君がいるだけで
「ありがとうございましたー」
だいじょぶ。
大丈夫大丈夫。
だって今日は約束はしてなかったんだもん。
来てくれたらいいな、来られたらいいな、くらいの気持ちだったもん。
大丈夫。
交差点を渡る、色とりどりの傘。
降ってくる雨は強くなったり弱くなったり。
帰る理由にはぴったりだ。
俯きがちな顔をまっすぐあげて、足早に交差点へ向かう。
残してきたお店のグラスの氷は溶けきっていた。
震えもしないケータイが若干憎らしくなってきた。
精神衛生上よろしくない。
こんな日はまっすぐ家帰ってご飯食べて寝よう。そうしよう。
赤信号で足止めを喰らっている時間が無限のように思われた。
店先の夏服にもバッグにもサンダルにも、心はちっとも靡かない。
今日は寄り道せずに帰ってお風呂入って寝よ……。
「悪い、世田谷。遅くなった。」
「……、てづか」
「雨が、……冷たい。」
「……びっちゃびちゃじゃん。傘は」
「行った方が早い、と思ったら結構降っていたんだ……そういうお前も。」
精神衛生上、よろしくない。
会えないって思って思いっきり落ち込んでたのに、目の前に急に現れるんだもん。
信号を渡り終えた人たちが、あたしたちを邪魔そうに避けて行く。
雨は今、激しさを潜めてしとしとと暮れ始めた路面を濡らしている。
「晩飯、なに?」
「……いや、まだ、なんにも」
「そうか。……何処かに寄って帰るか、それとも食べに行く?」
「……会えるって、思ってなかったから……」
行き交う車のヘッドライトと、街の灯りが滲み始める。
―――あ、これは、ただ単純に、あたしが。
「世田谷?……悪かった。すまない。」
庇うように抱かれた肩にじんわり、温もりが移ってくる。
遠く離れて会えないのは寂しい。
会えるのに会えないのは悲しい。
会えないと思ってたのに会えた、時は、
「……うれしい……」
やっと言えたその一言に、安堵したように君は微笑んでくれた。
たったそれだけで今日の何時間かが意味のあるものに変わった。
君がいるだけで
「傘、どこかで買おうか。」
「ううん、もうこのまま家においでよ」
「風邪引くぞ?」
「そしたら手塚が看病してよ」
「多分俺も一緒に引くぞ……。」
「じゃあふたりで寝込もう」
あたしは大丈夫。本当に大丈夫。
強がりでもやせ我慢でもない、心の底から大丈夫って思える。
傘の無いまま、ふたり、夜の交差点を渡った。
色とりどりの傘の間を縫うように、渡った。
タイミングよく来たバスに飛び乗って、家へ向かった。
君がいるだけで
何度も夢の中で繰り返すラブ・ソング
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