04.怪盗キッドからの贈り物


「安室さん、私今日でしばらくポアロ断ちするけど…探さないでください…」
「今度はどうしたんですか」

仕事中の安室さんにカウンター席から別れの挨拶をするも安室さんはお皿を拭きながらくすりと微笑んで聞いてくる。連日の私の言動から全然寂しがってもらえないのが悲しい。

「来週園子の誕生日パーティーがあるんだけどね。この間新しいドレス買って金欠なのと、少しでも痩せていきたいなって思って」
「なるほど。そういうことなら特別に、余った材料でヘルシーなものを作ってあげますよ」
「え!いいの!?」
「ちょうど今新しいメニューを考案中なので、お客さん側の意見を聞かせてもらえたら僕も助かりますし」
「やったぁ!楽しみ〜!」
「それに名前さんの顔が見れないのは僕も寂しいですから」

うっ…『行きつけの店の店員がイケメンすぎてしんどい。』ってタイトルで今なら1冊書きあげられそう。安室さんが喫茶店員で良かった…アイドルとかホストだったら貢いじゃうよ。まあ、今金欠って言ったばかりなんだけれども。むしろ安室さんにタダ飯をご馳走してもらう側だ。とほほ。

「あんまり甘やかすなよ、安室サン。あ…巷じゃあむぴって呼ばれてんだっけ?」
「松田さん!」

お店に入ってくるなりそのまま私の隣に座る松田さん。たまにこうやってポアロでバッタリ出くわして会えるのがすごく嬉しい。そして当然のように隣に座ってくるのがすごくすごく嬉しい。安室さんは「また来たのか…」と嫌そうな顔で松田さんの前にお水と灰皿を置いているけれども。

「あー腹減った。それ美味そうだな、ひと口よこせ」
「やだねー。私の貴重なオムライスだもん」
「ひと口くらいいいだろーが。ダイエットするんじゃねーのかよ」
「明日からするの。だからこれは最後の晩餐なんだもん」
「んなこと言ってるやつはいつまで経っても痩せねーよ」
「うるさいなぁ。松田さんは煙草でも食べとけ」
「あ?」

いつものようにあーだこーだと言い合っていると安室さんが「いちゃつくなら外でやれ」と言って松田さんの注文を聞く前にてきとーに料理を作り始めたから笑った。

「これのどこがいちゃついてるっつーんだよ」
「よく言うよ。そんな可愛らしいお揃いのマスコットをつけておきながら」
「こ、これは…!こいつに無理矢理付けられたんだよ」
「あー、人のせいにしたー!」
「本当のことだろーが」

まあ、実際そうなのだが。「帰ったら外すって言ったくせに」と言い返そうと思ったけどあんまり言うと本当に外しちゃいそうだから私が大人になることにした。だって、会うたびにまだ付けてくれてるの見るとキュンとするから。

「そうだけど…」
「ほらな、そういうこった」
「まったく…大人になれよ松田」

そう言って安室さんが松田さんに出したオムライスにはお子様ランチ用の小さな旗が刺さっていたのでまた笑ってしまった。「ふざけんな!」とそっこー旗を取り除いてオムライスをがつがつ食べる松田さんにバレぬよう、安室さんがこっそり私にウィンクをしてきたのでまたときめいてしまった。先程言った本を執筆することになったあかつきにはこのこともネタに加えようと思う。


「じゃあな、ごちそーさん」
「安室さんまたねー」
「はいはい、気をつけて帰ってくださいね」

ポアロを出て駐車場までの道を松田さんと並んで歩く。ああ…今日も大好きだ。なんであんなにケンカしてもこんなに松田さんが好きなんだろう。見た目がかっこいいのは大前提としても、安室さんだって超絶かっこいいし…なんなら安室さんとのほうがケンカもしないのに。最初は一目惚れだったけど…意地悪してくるところもこうして自然と送ってくれるところも全部ひっくるめて好きになっちゃってんだろうなぁ。松田陣平という名の沼にだいぶ深くハマってしまっているような気がする。

「松田さん、来週の土曜日って仕事?」
「来週の土曜?あー…仕事だな」
「だよねー…」
「何かあんのか?」
「ううん。園子のパーティー、一緒に行けたらなぁって思っただけ」
「俺あのお嬢様とほとんど話したことねぇけど」
「イケメンならいいって言うよ園子は。てか、むしろ松田さんと一緒に来なよって言ってきたの園子だし」
「ったく…呑気なお嬢様だな。そのパーティーに仕事で呼ばれてんだよこっちは」
「え、そうなの?」
「お嬢様が当日でっけーダイヤの付いたティアラつけるらしいんだけど、例の如くあの金持ちじいさんがそれを餌にキッドに挑戦状出しやがったんだよ」
「あー、そういえば確かにそんなこと言ってたかも。キッド様に会えるかなぁって園子浮かれてたもん」
「普段キッド関係は二課の仕事なんだが、会場のホテルがでけえからーとかそのダイヤがすげえ価値だからーとか二課の中森っつーのが使えねーからーとかなんとかでうちにも応援要請がきたってわけ」
「なるほど…。でも、じゃあ当日松田さんも会場に来るってことだよね!」
「ばーか。こっちは仕事なんだからな?お前らと一緒にすんな」
「そんなこと言って、私のドレス姿見たいくせにー」
「全然見たかねーよ」
「もう、可愛くない!松田さんのツンデレじじい!」
「うるせぇクソガキ!ダイエットすんなら家まで走って帰りやがれ!」
「ダイエットは明日から!車乗せろ!」
「誰が乗せるか!」

前言撤回だ。こんなことなら安室さんを誘えばよかった。でも、炎上は避けたい…。今回は園子の誕生日ってことで京極さんも来るし、蘭は新一と行くし、私はぼっちになることが確定している。かといってマブダチ園子の誕生日パーティーを不参加というわけにもいかず。なんで私の周りはこうカップルだらけなんだ…くそぅ。

こうなったら当日どっかの御曹司でも引っ掛けるしかあるまい。松田のやつ、綺麗になった私が他の男と楽しんでるのを見て後悔するがいい…!ということで今私にできること、まずはダイエットだ。松田さんへの怒りが闘志に変わった私は翌日から夜な夜なウォーキングへと繰り出した。運動不足の私にジョギングは難易度が高すぎるのでウォーキング…というよりほぼ散歩みたいになっている気もしなくもないが、有酸素運動にはなっているはずだ。知り合いに遭遇すると恥ずかしいので、河川敷の辺りをコースにテクテク歩いている。

今日も今日とて日が暮れてからいつものコースを歩いていると、ふと見上げた空に白い三角の物体が飛んでいた。新種のUFO!?と思いとりあえず急いで写真を撮る。撮った写真を見たが遠くて何なのかわからないのでもう一度空を見上げて確認する。凧…?でも凧揚げの季節ではないしこんな夜中に凧をあげるやつなんているか…?と考え込んでいると突然ドォンッと銃声が聞こえて一気にびびる。え、何…事件?熊?治安の悪い町に住んでいる自覚はあったが夜中だし1人だし震える。すると近くの木に何か大きなものがバキバキベキドサッ…と落ちてきて今度こそ心臓が止まりかけた。松田さんにすぐ電話できるように画面をセットしつつ、怖いもの見たさで恐る恐る近付いてみる。

「えっ…あなた…怪盗キッド…?」

木にもたれかかっていたのは真っ白なタキシードにシルクハット…月夜に照らされて薄っすら見える端正な顔立ち…やっぱり怪盗キッドだ。ということは…さっきの白い三角はハンググライダーで飛んでたキッドだったのか。それが何者かに撃たれて今に至ると…って名探偵ぶっている場合ではない。

「お嬢さん…どうかこのことはご内密に」

そう言って人差し指を口に当ててキメているキッドもそれどころではない。真っ白な衣装が台無しになるほど、腕から血が流れ出ている。

「それはわかったけど…!ちょっと大丈夫!?」
「心配ご無用…飛び続けるのに疲れて…羽を休めていただけですから」

いやこんな時まで何言ってんだこの人…!よく撃たれて重症なのにそんな言葉ポンポン出てくるな。どんな時でもブレないプロ意識はすごいけれども。

「救急車、は呼ばないほうがいい?呼んだほうがよければ呼ぶけど…」
「大袈裟ですよ…これくらいかすり傷ですから」
「いや、どう見ても重症でしょ。ちょっと待ってて…えっと…えっと…」

とりあえずの応急処置として、ハンカチで腕を縛ったり血が出ている箇所にタオルを当てて圧迫してみる。

「痛っ…」
「あ、ご、ごめん…!てか、私こういうのわかんなくてドラマで見た知識でやってみたんだけど合ってる?悪化しない?」
「大丈夫ですよ…心優しきお嬢さん。それより…あなたの綺麗な手を汚してしまってすみません」
「だからこんな時に何言ってんの、それどころじゃないでしょ!やっぱり何か消毒できるものとか買ってくるよ、そこで大人しく待っててね?わかった?」

キッドの返事を聞くのも待たずに走って閉店間際のドラッグストアへ駆け込むと血だらけの私を見て店員が驚いていた。だが今はそれどころではない。とにかくなけなしのお金で買えるものを買って汗だくになりながら戻ったが、そこにキッドの姿はもうなかった。

「キッド…?いないの…?おーい…」

一応そっと呼んでみるけど応答なし。あんな身体で大丈夫かな…撃ったのが警察か犯罪組織か知らないけど、とにかくキッドが無事でありますように。初めて会う人間、しかも怪盗のことをここまで心配するなんて自分でも不思議だけど、あんな姿を目の当たりにしてしまったもんだから気が気じゃなかった。万が一キッドがまだ近くで身を潜めていた時のために、買ってきたものが入っている袋をその場に置いて家に帰ることにした。

・・・

そしてパーティー当日。会場である鈴木財閥が経営しているホテルに到着すると、蘭達と合流する。

「わぁ…名前かわいい!ドレスも髪型もすっごく似合ってるよ」
「蘭もめっちゃかわいい!新一にエスコートさせんのがもったいないくらい!」
「おめーはそんなんだから相手できねーんだよ」
「ちょっとそれは禁句…っ」
「相手ならいますよ、ここに」
「……!」

ヒールで新一の足に穴でも開けてやろうかと思った瞬間、突然現れたスーツ姿の安室さんに手を取られチュッとキスをされる。かっこよすぎて一瞬気を失うかと思った。

あれ、でもそんな約束したっけ?そもそも安室さんパーティーに来るって言ってたっけ?まあ…安室さんにエスコートされるなら私にとってもありがたい展開でしかないし、この際細かいことはどうでもいいか。炎上したらしたでしょうがない…!

4人で会場に入ると通る道通る道に警官がいて、このパーティーの凄さと次郎吉さんのキッドへの執念を改めて思い知る。

「ちょっと松田くん!勝手に持ち場離れないで!」
「うるせーな、煙草くらい吸わせろ」

会えるかわからないと思いつつ実はさっきから探していた人物が早々に目の前に現れて思わず「あ。」と声が出てしまった。向こうも同じタイミングで「あ。」とか言うもんだから一緒にいる女性警官に「知り合い?」と聞かれている。てかこの人美人だなぁ…黒髪ショートでこんなに綺麗なんて…せっかく頑張って着飾ってきたのに負けたような気持ちになる。こんな美人と働いてるなんて聞いてないぞ…!

「お前ら一緒に来たのか?」
「そうだけど。行こ、安室さん。松田さんはお仕事で忙しいみたいだから」
「あ、おい…!」

その女性警官と新一達が話しているのを横目に安室さんと先に行こうとすると、「そうですね」と安室さんが私の肩を抱いてきた。普段の格好と違って直接肩に触れる安室さんの手に少しドキッとしながらも平静を装って松田さんに背を向ける。

「こんな感じで良かったですか…?」
「え…?」

私の耳元に口を寄せてそう囁く安室さん。ああ、そうか…安室さんは私が嫉妬してるのに気付いてやり返してくれたんだ。さすが安室さん…グッジョブ!松田さんに見えぬよう親指を立てて口角を上げると、安室さんも微笑んでくれた。

「名前ー!蘭ー!」

私達を見つけた園子が京極さんと一緒にやってくる。気付けばすぐ後ろに蘭と新一も来ていてまるでトリプルデートみたいな絵になっている。

「すみません園子さん、僕も行きたいだなんてワガママを言ってしまって」
「いーのいーの。イケメンなら大歓迎!」
「お誕生日おめでとうございます」
「おめでとう園子!これ私と蘭からのプレゼント、後で開けてね」
「ありがと〜!」

園子にイケメン認定されている安室さんに殺気を放つ京極さんを宥めるように京極さんにも話しかける。

「京極さん久しぶり!相変わらずいい身体してますな」
「お久しぶりです、名前さん。そうですか…?ありがとうございます」
「ちょっと、人の彼を変な目で見ないでよ」
「えーいいじゃーん」
「ったくおめーらときたら…ドレスが泣いてるぜ」
「それにしても…やっぱそのティアラすごいねぇ…!」

確かに。私が言うのもなんだけど、こんな会話をしている人が頭に乗せていいのかと思うほど、このティアラ…というかそれについているダイヤモンドは次元が違うレベルですんごい価値があるらしい。

「コ・イ・ヌール。世界最古のダイヤモンドと言われ様々な王家への贈呈や略奪が繰り返されたことから、男性には悲劇をもたらし女性には幸福をもたらす呪いのダイヤモンドとも言われているそうです。世界で最も高価な宝石にも選ばれ、その純真無垢な輝きからこのティアラは天使の微笑みとも言われているんですよね」
「確かに、ティアラってちょっと天使の輪みたいですもんね」
「そういうことです」
「さっすが安室さん!」
「そんなやべえ代物で怪盗キッドを挑発するなんて、あの爺さんもかなりイカれてやがるぜ」

博識な安室さんに惚れ惚れしたり、次郎吉さんの桁違いの財力に脱帽したり、確かに色々イカれてんなと新一に共感したり、話を聞いているだけで目が回りそうだ。ほんと、なんで今園子の頭に乗っかってんだろ。

「はぁ…キッド様、いつ現れるのかしら」
「ちょっと園子…!」

近くでバキッと物凄い音がして、案の定テーブルが1つぶっ壊れていた。

「で、でも、京極さんがいるからさすがのキッドも簡単には盗めないと思うよ?ねー名前!」
「そうそう!それにキッドは…」

今ケガしてるから…と言いかけてハッとした。そうだ、この間のことは誰にも言わないってキッドと約束して今日まで秘密にしてたんだった…!

「キッド様が何よ?」
「ん?なんでもない!」
「あやしい…」
「ほ、ほら!いつも結局お宝返してるって園子言ってたじゃん?だから今回もきっと大丈夫だよって言いたかったの」
「なんだ、そんなことなら勿体ぶらずに最初から言いなさいよ」
「あはは…ごめんごめん」

よかった、なんとか誤魔化せた…。

「ねぇ、それよりお腹空かない?あっちにバイキング形式で高級ホテルの料理いっぱい用意してあるから取りに行こうよ。真さんもお腹空いたでしょ?」
「自分は、園子さんとティアラの警護があるので」
「もう、私がいいって言ってるんだからいいの!今日は私の誕生日なんだよ?一緒に楽しもうよ、ね?」

園子にそう言われ顔を赤くしながらついて行く京極さん。京極さんてほんと園子にゾッコンだよなぁ…それに園子も久しぶりに京極さんに会えてすっごく幸せそう。ほんと、いい誕生日になってよかったね。

「じゃあ私達も取りにいこっか、新一」
「おー、そうだな」

こちらも安定のラブラブ夫婦だ。新一はキッドの様子がどうしても気になるみたいだけど、蘭との時間もしっかり楽しんでいるようでよかった。

「僕達も行きましょうか」
「うん!」
「ヒールで転ぶといけないですから、掴まってください」

そう言って差し出された安室さんの腕をきゅっと掴み一緒に並んで歩く。わぁ…なんかほんとにエスコートされてるって感じ。優しいなぁ、安室さん。松田さんに爪の垢でも煎じて飲ませてあげてほしいよ。それにしても…私ただの女子高生なのにこんなすごいところでこんな高級なもの食べられて安室さんにエスコートまでしてもらうなんて贅沢すぎるな…シンデレラにでもなった気分だ。

「美味し〜!今日のために食べる量減らしてたから余計しみる…」
「その甲斐あってとっても素敵ですよ、名前さん」
「えへへ、ありがとう。そういえば安室さん、あのダイヤに興味があったの?園子に頼んでまで来るなんて」
「まあ、有名なダイヤですから。でもここに来たいちばんの理由は…あなたの笑顔が見たかったからです」
「えっ…」
「僕にとって、あなたは天使ですから」
「安室さん…?」
「おっと…そうだ、ちょっと用事を思い出したのでお先に失礼します。最後までエスコート出来ずにすみません」
「あ、ううん。ありがとうエスコートしてくれて。おかげで楽しかった!」
「こちらこそ、楽しい時間をありがとう。それでは、また」

なんか今日の安室さん、雰囲気がいつもと違ったような…?博識なのも、優しくて紳士なのもいつものことなんだけど…キザっていうか…まあ…そんな安室さんも大いにありだ。

暇になったし、トイレ行くついでに松田のやつに差し入れでもしてやるか。なんか持っていけそうなものないかなー…おにぎりでいいや。袋に入れてっと…

廊下に出て松田さんを探すもなかなか見当たらず。配置変わったかなんか指示でも出たのかな…?ちょっとおにぎり持って入るの抵抗あるけど…先トイレ入っちゃおっと。ドレスだとこういうとき大変なんだよね…ほんと女子って何かと面倒だ。メイクに髪にさぁ…と内心ぼやきながらトイレから出ると男性用から出てきた松田さんと遭遇する。

「「あ。」」

ここにいたんかーい!と内心突っ込みつつ、「ほれ」とおにぎりを差し出す。

「便所に食いもん持って入ってんじゃねぇよ…」

良かれと思ったのにタイミングがタイミングなだけに引かれてしまった。トイレから出た後また探して何事もなかったかのように渡そうと思っていたのに…無念。

「お腹空かせてるかと思ってせっかく持ってきたのに…じゃああーげない。私が食べちゃうもんねー」

松田さんの目の前でおにぎりにかぶりつこうとすると、私の手を掴んだ松田さんに食べられた。

「いらねぇとは言ってねー」
「相変わらず素直じゃないなぁ」
「お前こそ…」
「……!」
「髪に生クリームついてんぞ」

いきなり顔近付けてくるからびっくりした…!おにぎりのお礼に突然キス!?て一瞬脳内バグっちゃったじゃん!松田のバカバカバカバ…

「せっかく綺麗なのに、中身はいつもと変わんねーな」

そう言って微笑んでくる松田さんに完全に不意打ちでノックアウトされた。けどそんな甘い雰囲気が続くはずもなく、

「こっちもあんま変わってなくね?」

と失礼なことを言いながら私の二の腕をむにむに握ってくる松田さんに今度は私が渾身の右ストレートをかましてやった。

するとその瞬間、突然停電が起き真っ暗になる。タイミングが絶妙すぎて自分が覇気使いにでもなったのかと勘違いしていると、「キッドが出たぞー!」という声が聞こえて、キッドの仕業だったのかとちょっと残念な気持ちになった。

「やっべ…行かねーと。お前はここにいて、明かりがついたら誰か大人の人と一緒にいろ。わかったな?」
「うん…松田さんも気をつけて…!」

松田さんの後ろ姿を見送ってすぐに、安室さんがしていたダイヤの話を思い出した。

「男性には悲劇をもたらし、女性には幸福をもたらす呪いのダイヤ…」

嫌な予感がした私はスマホを懐中電灯にして松田さんの後を追った。ただでさえ足が遅いのにドレスとヒールのせいで走りにくい…!会場となっているホールに戻る途中で明かりがつき、私がたどり着くと目の前には警官達に囲まれながらティアラを手にしたキッドが京極さんと一騎討ちとなって戦っている。どう見てもキッドが不利だ。それに、この間の腕を庇いながら戦ってる…やっぱりまだ完治してないんだ…!ティアラを取られるわけにはいかない…でもキッドを助けたい…どうしたら…とおろおろしていると京極さんの拳がキッドの傷口に当たり体勢を崩す。

「キッド!!」

思わず駆け寄ろうとすると躓いて転びそうになり、近くにあったテーブルのクロスに掴まると皿やらグラスやらが落ちてきてガシャーン!とすごい音が鳴った。それに一瞬反応した京極さんの隙をキッドが見逃すはずもなく、愛用のトランプ銃を巧みに使い煙幕を張るとバルコニーの窓から逃げていってしまった。

「追え!逃すなー!!」と叫び外へ向かう中森警部御一行がいなくなると、何とも気まずい気持ちになる。

「ごめんなさい…騒がしくしちゃって…」
「いえ、守りきれなかったのは自分の力不足ですから」
「真さんのせいじゃないわ、盗んだのはキッドなんだから」
「そ、そうだそうだ!」
「…あんたは黙ってて」
「…はい」

しょんぼりしながら帰ろうとすると、パトカーに寄りかかりながら煙草を吸う松田さんと目が合った。これまた気まずいので逃げるように去ろうとするも、なんせ慣れない格好をしているためすぐ捕まった。

「お前、やってくれたな」
「ごめんなさい…」

キッドを逃がす原因を作ってしまったことは反省してるけど、園子達にも散々謝ってきたばかりで正直疲れた。心の片隅でキッドを助けたい気持ちはあったけど、ちょっと騒がしくしてしまっただけで全部私のせいみたいにしないでよ…。

「…ったく、大人しくしてろっつったろーが。今日は一般客も多かったから銃撃戦にならなかったけど、巻き込まれてケガする可能性だってあったんだからな?わかってんのか?」
「わかってるけど…」
「けどなんだよ?」
「何でもない…」
「は?意味わかんねぇ…」

こんな時までいちいち怒んないでよ。今は優しくしてほしいのに、ほんとわかってない。人の気も知らないで…松田のバカ野郎。

「……松田さんが危ない目に遭うかもって思ったんだもん」
「は?何で俺が…つか何泣いてんだよ…!そんなきつく言ってねぇだろ?」

最悪だ。罪悪感と疲れてるのとイライラしてるので勝手に涙が出てくる。一粒ポロ…と流れたのを境にポロポロこぼれ落ちてきて止まらない。ほんと、泣くようなことじゃないのに…恥ずかしい。

「だって…あのダイヤ、男には不幸をもたらすって言い伝えがあるみたいだから…もし松田さんが手に取ってたらって…心配になって…」
「…あほ。お前が来たところでどうにもなんねーだろ…」
「そうだけど…!気付いたらあの場所に向かってたんだから仕方ないじゃん!…助けるどころか、足手纏いになっちゃったけど…」

軽く逆ギレをかましながら泣いている私を真っ直ぐ見つめると、松田さんはひとつため息をついて頭を撫でてくれた。

「ま、盗られちまったもんはしょうがねーだろ。挑戦状なんか出したじいさんにも非はあるんだしよ。もちろん、守りきれなかった俺らにもな」
「…でも、」
「でもとかけどとかうっせぇ。送ってやるから車乗れ」
「で…」
「でも禁止。わかったな?」

優しい顔でそう言い聞かせると、松田さんは私の顔に手を添えて親指で涙を拭った。「ちょっと待ってろ」と言われ松田さんを目で追うと、さっきの黒髪美人と何やら話をしている。私、また松田さんの仕事の邪魔になっているんじゃないだろうか…。先に歩いて帰ってしまおうかと悩んでいると、松田さんが戻ってきた。

「行くぞ」
「大丈夫?私、歩いて帰れるよ…?」
「こんな時間にそんな格好で帰せるか。つーか安室は?一緒じゃねぇの?」
「安室さんなら、用事を思い出したってとっくの昔に帰ったよ」
「なんだよあいつ、使えねぇな…。まあいい、帰んぞ」

松田さんにそう促され、言われた通り車に乗る。さっき吸ってたばかりだというのにまた煙草に火をつける松田さんの身体が心配になるけど、なんだかこの匂いが今はすごく落ち着く。高級ホテルにドレスにヒール、慣れないことに色んなことが重なったからか、何度も乗った松田さんの車が心地いい。隣に松田さんがいてくれるの、安心するなぁ。いつもはドキドキしてしょうがないのに不思議だ。

「……随分大人しいと思ったら、寝てんのか」
「………」
「…ほんと、世話が焼けるぜ…クソガキ」

あろうことかせっかくの松田さんとの2人の時間だというのに気付いたら眠ってしまっていた。松田さんに起こされて目が覚めるともう家の前に着いていて、寝惚けながらももったいないことをしたと後悔する。いつの間にか私にかけられていた松田さんのジャケットに好きって気持ちが増したのはもちろん本人には秘密だ。

「じゃ、俺はまだ仕事があるから行くわ」
「あ…ごめんね。ありがとう松田さん」
「いいってことよ。じゃあな」

松田さんの車を見送り家に入る。贅沢な1日だったけど、疲れたなぁ。でもやっぱり…結果いい1日だった。今日撮った写真でも見返そうっと…てあれ?あれれー?スマホがない!え、どこ置いてきた?ホテル?松田さんの車?やだやだあのスマホには今までの写真とか松田さんとのメッセージのやりとりとか色々入ってるのに…!自分の部屋でドレス姿のままパニックに陥っていると窓にコツンと小石でもぶつかるような音がした。あ、もしかして松田さんが持ってきてくれたのかな。それにしてもこんなロミジュリみたいなことするなんて…松田さんもロマンチックになったもんだ。

ガラッと窓を開けベランダに出ると、そこにいたのは大きな満月をバックに颯爽と立つ…見慣れた黒いスーツの男ではなく、白いタキシード姿の男だった。

「キッド…!」
「こんばんは。またお会いできて光栄です、お嬢さん」
「どうしてここに…ていうかケガ大丈夫…?」
「お陰様で、大事には至ってませんよ。ご心配なく」
「ならいいけど…あ!そうだティアラ!あれ返してほし…」
「これのことですか?もちろんお返ししますよ、本来あるべき場所に」

そう言ってティアラをなぜか私の頭に乗せる怪盗キッド。本来あるべき場所?というかこんなに簡単に返してくれるの?京極さんと戦ってケガしてまで手に入れたすごいお宝なのに…。

「いいの…?」
「ええ、あとはあなたの笑顔が添えられたら完璧なのですが…」

キッドが指をパチンッと鳴らすと何もなかったはずのキッドの手に1本の白い薔薇が現れた。ピンクのリボンまで結ばれている。

「すごい…!」
「これはほんのお礼です、受け取っていただけますか?」
「私に…?ありがとう、かわいい…!」
「こちらこそ、天使の微笑みをありがとう」
「天使って…」
「いい雰囲気のとこ邪魔して悪いが、そいつから離れて手ぇあげな…怪盗キッド」
「松田さん…!?」
「お前の忘れもん届けに来てみりゃ、とんだサプライズがあったんで驚いたぜ」

銃を構えてにやりと口角を上げる松田さんの瞳は真っ直ぐキッドを捉えていた。そんな松田さんに一瞬驚き手をあげるも、私にだけ聞こえるよう「またいつか月下の淡い光のもとでお会いしましょう…俺の天使」と囁き私の手にキスを落とすとハンググライダーに乗って夜の空へと消えていった。

「クッソ…!あの軟派野郎…!おい、大丈夫か?」
「はぁ…かっこいい…」
「おい、聞いてんのかクソガキ!ぼーっとしてんじゃねぇ!」
「うるさいなぁ!ちょっとくらい浸らせてよ!」
「ぁあ!?」

そんなこんなでまた松田さんの車に乗って警視庁まで行き、ティアラは状態を確認すると無事に次郎吉さんの元へと返還された。松田さんに家まで送ってもらう車内で園子から心配の連絡が届き、怒っていなかったことに安心した。

「園子怒ってなかった…よかった…友情終わるかと思った…」
「呑気にキッドに夢中になってたくせに、よく言うぜ」
「別に夢中になってなんか…!」
「そうか?俺には目がハートになってるように見えたけどな?」
「どんだけ視力いいのよ…なってないってば…たぶん…」
「キッド逃すような真似するわ密会してるわ…共犯者と思われてもしょうがねぇぞ。手にキスされたくらいで浮かれやがって」
「おやおや…?嫉妬ですか?イケメン刑事さん」
「…うるせぇ。お前は俺だけ見てりゃいいんだ」

そう言って私の手を握る松田さんはその後一度も私の目を見ることなく言葉を発することもなかった。コ・イ・ヌール効果恐るべし…言葉はなくとも、握られた手の感覚と松田さんの照れた横顔が私にとってその日いちばんの幸福の元となったのだから。


・・・


数日後のポアロ。

「安室さん、この間はありがとう」
「この間…?」
「園子の誕生日パーティーでエスコートしてくれたでしょ?」
「いえ、僕は行っていませんけど…」
「え…?」
「そのお話、詳しく聞かせてもらえませんか?」

安室さんにその日のことを事細かく話すと、「なるほど。おそらくその日名前さんをエスコートしていたのは、僕に変装した怪盗キッドということになりますね」と名探偵安室が推理した。まあ、本人が行っていないというのであればそれしかないのだが。確かにあのキザな感じ、怪盗キッドだったと思えば納得がいく。それに私のこと天使って、安室さんに変装してた時も言ってたな…。

「噂によれば彼は容姿、声、性格等すべてそっくりに変装できるそうですから…いつ誰に変装して僕のことを見ていたのやら。それに…」
「ん…?」
「白い薔薇の花言葉を知っていますか?」
「ううん、教えて?」
「あまり余計なことを話すと松田に怒られそうなので、僕の口からは言わないでおきます。気になるようでしたら、自分で調べてみてください」
「えー安室さんのケチー!いいもん、自分で調べるから…」

ぷくっと頬を膨らましながら早速スマホを取り出して検索する。

「白い薔薇の花言葉には、心からの尊敬、無邪気、純潔、相思相愛、約束を守る、私はあなたにふさわしい、あなたの色に染まる…というものがあり…」
「話を聞く限り、名前さんとキッドにぴったりのチョイスですよね。それに、白い薔薇の数が一本の場合、一目惚れという意味もあるんですよ」
「キッドが私に一目惚れ!?」
「まあ、彼の本心は彼にしかわかりませんけどね。あくまで、花言葉ですから」
「そ、そうだよね…」
「それにしても、盗みに変装に女性の心まで…僕も一度お会いしてみたいです」
「きっとその内会えるよ。次郎吉さん、相変わらず打倒キッドって張り切ってるみたいだから」
「楽しみにしておきます。ところで、名前さんは白と黒、どちらの色がお好きですか?」

それって、怪盗キッドと松田さんのこと言ってる?ふふっと笑いながら聞いてくる安室さんをジト目で見つめる。

「やっぱり今日の安室さん、意地悪だ」
「僕は好きな色を聞いただけですよ?」

「まあ僕のおすすめは黄色なんですけどね」なんて冗談を言う安室さんと今日も穏やかな時間を過ごす…時折ポアロの入り口を見つめながら。