良い酔い宵
「ごめんねー、手塚先生」
「いいえ、こちらこそご迷惑をおかけしてしまったようで。」
「ほら、世田谷先生、迎えに来てくださいましたよ」
「すみません……」
「たまにしか呑むこともないから、つい羽目外しちゃうのよねー」
「あとは僕が連れて帰りますので。ありがとうございました。」
「よろしくお願いしまーす」
「おやすみなさーい」
「おやすみなさい。本当ごめんなさい」
「では、また月曜に。」
タクシーの走り去る音がして。
賑やかだったあたしの周りは急に静かになった。
項垂れていた体を起こして立ち上がり、夜空に向かって大きく息を吐く。
「……やっぱり。」
「ん?」
「世田谷お前、酔ってないだろう?」
「……バレた?」
「おかしいと思ったんだ、酔ったというのに寝てはいないって言うから……。」
満面の笑顔のスーツ軍団や、大声ではしゃぐカップル達を華麗に躱していく。
何かを忘れてしまいたい気持ちや押し迫る年末への焦燥感で、みんなテンションがおかしくなっている。
女性職員のみの忘年会は午後九時過ぎ、恙なく終了し。
「だって今日は次も次もガンガン行くぞーって言うんだもん……」
「それで酔ったふりして俺に電話をかけて戦線離脱か。」
「飲み会は嫌いじゃないけど、みっともなくなるのは嫌だからね……」
華やかなイルミネーションの街も、一つ角を曲がれば静かな住宅街だ。
さっきまでの飲み屋街とは違って人なんかほとんど居ない。
寒そうな街灯に息が白く照らされた。
久しぶりに履いたヒールの、靴音が響く。
「……手塚がさー、家でさー」
「……。」
「独りでご飯食べてたら寂しいだろうなーって」
「……。」
「……」
「だから酔ったふりして帰ろう、と?」
「……うん」
お付き合いは大事。
でも手塚のことも、家の事も大事。
おかしいかな?変かな?
そりゃ嘘ついて、酔ったフリしたのは悪いかもしれないけど。
正直に言って冷められた時の反応も、対処できないから苦手なんだよ……。
謎の気まずさに、内心ハラハラしながら歩く。
手塚はなんにも言わない。
タクシーを拾う様子も勿論ない。
「……ひゃあっ」
「……どうした!?」
「大丈夫、ちょっと足グキってなっただけ……」
「……本当は酔ってるんじゃないのか?」
「え?」
「……手を。貸せ。」
もし。
もしあたしが逆だったとして、手塚を笑顔で送り出したことはできたとしても。
やっぱり独りでご飯食べるのは寂しいし、早く帰ってこないかなーって思ってしまう。
手塚が楽しい時間を過ごしてると分かっていても。
―――たった2杯の梅酒ソーダでふらつくほどお酒に弱くはない。
「……酔ってないよ」
「いいや。酔ってる。……ほら。」
そう言うと無理矢理手を取った。
引き寄せられて肩がぶつかる。
ふらついた体を、手塚の右腕が支えた。
目があった。
笑った……?
「……なん……」
「酔ってるよ。世田谷。」
くすぐったくなるほど顔を近づけて、すぐ横で鼻を鳴らした。
髪にかかったのは風なのか。息なのか。
「……だって酒の匂いがする。」
―――違う。あたし酔ってないもん。
けど、体のまんなかがカーッて暑いのはお酒のせいじゃない。
ドキドキして胸の辺りがはち切れそうなのはお酒のせいじゃない。
とにもかくにも酔ってない!絶対酔ってない!!
「それともおぶってやろうか?」
「いいよ!!酔ってないって!!」
「……本当か?」
「手は、でも、……つなぐ」
「……そうだな。危ないからな。」
「手ぇつないで、帰る……みつくんと」
ドキドキしてるのも暑いのも、お酒のせいだけじゃない。
ホントは君のせいだよ。
だって本当にあたし、酔ってたら。
手つなぐだけじゃ絶対に、満足しないんだから。
啓って呼んでくれなきゃ、泣き出しちゃうんだから。
良い酔い宵
何度も夢の中で繰り返すラブ・ソング
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