

「ん…」
「あ、起きた」

寝転がる俺の横に立って笑っているのは久しぶりに見る名前だった。

「んだよ。つーかパンツ見えてる」
「わっ…ちょっと!」

恥ずかしそうに急いで座る名前。この間の虹村とのことを思い出して嫌気がさしたが、正直やっぱカワイイとか思っちまう。

「サボりとか珍しいじゃん」
「もうお昼休みですー」
「は、マジ?」
「マジ」

やっべ購買で食うもん買ってこよ、と逃げるように立ち上がろうとすると名前に腕を掴まれた。

「バスケ部…辞めるの?」

そんな寂しそうな顔するくらいなら、もっと早くにラインのひとつでもくれてもよかったんじゃね?とか女々しいことを危うく口にしそうになったがなんとかとどまった。

「今更なんだよ。つーかもう辞めたし」

だからもう俺にかまうな。名前のことだって忘れようとしてんのに、なんでこういうタイミングで現れるかなー…

「戻ってきなよ」
「はぁ?俺の話聞いてた?そもそもバスケなんて俺にとっちゃただの暇潰しだし、飽きたから辞めんだよ」

そうだ、あんなイラつくだけの部活なんてもう興味ねぇ。未練だってこれっぽっちも…

「祥吾が良くても、私が寂しい。だから戻ってきて」

なんなんだよこの女…マジ意味わかんねぇ…

「きゃっ」
「じゃあ、久々にする?」

こいつに振り回されるのももう疲れた。いきなり現れたと思ったら、可愛い顔してまた思わせぶりなこと言ってきやがって。クソビッチが…

「祥吾…ダメ」

押し倒して顔を近付ける俺の唇に名前は指を当てて困ったようにそう言う。

「お前のダメはいいって意味だもんな?」

そう言って両腕を押さえつけると身動きの取れない名前の唇に自分の唇を重ねた。

ちょっとびびらせて傷つける程度のつもりだったけど、名前を見ていたら止められなくなって、唇を割って舌を入れた。

「…んんっ…や…ん…」
「……んっ……は…」

久しぶりに感じる名前の体温。他の女では感じない感覚に、情けねえけどやっぱ好きなんだって思い知る。俺の全部がこいつを好きって叫んでる。なんで俺じゃねえんだよ。

押さえつけていた腕を離してギュッと抱きしめながらキスを続ける。

解放された手で俺の制服を掴む名前。そういうのが男を煽るって、わかってやってんの?

昼間の屋上に俺らの吐息とやらしいリップ音が響く。舌を絡めながら時折合う視線に、ドキドキと罪悪感でなんとも言えない気持ちになる。

キスをしながら制服のボタンに手をかけると、名前がぐっと力強く俺の腕を掴んだから思わず唇を離した。

「ダメって…言ったでしょ?」

顔を赤くしながら涙目でそう言う名前にハッとした。

「私、行くね」

身なりを整えながら逃げるように出て行こうとする名前の腕を、気づくと咄嗟に掴んでいた。

「離して…」
「………」

何も言えず、掴んでいた手を離すと名前は去っていった。

「はぁ……クソッ」


今度こそ終わった。最後に好きって言えなかった。本当は、寂しいって言われたのすげえ嬉しかったのに。

言葉選んでたけど、明らかに突き放されたのがわかった。いつもなんだかんだで受け入れてくれてたけど、今回は違った。好きな人に拒絶されんのってこんなに苦しいんだな。…とか柄じゃねぇのはわかってんだけど。

めんどくせぇ。もうどうでもいいわ。俺が部活だのマジの恋愛だの、今までがどうかしちまってたんだ。くだらねぇくだらねぇ。

このどうにもならない気持ちを一瞬でも忘れたくて、スマホを取り出すとさっきの女に連絡を入れた。誰でもいいから、早くあいつのこと忘れさせてくれ…