前を向け


横断歩道を渡りきったところで強い風が吹きつけた。

高層マンションの上から吹き降ろしてくるめっちゃくちゃ冷たい風だ。





「さっぶぅ!!!」





思わずあげた一声に隣で手塚が堪えきれずに吹き出した。

一カ月早い寒波の中でも平艶な顔して歩いているような人が。






「変なイントネーション。」

「だって、さぶくない?バカじゃないのなにこれ」

「寒さに馬鹿じゃないのかって言う奴は世田谷くらいだろう。」

「誰に文句言ったらいいの?JARO?」

「いや、冬は何も偽ってないぞ。寒いんだし。」





寒くってもツラくっても。

顔を上げて、前を向いて。

目の前で、歩行者信号が赤に変わる。



「ドイツに行く前にさあ」

「うん?」

「手塚、そこでちゃんと前見て歩けって言ったの覚えてる?」

「……ああ、あの時も寒かったな。」

「あれってちょっと狙ってた?」





もう、とにかくさみしくってかなしくって。

なんでテニスするのに日本じゃ駄目なんだろうってずっと思ってて。

でも手塚の邪魔するのは嫌で、もう頭の中ずっとぐるんぐるんしてて。

ぼーっとしたり考え込むことが多くなってた。

目の前の信号が変わったことにも気づかないくらい。

立ち竦んで、立ち尽くしていた。





「は?狙……?」

「えっ天然なの?やだ恥ずかしい!!!」

「世田谷は昔からわかりやすいから。」

「……、狙ってんじゃん」

「俯いて歩いてたら絶対転ぶ。」

「……そんなことないよぉ」

「俺が居なかったら絶対転ぶ、って、俺も思いたかった。」



今だけ見てたらきっとそこに留まってしまう。ハマってしまう。

危ないから前を見て。顔を上げて。

苦しくってもしんどくても。

前さえ見ていればいつか抜け出せるかもしれない。

冬が終わって春が来るように。

夜が明けて朝が来るように。





「わかりやすい奴で良かった……これで解り難かったら俺は絶対気付けて無かったと思う。」

「あーはいとっても単純です」

「だから好きなんだが。」

「……え何?」

「なんでもない。」

「え何?聞こえなかったけど何?す?なに?」

「世田谷も言えたまには!!」

「なに?好き?誰が?誰を?」





信号が変わって、コートの端がひらり、翻る。

叩き付けるような強風にタイツの防御力は0に等しかった。

でも熱い。

バカだねあたし。

単純だね。





「手塚サンはー?」

「世田谷が、」

「すき……っ!?」





冷たい手のひらがあたしの口を塞いだ。





「世田谷は?俺のことが?」

「……ふひ」

「……ブヒ?」

「ふひ!!!―――って、手離さないから、好きだって言ってるからちゃんと!!」

「ほらわかりやすい、照れると怒る。」

「……っ」

「あと黙る。」

「……〜〜〜〜っもーう手塚超好き、大好き、めっちゃ好きっ」





今はもう、遙か彼方、俯いてたあたしよ。

取りあえず前向いて歩いてけ。

そしたらちゃんとこんな未来に続くから。

そこはまだ絶望の淵じゃない。2時間ドラマの崖でもない。

未来の自分へ繋げる道の途中だ。



「どうだこれで満足かぁ!?」

「世田谷顔赤い。」

「あつーい!寒いのどっか行った!!!あつーい!!」

「良かったな。」





新しい朝へと繋がる夜明け前の希望の道だ。

だから俯かないで前を向け。

そこで立ち竦むあたしよ。




前を向け
何度も夢の中で繰り返すラブ・ソング
1712016


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