03.大型犬、拾いました


ぐったりしながらマンションへの道を歩く。あの不思議系のせいで今日は本当に疲れた。ご飯を作る気になれないので、コンビニに寄ってお菓子と缶ビールを買って帰ることにした。今日は飲んで早く寝よう、よし決めた。

部屋の前に着くとなぜか見憶えのある巨体が目の前に。何やら電話でキレ散らかしているので、見なかったことにして部屋に入ることにした。

「あ、名前ちん」

…見つかった。

「ど、どうも」
「じゃーとりあえずまた電話するから。あんまりふざけたこと言ってっとひねり潰すかんねー」

物騒なことを言うその巨人に腕を掴まれ恐る恐る振り返る。

「ねえ」
「はい」
「泊めてほしいんだけど」
「…はい!?」

仕方がないので事情を聞くと、隣に引っ越してくる予定だったのだが管理人が勘違いしていて1ヶ月後じゃないと部屋が使えないらしい。まず隣に引っ越してくることに驚きなのだが、勘違いって…ありえないでしょ。

「家賃半分払うから、一緒に住まない?おねがい」

しかも今日だけじゃなくて1ヶ月丸々居座る気かよ。ない、絶対ない…けど、先ほどの電話とは打って変わってしょんぼりした様子の彼を見るとなんだか気の毒に思えてきてしまうじゃないか。そんな捨て犬みたいな目でこっちを見ないでよ。

「でも、さすがに今日知り合ったばかりの男の人と一緒に住むのはちょっと…。みんなと顔見知りなら他の誰かに頼んだらいいじゃな…」
「オレは名前ちんがいい」

WHY。なぜ。

「だって紫原くん、私のこと嫌いじゃ」

話の途中で紫原くんのお腹が盛大に鳴り、沈黙が流れる。

「…はぁ。とりあえずご飯でも食べる?何もないから大したものは作れないけど」
「ありがとー」

紫原くんは今日一の笑顔でそう言った。なんか、憎めない人だなぁ。

本当に冷蔵庫に何も入っていなかったので、有り合わせでオムライスを作った。

「どうぞ」
「いただきまーす」

人に手料理を振る舞うのは久しぶりで、しかも有り合わせで作ったものだったから心配だったけど、紫原くんはすごい勢いで食べきってくれた。

「ごちそうさま。すげー美味かった」
「ほんとに?よかったぁ」
「………」

自信はなかったけど、そう言ってもらえたら素直に嬉しい。実は料理するの結構好きなんだよね。紫原くんの笑顔と素直な言葉にこちらまで笑顔になってしまう。

お皿を下げて洗っているとのそのそと隣にやってくる紫原くん。手伝ってくれるってことかな?

「はい、これで拭いてくれる?」
「おっけー」

2人ぶんの食器はあっという間にキレイになった。好きな人ができて同棲したらこんな感じなのかなぁ、なんて思ったり。

「紫原くん、ありがとう。助かった」
「どういたしましてー」

なんか、少し前まで苦手だったのが嘘のように今は紫原くんが可愛く見える。なんだか今もご機嫌のようだし、赤司さんが紫原くんを甘やかすのもわかる気がする。涼太が小型犬なら紫原くんは大型犬みたい。最初は怖いけど、懐いてくれたらすごく嬉しい。

「あ、ねえ紫原くん」
「なーにー?」
「まだお腹空いてたりする?」
「えー、なんでわかんのー?」
「あ、やっぱりそうなんだ。よかったらさっきコンビニで買ってきたお菓子一緒に食べない?」
「食べるー!!」

紫原くんは目をキラキラ輝かせながら、「ポテチトップスとまいう棒じゃーん」「名前ちんいいセンスしてんねー」と大喜び。さつきの情報に感謝して、お手伝いしてくれた可愛いペットにご褒美をあげた。

ソファに並んで座ってテレビを観ながらお菓子を頬張る。独り暮らしが長いからか紫原くんといるのが楽しくて心地よくてお酒がすごく進んだ。



朝日の眩しさで目を覚ますと、ちゃんとベッドに寝ていた私。あれ…移動して寝たんだっけ?という疑問は自分を包む腕によって解決された。

「紫原くん」
「んー、名前ちん…起きたの」
「うん。紫原くんが運んでくれたの?」
「んー…そうだけどー」
「ありがとう、ごめん私酔っ払ってそのまま寝ちゃったんだね」
「いーよ。名前ちん柔らかくて抱き心地いいしー」

そう言ってぎゅっと抱きしめると私の頭にキスをしてまた眠り始めた。

いつもなら同じベッドで一緒に寝ていることにも、抱きしめられたりキスされることにも発狂するところだが、紫原くんにはそういう下心は感じなくて、本当にペットみたいな感覚なので嫌な気はしなかった。というかむしろなんだか可愛くて。私、どうしちゃったんだろう。

それから起きて、お弁当と朝食を作って紫原くんを起こす。もうなかなか起きなくて大変だったけど無理矢理布団を引き剥がして、朝ご飯を持っていって誘導してなんとか起こすことができた。

「やっぱり名前ちんのご飯美味しいー。オレ大好き」

大好きという言葉に一瞬ドキッとさせられるけど、あくまでも私の作る料理が、ということ。まあそれはそれでとても嬉しく作りがいがあるってものなんですけどね。

「紫原くんって素直だね。昨日は最初冷たくしちゃってごめんね」
「オレのこと、嫌いじゃない?」
「うん、嫌いじゃないよ。なんか大型犬みたいで可愛いし」

そう言ってよしよしと頭を撫でてみる。怒るかなーとちょっとビビりながら。

「じゃあペットでもなんでもいいから、1ヶ月一緒にいてもいい?」

昨日は拒否した。夜には悪くないかもってなって、今は自分でも驚くほど迷いがなくなっていた。

「いいよ。でも、みんなには内緒だからね?」
「約束ね〜」

そう言って差し出された長い彼の小指に自分のを絡めた。こうしてみんなには内緒の不思議な関係がスタートしたのです。