私の好きなもの


冷たい空気に全身が触れると、ぐっと背筋が縮んでしまった。

冬に外に出るのが苦手だ。子供は風の子なんて都市伝説だ。





「―――さぶ……こたつに帰りたい……」

「まだ道に出ただけだぞ世田谷。」

「家の中でいいじゃん……無理に出かけなくても」

「年明けからこっち毎週そうじゃないか。たまには外にも出ないと。」

「外に出るならハワイか沖縄が良い」

「残念ながらそんなに常夏な所ではない。」

「……山とか川とか海行くんじゃないよね?」

「そうだな。ついで言うとテニスコートでもないぞ。」

「……どこ?」





縮こまったまま首を傾げると、よくぞ聞いてくれたと言うように手塚の表情が変わった。

珍しい、そんなに自信満々な顔試合でも見たことないぞ?





「カレーの美味いところ。」

「行く」

「決まりな。」





あたしが好きなものを君は抜群に知っている。

まだそんなに付き合いが長い訳でもないのに、あたしを動かすことが上手いのだ。

……まぁそれは単純にあたしが解りやすいだけなのかもしれないけど。

ポイントを押さえてツボをついて来る。

思えば春にクラス委員を任されてから何度その手口にハマったことだろう。





「いただきます」

「いただきます。」





スプーンいっぱいにカレーを掬って、頬張る前に彼は笑んだ。

カレー掬ってかっこいいってなんだ。カレーの王子様か。テニスの次はカレーの王子様か。反則か。





「……」

「食べないのか?ハンバーグ付けなくて良かったのか?」

「そんなにボリューミーじゃなくて大丈夫ですー」

「世田谷なら絶対に来ると思った。」

「……なぁ、カレーの王子様よ?」





手塚は後ろを振り返った。しかし背後には壁しかない。





「……誰だ?」

「あたしって手塚の中でほんっと色気より食い気なのね?」

「食わない世田谷なんて世田谷じゃないだろう。」




正論過ぎてぐぅの音も出ない。

やっぱり手塚はヤバい程にあたしのこと、わかってる。





「世田谷が食べているのを見るとなんでも美味そうに見えるから困るんだよな。」

「そんなに?」

「自分も食いたくなるし、今度は何を食べに行こうか考えたり。」

「……手塚と食べるから美味しいんだよ」

「そうかな。俺はあんまり食に執着しないから。」

「手塚と一緒だからあたし、なんでも美味しいって思うもん」





古い作りのレストラン。

すぐ横をたくさん車が行き交う。

こんなところ、何処で調べて来てくれたんだろう。

世田谷がよろこぶかもって思って、連れて来てくれたの?

あたしに美味しいって言わせたいだけのために?




「……じゃあ世田谷とテニスがやってみたい。」

「はい!?だからそれはぁ」

「下手でもルールを知らなくても、世田谷なら楽しそうにやってくれそうじゃないか。テニス。」





君の好きなもの、あたしは前から知ってる。

知ってる。

呆れたりがっかりさせたりするのが怖くて断ってばかりいたけど。

君がテニスを大好きなことはずっと知っている。

美味しそうにご飯を食べることと、楽しそうにテニスをやること。

手塚はあたしの中になにかを見出そうとしている……?





「冷めないうちに食べよう。」

「……うん」

「美味しい?世田谷。」

「うん……おいしい」





ほかほかの体で表に出ると、今度は大きく息を吸い込んだ。

背筋を、しゃんと伸ばして。





「……あたしとテニスして手塚、楽しい?」

「……、世田谷、逆逆。」

「……ん?逆?」

「そう。逆。」

「……手塚とテニスしてあたし楽しい……かな?」

「俺は世田谷とテニスしたら、楽しいのは当たり前なんだよ。」

「でもさー、手塚テニスの王子様じゃん。ボコボコにされるのはちょっと」

「そんな大人げないことをするように見えるか?俺が。」

「……見える」

「なっ」

「手塚自分の好きなものにはキビシいもん」

「……、世田谷とは反対で。」

「あたしは好きなものにはあまあまだもーん」



あんなに寒いと思っていた風が、今は冷たくて気持ちよかった。

ちょっとのことで人の思いって変わる。苦手だったものも違う風に見られるようになる。

君のおかげでまだ埋まったままの、新しい大好きなものを探しに行ける。




「極力厳しく指導しないよう全力を尽くす。」

「よろしくお願いしまーす」




今度はあたしが君の知らない宝物を、掘り起こしに行くよ。

一緒に行くよ。

絶対何か見つけて帰ろうね。



私の好きなもの
何度も夢の中で繰り返すラブ・ソング
170122


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