「綺麗な紫のお着物ね。あなたの瞳と相俟ってとても素敵よ。」
「ありがとうございます。」
受付で上質なめでたいこの場に相応しい、晴れ衣を身にまとった品の良さそうなご婦人が私に声をかける。
「初めて見かけるわ。どこのお家のお嬢さんかしら。」
お名前聞かせてもらえる?ご婦人が言い終える前に私は常備されている筆ペンを手に取り、名簿欄に自身の名前を記入した。
「皇です。」
「えっ…あなたがあの……皇家の?」
私の名を聞くなり眉を顰めるご婦人の先程と打って変わった表情など気に留めることなく、筆ペンをそっと元の場所に戻し一歩引いて軽く会釈する。淡々と歩を会場内に進める私の背後で、本家の当主様がいらっしゃらなくて良かったわと同じように受付をしていた者に耳打ちをした。みなまで言わなくても、紫色の眼を持った私が皇家の何者であるかなんてことは周知の事実だそうで、そのやり取りを見学していた者たちでさえも、私を不快そうな目で見る。
この場に存在する者の中で、私たちは特に異質だった。
「おーい満瑠!!こっちだぞ!!」
会場中の視線が全部私に注がれているんじゃないかと思うぐらいにひしひし伝わる視線。それを打ち破るように発せられた聞きなれた声に目を向ける。数多の視線を浴びてなんだが、こんなところで大きな声で名前を呼ばないでよ、と羞恥でその声の主を軽く睨む。
「そう怒らなくてもいいだろう。」
「はぁ。気配で分かるんだから、わざわざ呼ぶことないでしょ。」
「満瑠、父親というのはそういうものなんだ。悪く思うな。」
「すまないな満瑠。今日はあいつの晴れ舞台なんだ。機嫌よくいこう。」
その声の主───父を気遣って母がフォローを入れる。そう、今日は皇家のものと、かの有名な三本指に数えられる名家の分家の娘の結婚式だ。隠すまでもないが、うちはその御三家から嫌われている。それも一方的に。まぁそれは家柄が主であるが、五条家とはそれとは別に特別な理由があった。私が持って生まれた特異体質が、うん百年ぶりの無下限呪術と六眼の抱き合わせである彼のその存在を脅かすものとなっているからだ。私という存在が、両者の関係の悪さに拍車をかけてしまっている。五条家を恨む人間からは大層持て囃されたが、五条家からは更に忌み嫌われる原因となった。
しかしながら、その結婚相手の娘というのが五条家の分家のものである。
彼が心底惚れたというのが、五条家の分家の娘と聞いて衝撃が走ったのは記憶に新しい。うちの家系は他の御三家と違い、堅っ苦しいしきたりというものは存在しないが、御三家との結婚はその関係性故に今まで避けられてきたものである。例えそれが分家であっても、皇家の歴史上極めて稀のことであった。だが、今回の結婚、彼が皇家の当主でないことと、あちら側の家に婿入りするということで、簡単にことが運んだ。幸いにも、娘の為人が良い所為か、この結婚に反対する者がいなかったというのだから、我々が祝福しない理由など存在しなかった。正直父はその辺適当な性分であるため、端から祝福ムード満載であったが。仮に反対されてもその障害を乗り越える覚悟すら持ち合わせているという彼にひどく心を打たれたという。正しく、家柄の垣根を超えた純愛そのものであり、そのように熱烈に愛される彼女を微笑ましく思った。
「満瑠、お前も早く結婚しろよ。」
「どうして私が。」
式典のプログラムが進行し、隣り合って微笑む二人の様子を微笑ましく見ていた私に父がそう告げた。
「お前はもう皇家の当主だろう。子を産んで存続を図るんだ。」
「別にそれは今じゃなくてもいいでしょ。それに結婚するなら最低でも、私と同等の強さを持った男がいい。」
簡単に言ってくれる、と心の中で毒を吐く。産むにしても誰の子を?私は私と渡り歩けるだけの男でなければ恋愛なんぞ、ましてや結婚する気なんて毛頭起きなかった。むしろそれは皇家唯一の強い者との結婚というしきたりに沿ったものである。当主として意識が高いと褒め称されるものだと思ったが、私の思いとは裏腹に父は深く息を吐いた。
「今のお前と同じ強さを持った男なんて、探し回るのにどれだけの時間を費やすと思っているんだ。」
「そういう私を当主に選んだんだから、その位覚悟しててよね。」
「それなら一層のこと、五条家の当主と結婚したらいいんじゃないか?」
「は?それこそあり得ない。当主同士の結婚なんて聞いたことないし、それに五条家から物凄く嫌われているの知らないの?」
知らない父ではないだろうに、突拍子の無いことを言うものだから唖然とする。そもそも私の存在すら数年前まで皇家の極秘情報として扱われていたんだ。五条家当主の彼に私の存在が認識されているかどうかも怪しいのによく言う。お互いの存在は両者以前に周りの人間の方が認知度が早い。その彼に情報が行く前に、もみ消されている可能性だって低くはないのだ。
「あいつも婚姻できたんだ。満瑠だって可能性はあるだろう。」
「それは分家だからでしょう。会ったこともなければ、顔すらも知らない。知っているのは名前と術式とちょっと耳にした噂程度の情報だけ。そんな人と結婚なんて、誰がするの?」
「今はそうかもしれないが、これからは嫌という程顔を合わせることになる。それにお前たちは何かしらの因縁があるんだ。結婚してその男に責任を取ってもらったらどうだ?」
「その必要はないよ。私はその件に関して彼に恨みなんて全く持っていないんだから。」
「頑なだなお前も。見合い相手を探すのに苦労するぞ。」
「強い男じゃなければ私は結婚しないからね。約束通り見合いには応じるし高校にもちゃんと行くんだ。そのくらいの言い分は聞き入れてもらわないと。」
「あぁ、分かっている。」
「こらっ!お前たち!今は式典の最中だ、静かにしろ!!」
話に夢中になっていた私たちに母からの怒号が届いて、父と二人で委縮する。私たちの話し声より母の怒鳴り声の方が遥かに大きいのだけど、敢えてそれは言わないでおこう。それに少し前から催し物で大盛り上がりしていた会場内だ。私たちの声など容易にかき消される。だが確かに式典の最中であることに変わりない。二人の幸せそうに微笑みあうその姿をしっかり目に焼き付け、明日を生きる糧にでもしようか。餞もしっかり準備してきた。二人のこれからの生活が幸せで溢れることを心から願おう。