勝利を目指すもの
観客が、ざわめいている。
暗い通用階段からでも良くわかる。
「……よしっ。」
覚悟を口に出すと、肩の力がふっと抜けた。
今日も頑張ろう。
新しい自分に出会うために。
今日も勝ちに行こう。
待ってくれる君に、最高の贈り物を持って帰ろう。
「え、荷物こんだけ?手塚」
「必要なものは大抵揃えてくれているからな、先方が。」
「はー……旅慣れていらっしゃる……」
「さては世田谷、お前無駄なものをいっぱい持って行く派だな?」
「だって……居るもの考えてたら全部持って行かなきゃって思うんだもん」
小さい鞄一つ。
俺の旅は大概それで十分だ。
都度必要なものがあれば現地で買えばいい。無人島へテニスしに行く訳ではないのだし。
「……また留守番させてしまうな。すまない。」
「……なにを今更。慣れてますよー」
「別に宿泊代くらい一人分、俺が出すけど……。」
「たまに見に行って負ける方が嫌だから。手塚が」
世田谷はずっと引き摺っている。
中3の都大会、唯一彼女が応援に来た試合。
跡部との試合で負けてしまったのは俺自身のせいなのに、世田谷はずっと引き摺っている。
……おそらくこれからもずっと引き摺ってしまうのだろう。
伏せた眼と、沈黙。
「……お腹痛い?」
「……いや?」
「なんか調子悪いんだったらもう寝てよ?明日朝早いし体調整えないとっ!」
「大丈夫、元気だから。」
心配して覗きこんだ、その額に自分の額を預けた。
……世田谷はいっつも熱いな。
触るといっつも熱い。
「世田谷に逢ったら俺は元気。」
「そう……?」
「だから本当は現地にも来てほしい。」
「……、うん」
「世田谷が驚くほど強くなってるんだぞ。」
「うん。知ってる」
「……必ず、」
いつか、必ず。
「見に、来てくれ。……覚悟が決まったら。」
泣きそうな、世田谷の。
戸惑うような微笑み。
瞼の裏に焼き付いている。
中3の夏からずっと、ずっと―――。
……観客がざわめいている。
アナウンスに促されコートに出ると、よりいっそうその声は大きく聴こえた。
いや、……観客が俺の姿を見て大きくなった?
「なんだ……?」
「おい手塚ァ、テメー俺様にくらいは言っとけよ先に!」
「何をだ?跡部。」
「テメーんとこの世田谷が初めてスタンドに姿見せたって、朝からマスコミがウゼーよ、俺様のトコにまで!」
「―――っ!?」
太陽の日を浴びて鮮やかに映える芝のコート
夏本番を迎えて目に刺さるほど眩しい青空
この大歓声の中、何千人という中に世田谷が居るのか?
今日?
お前はそこで、俺の試合を見てくれるのか?
「……ははっ。」
「今笑うとこか?」
覚悟を決めると自然と笑いがこぼれた。
これでもう俺には選択肢はなくなってしまった。
「もう笑うしかない。」
覚悟を決めたのであろう、君の眼の前で勝利以外に掴む物はなくなってしまった。
世田谷の手に今日、俺が掴むであろうものをあげるよ。
戸惑いも、トラウマも、何もかもを吹き飛ばす勝利の証を君に贈るよ。
勝利を目指すもの
何度も夢の中で繰り返すラブ・ソング
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