番外編:異世界でも小悪魔(虹村修造)

虹村side

「修ちゃん、映画面白かったね」
「ああ、やっぱいいよなスラダン」

以前から作品のファンだった俺達は話題の映画を観に行っていた。興奮冷めやらない俺と彼女は帰り道も感想を言い合って、また明日学校で会ったら話の続きをしよう…なんて楽しみに思いながら眠りについた。



「こら、虹村!まーたお前は居眠りか!」
「痛って…」

俺、いつの間に寝てたんだ…てか学校来てたんだ…つーかあのセンコー誰だっけ…?よく見たら制服も帝光のじゃねぇし…なんで学ラン着てんだ…けど、女子の制服どっかで見たことあるような…

軽くパニックに陥っているとチャイムが鳴り授業が終わった。クラスメイトもやっぱり知らねー奴ばっかだ…。もしかして夢か…?けど確かにさっき痛みは感じたような気すんだけど…

「修造、お前絶対あのセンコーに目つけられてんぜ?寝るならバレねーようにやれって」
「ん…?うわっ!!!!」
「わっ…なんだよデケェ声出しやがって」
「み、みみ…宮城リョータ!?!?」
「あ?…ぶはっ、何今更フルネームで呼んでんだよ。まだ寝ぼけてんじゃねーの?」

この髪型、声、身長、ピアス…間違いねぇ。マジかよ…俺今宮城リョータと喋ってんじゃん…映画見た後興奮しすぎて夢にまで出てくるとか…しかもクラスメイトって最高じゃねーか…

早く学校であいつに会いたいって思ってたけど、こんな夢ならしばらく覚めないでくれ…!

そう強く願ったことを、この後俺は後悔することになる。


「虹村くん、また先生に怒られてたね」
「あっ…」
「ん?」

宮城リョータと話しているとクスクス笑いながら声をかけてきたのはまさに昨日一緒に映画を観に行っていた俺の彼女だ。湘北の制服もすげー似合ってる…やっぱダントツ可愛いな。って…今俺のこと苗字で呼んだ…?まあ、夢だし多少現実と違う設定なのはよくあることだけど…なんか距離感が寂しいような、久しぶりに苗字で呼ばれんの懐かしいような…

「なーに見惚れてんのよ修造」
「うわっ…」
「はぁ?何ようわって…人を化け物みたいに」
「そうだそうだ!アヤちゃんに失礼だぞ!」

マネージャーの彩子さんだ…!やっぱ綺麗だし大人っぽいな。そうか、宮城…いや、向こうも下の名前で呼んでたしここは俺も下の名前で呼ぶか。リョータとクラスメイトってことは彩子さんとも同じクラスなのか。この女子2人が並ぶと輝きすげえな…周りの野郎共からの視線が痛いほど刺さってんのは気のせいではなさそうだ。

「アンタ今日変よ?」
「ちゃんと部活には来れんだろうな?」

やっべぇ…湘北バスケ部とバスケ出来るとか俺の夢なんだけど…ってまあ夢なんだけど…ああ!ややこしい…!

「ちょっとまだぼーっとしてるだけだって。部活は絶対行くから」
「だよな。練習始まる前に1on1やろーぜ」
「やるやる!」
「アンタも今日見学に来るでしょ?」
「うん、行く」

あれ…こっちの世界ではこいつマネージャーじゃないのか。

「もうマネージャーになっちゃえって!俺ら部員は大歓迎だし」
「そうよ、この子ずっとアタシが誘ってるのになかなかOKしないんだから」
「部活、やんねーの…?」
「バイトしたりしてて、毎日は出られないからさ」
「…そっか」
「ほら、修造が寂しそうな顔してるぜ?」
「んなっ…!してねぇよ…!」
「ふふ、残念。虹村くんに言われたらちょっと考えても良かったのにな、マネージャー」
「えっ…」

つい、現実世界でこいつと出会ったばかりの頃を思い出した。一目惚れして、どうにか仲良くなりたくて、バスケ部のマネージャーになってくれって頼んだんだっけ。

「アンタもすぐそういうこと言うんだから」
「えへへ、ごめんごめん」
「さ、昼飯にしようぜ」

なんだ…冗談か。つーかいつもこの4人で昼飯食ってんのか…?マジで俺とこいつがスラダンの世界にトリップしてきたみてぇで最高だわ…夢の内容録画出来たらいいのになー…。

そんなことを思いながら鞄の中に入っていたパンを取り出していると突然クラス中、というかこの階全体の女子の悲鳴にも似た黄色い声ってやつが響き渡って何事かと驚く。

「…先輩、迎えにきた」

る、流川…!!!!やべえ、生流川楓だ…ちょっとサインすら欲しいまである。ってか、今誰のこと見て言った…?

「てことで、ごめん!今日は流川くんと約束してるんだ…!」
「ふーん…流川、アンタも隅に置けないわねぇ?このっこのっ」
「流川テメェ!アヤちゃんに触んじゃねぇ!」
「うるせー…」

「さっさと行くぞ…」とあいつの手を取って教室を出て行く流川…を、ただ茫然と見ている俺。この世界ではそっちが付き合ってんのか…?確かにあいつスラダンでは流川推しって言ってたけど…マジかよ…!未だかつてこれほどまでに自分の潜在意識を恨んだことはない。

「相変わらずのモテっぷりねぇ。まさかあの流川まで…」
「名前ちゃん流川と付き合うのかな?えー…なんかヤダな」
「なによリョータ、好きなら流川に取られる前に告白しなさいよ」
「いやっ…俺はアヤちゃん一筋だから…!あの…その…」
「それにしても三井先輩とこの間別れたばっかりなのに、先輩と流川が喧嘩にならないか心配だわ」
「マネージャーになったら確実に取り合いが始まるな」
「え、三井とも…!?」

俺の彼女がオレの推しの元カノ…!?推しが憎いような、彼女が羨ましいような…これまた複雑だ。つーか、夢の中の俺マジでただのモブじゃね…?

「修造、お前も知ってんだろうが。それに、いくら嫉妬してるからって呼び捨ては良くねーぞ?」
「あぁ…いや…つい…」
「せっかく三井先輩と別れてチャンス到来したんだし、アンタもボサッとしてないで頑張んなさいよ。好きなんでしょ?あの子のこと」
「えっ、あー…まあ…」
「やあ、諸君!元気にしてるかね?」
「桜木花道!アンタ2年の教室まで何しに来てんのよ…」
「いやぁ、早弁しちまって食うもんもねーし先輩の顔でも見に…って何ぃ!?時にアヤコさん、名前さんはどこに…?」
「流川といなくなったわよ」
「なにーーー!?あのキツネ…許さん!!!…ん?ど、どうしたニジムー…急に俺の手なんか握って…」

やべえ…ちょっとこの短時間で色々起こりすぎて頭おかしくなりそうなんだけど桜木花道を見た瞬間気付けば俺は勝手に手を取り握手していた。というか、俺こっちの世界で花道にニジムーってあだ名付けられてんのか…小っ恥ずかしいけど最高の名誉…。

「やっぱお前今日変だぞ?いつもならニジムーって呼ぶなって怒んのにそれどころか握手してるし…」
「ニジムー、何かあるならこの天才に話してみなさい。わかるぜ…恋する男は悩みがつきねぇよな…俺も晴子さんと名前さんの板挟みで毎日気が気じゃねぇっつーかよぉ…」
「どっちもお前の片想いだろ」
「ふんぬー!りょーちんだって!アヤコさんに振り向いてもらえてないくせに!」
「テメェ…言ったな!?しかもアヤちゃんの前で!許せねぇ…!」
「「ぐぬぬぬ…!!!」」
「おい…放っといていいのか?」
「いつものことじゃない。放っておきましょ」
「そうだな…」


そんなこんなで午後の授業は脳内整理で忙しく、全くもって授業の内容が入ってこなかった。まあ、夢だし高校生の授業とかわかんねーし勉強する必要もねぇんだけど。

「っしゃ、部活行こーぜ」
「おう」
「私達も行こっか、彩子」
「そうね」

自然な流れで俺達の前をリョータと彩子が歩きその後ろを俺とこいつが歩く。リョータってなんだかんだ誰よりも彩子といるし、漫画でもいい感じだったし、なんで付き合わねーんだろ。

「あの2人、いい感じだよね」
「え!?あ、ああ…お前もそう思う?」
「思う思う!絶対両思いだよね…?」

すぐ前を歩く2人に気付かれぬようコソッと耳元でそんなことを言ってくる彼女がいちいち可愛い。でも、この世界じゃ付き合ってねぇんだよなぁあああ…。楽しいけど、3年生組に会えたら夢から覚めてもいいかもな。今すげーあいつに会いてぇわ。まあ今も隣にはいるんだけど…なんか切なくなるっつーか。…いや、待てよ?夢だってわかってんならもっとやりたい放題したって許されるんじゃねぇか?だってこんな現実絶対ありえねぇし…

「虹村くんはさ、好きな子とかいるの?」
「俺…?」

例えば、今ここで君が好きだと叫んでもいいわけだ。手を握ったり、抱きしめたりしたら夢の中のこいつはどういう反応をするんだろう。

「俺は………内緒」

で、出来ねぇ…!!!例え夢の中であったとしてもそんなの出来ねぇって…夢の中でも嫌われたくねーし…万が一億が一現実だった場合俺の人生が終わる。きっとこれは彼氏彼女でいられることに少しばかり慣れてきてしまっている俺へ、今の幸せは当たり前じゃないことを再認識させるため神様が見せた夢なんだ…。起きてあいつに会ったらめちゃくちゃ優しくしよう。

「内緒ってことはいるんだ?教えてよー」
「だーめ」
「お願いっ」
「可愛く言っても教えてやんねー」
「ちぇ、だめだったか。じゃあ、当てたら当たりって言って?嘘つくのはなしだよー?」
「勝手に決めんなっての…」
「ほら、耳貸して?」
「はぁ。ん…」

足を止めてかがんで身長を合わせると、俺の制服の袖を掴んで彼女の顔がすごい近くに寄せられる。

「虹村くん、私のこと…好き?」

一瞬にして顔面に火をつけられたかのように燃えるほど熱くなった。こんなん見られたら口で言わなくてもそうですって言ってるようなもんじゃねーか…

「そういうお前は…どうなんだよ」
「あー、はぐらかした…!」
「人に聞くんだから自分も答えろよ…」
「ま、いいけどね。いるよ、好きな人」

俺を見上げて世界一可愛い顔して微笑んだ彼女に、心臓がうるさく反応してる。夢の中でまで現実同様モテる彼女は流川だけじゃなくきっといろんな男を虜にしていることだろう。でも、現実世界で今付き合ってるのは俺だしこれは俺の記憶や潜在意識から作られた夢。ならきっと彼女が本当に好きなのは…

「流川くん」





「はぁぁー…」
「すっげー溜め息。なんかあった?」
「別に…勝手に死刑宣告された気分なだけ」
「なんだそれ…やっぱ部活休んで病院行けよ」
「なぁリョータ…俺のこと、一発ぶん殴ってくんね?」
「は?」
「そしたら夢も覚めるだろ…もういい…スラダンはやっぱ漫画で読むもんだ…そんで流川のページは全部破く」
「重症だな…。ちょっと風にでも当たってこいよ、今のお前には気分転換が必要だ」

言われるがままに部室を出て非常口の扉を開けると外気に当たる。好きな女が他の男のこと好きってこんな辛いんだな…しかも一回付き合っちまうと変に独占欲みたいなのが湧いてきちまってすげー厄介…って女々しすぎんだろ…だっせぇな俺。たかが夢、しかも漫画のキャラに嫉妬するとかやべーよなマジで…夢だって割り切ろう。これから念願の湘北メンバーとバスケ出来んだぞ?なんなら明日あいつにこの夢の話も自慢してやろうかな。よし、それくらいの気持ちでいよう。

ようやく前向きになりかけたその時、俺の頭上に隕石が落ちてきた。

「〜〜〜っ」

痛すぎて声も出ねぇ。センコーに教科書で引っ叩かれたのなんて比じゃねぇくらいの衝撃。

「いつまでそこでサボってんだ虹村!練習始めると言ったのが聞こえんか!」

ゴ、ゴリラ…じゃなくてゴリだ…!よく芸人が某大物芸人に頭を叩かれると縁起がいいと喜んでいるのをテレビで見るが、ゴリのゲンコツはまさにそれだ。頭蓋骨割れたんじゃ…ってくらいの激痛ではあったが…って、この痛みでも夢から覚めないって異常じゃね…?俺、死んだとかじゃねーよな…?

アップをする部員に混ざり練習に参加すると、スラダンのメンツの中になぜか現実世界で見た顔がいた。

「黒子…?」

同じ1年の桑田達と結構仲良さそうだな…あ、花道に肩組まれて話しかけられてすげー露骨に嫌そうな顔してる。ちょっとウケる。

「おチビくん、この天才がスラムダンクを教えてやろう」
「結構です。桜木くん、向こうで彩子さんがハリセン持って待ってますよ」
「ぐぬっ…」

ふ…大人しそうに見えて誰に対しても物怖じしないとこは現実の黒子のまんまだな。自分はもちろんだけど、知ってるやつとスラダンの登場人物が絡んでんの見るのもおもしれー。そういえば、俺の推しの三井は今日来てないのか…ちょっと残念だ。



「あー疲れた疲れた!りょーちん、飯食いに行こうぜ!」
「お前金ねーだろ」
「年上なんだから奢ってくれたっていいだろ!けち!」
「うるせぇ乞食野郎!俺だって金ねーんだよ!」
「ニジムーも飯行きてぇよな!腹減っただろ?」
「そうだなー…確かに腹は減ったかも」
「じゃあみんなで…」
「お先っす」
「ぷくく…ルカワめ、自分が誘われないからって拗ねてやがるな?可哀想な奴。さ、あんな奴は放っといて俺らも帰ろうぜー…って…んん!?」

あ…

「先輩…送る」
「え、いいの?」
「もう暗いし」
「ありがと。じゃあ、一緒に帰ろっか」
「うっす」

あいつ、すげー嬉しそうな顔してる。流川と一緒に帰るんだな…。

「いやぁ、青春だなぁ」
「メガネくん…!いいのか注意しなくて!あんな、不純異性交遊みたいな…!」
「はは、大袈裟だろ…。流川があんな風に誰かに優しくするなんて珍しいし、よっぽど好きなんじゃないかな」
「お、俺だって先輩を思う気持ちは…!」
「桜木は赤木の妹が好きなんじゃないのか?」
「うっ…」

結局金のない俺らは公園で少しだべった後別れてそれぞれの家に帰ることになった。やたら長い夢だけど、寝たら終わんのかな…?

「虹村さん」
「うわっ!!!黒子か…暗闇で突然現れると余計びっくりするわ…」
「すみません」
「あー…なんつーか…こっちでお前と会うと不思議な感じだわ…何話したらいいか…あ…いや…何でもねぇ…」
「異世界トリップって知ってますか」
「異世界…なんか、言葉だけ聞いたことあるような…」
「意味は言葉のままです。そして僕も虹村さんと同じ、いつものように眠り目が覚めたらこの世界に来ていました」
「…悪い、俺あんまそういうの詳しくねーんだけど…お前も俺と同じなのか…?」
「はい。つまり、これは夢ではなく現実の肉体のまま異世界へトリップしてしまったんです」
「異世界へ…トリップ…現実…はあ!?」
「なぜこうなったのか、どうしたら元の世界に戻れるかはわかりませんが…今日虹村さんを見て僕と同じだということだけはわかりました」
「悪い…ちょっとまだ混乱してるわ…」
「ひとまず今日は帰って、明日また話しましょう」
「ああ…そうだな」

俺だけじゃなくまさか黒子まで…。まだ半信半疑ではあるけど、黒子の話が本当なら俺はこれからどうしたらいいんだ。それになんで俺と黒子…?まあ考えても仕方ねーか…今日は帰ったら早めに寝よう。起きたら現実世界に戻れてるかもしれねーし。

しかし翌朝部屋にかけてある学ランを見て戻れていないことを知り俺は愕然とするのであった。