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思いの外手続きが遅れ、少し早足気味に廊下を歩く。予定では午前中に終わらせて、同級性と顔合わせをする算段であったが、今は既に13時を回っていた。彼らは今日も任務があると聞いている。だが、顔合わせで時間を空けているとの事だ。これ以上私のために彼らの貴重な時間を割くわけにはいかない。私はさらに足早に廊下を歩いた。

「こんにちは。」

「ん?あぁ、こんにち…は…」

「え?」

「は?」

途中、談話をしていた男女3人組とすれ違う。私の同級生は男子2人だと聞いていた。なので彼らはおそらく先輩なのであろうと、挨拶をする。楽しそうに会話に花を咲かせていた三人だったが、私の姿を視界に捉えるなりその表情がみるみる変化していった。

「え、不審者?」

「まさか。違いますよ、こちらの学生です。」

矢張りそうきたか、と満瑠は頬を掻いた。眼精疲労の防止のために長らくこの目隠しを着用して過ごしているが、初対面の人からの印象はいつも決まって似たようなものだった。流石にもう慣れたけど。中学時代は凄かったなー歩くたびに不良に絡まれたっけ。と呑気に昔の記憶が頭を過る。

「学生?とてもそうは見えないんだけど。制服はどうした?」

「あぁ…ここに来たばかりで、まだ間に合ってないんです。」

「なるほど。それは仕方ないな。」

怪しむ視線が投げかけられる中、私のスーツ姿に女性の先輩がそう問いかけた。事情を話せば納得の色を見せてくれたが、学生に見えないというその一言に肩を落とす。私は昔から、何故か年相応に見られない。背丈が高いせいなのか、ランドセルを背負えば似合わないと家のものに笑われ、小児科に行けば浮きまくり、中学時代では成人女性と間違われることがしばしばあった。これはもはや長年の悩みである。

「なぁ。お前、何者?呪力が全く見えねーんだけど。」

「さぁ?気のせいでは?」

「俺の六眼が気のせいなわけねーだろ。何隠してやがる」

六眼という単語に、この男が何者であるかの確信を得る。そもそも呪力が“見えない”という表現自体がおかしい。一般の呪術師が呪力の可視化なんてできるはずがないのだ。それができるのは私が知る者の中ではたった一人しかいない。そう思い、改めてその男をまじまじと見つめる。170越えの私でさえも上を向くぐらいの長身。日本人特有の髪色とは程遠い白髪。サングラスから時折除く、蒼穹を映し出したかのような瞳の色。そうか、彼が…

私が最も避けたいと願っていた人物───五条悟、正しく本人であった。

「すみません。私今急いでいるのでもうこの辺で失礼します。」

そう言って、足早にそこを後にする。思っていたよりも早い接触に動揺してしまった。

いや、むしろ今で良かったのかもしれない。知らずに避けるより、知って避けた方がその回避力は格段に上がる。これを機に今後関わることが減ってくれることを心から願おう。五条悟が振り返って何かを言った気配を感じたが、今の私にはそれに反応する余裕はなかった。





廊下を歩きながら、悟と梢子と先程話題に上っていた新入生の話をする。皇家、この単語が出てからの悟の上機嫌な様子は異常だった。

「どういうやつなんだろうな、そいつ。」

「たかが新入生で浮かれすぎだろ、五条。」

「何言ってんだよ梢子。あの皇家の当主だぞ!?」

あの、と言われても私たちはいまいちピンと来ない。何故なら、その皇家自体、実在しないも同然の都市伝説として語り継がれていたからだ。そんな戦闘狂いの一家なんて、ひと昔前の戦国時代でもあるまいし。悟が実在していると言っていたのを聞いても尚、信じがたい事実であった。

「絶対強いんだろうなーゴリラみたいに図体のデカいやつだったりしてな。」

「意外とひょろっひょろのもやしみたいな男かもよ」

「それはねぇだろ。」

「悟は会ったことないのかい?裏の名家と言われても名家に違いはないんだろう?」

「ねぇな。名家っつっても御三家からは嫌われているし、何しろ流れる情報が少ない。さすが裏で暗躍する一族ってだけある。自分たちがいた形跡なんて跡形もなくきれいさっぱりお片付けだ。」

「なるほど。立つ鳥跡を濁さずって訳か。」

正しくその道のプロ。悟との話で、曖昧だったアウトラインに線が浮かぶ。都市伝説などではなく、確かに実在しているのだと。

「こんにちは。」

「ん?あぁ、こんにち…は…」

「え?」

「は?」

突如聞こえてきた、存在感のある声に少し遅れて反応する。捉えられたのは鼓膜を揺さぶったその声、“だけ"だった。ハッとしてその姿を目にする。

───今、完全に気配を感じることができなかった、否、気配がなかったのである。

映ったのは黒髪の黒い札?のような目隠しをしたこれまた黒いスーツを身にまとった、日本人女性の平均身長を大きく上回るであろう長身の黒づくめの女性で、はたから見ても明らかに不審者を模した風貌だった。

「え、不審者?」

梢子が彼女に問う。いや、いくら何でもストレートすぎないか?そう思いながら二人のやり取りを見つめる。先程気配を感じられなかったのが妙に引っかかった。隣では悟が完全に怪しい者を見る目つきに同感する。

「なんだ、あのスケベな女。」

そっちかい。わざわざ耳打ちして放った言葉はそれで。いや、まぁ、隠れている目元に加え思わず息を呑む色気に、悟が言うことも分からなくはないが、他にも気になることがあるだろうと苦笑を浮かべる。

「失礼だろ?そういう趣味かもしれないじゃないか。」

「ハッ。クズ共が」

私達の会話の内容が聞こえていたらしい、梢子がそう反応した。趣味、かどうかは置いといて───趣味にしても度が過ぎているが、さすがに目隠しはどう見ても怪しい。

「なぁ。お前、何者?呪力が全く見えねーんだけど。」

「さぁ?気のせいでは?」

「俺の六眼が気のせいなわけねーだろ。何隠してやがる」

「すみません。私今急いでいるのでもうこの辺で失礼します。」

何かを誤魔化すかのように足早に去っていく彼女を振り返り、悟が、待て!!このスケベ女!!と言葉を発した。女性を呼び止めるのにその言葉はないだろうと呆れる。

「悟、彼女の呪力が見えないって本当かい?」

「本当。」

「呪力が無いってこと?」

「いや、そういう訳ではなさそうだが、何かに阻まれて六眼で認識できない。多分、その原因はあの目隠しだ」

「そうか。…彼女、只者ではなさそうだね。」

先程の気配といい、悟の六眼を持ってしても認識できない呪力。たったすれ違っただけの彼女だが、不可解な点が多すぎる。最近手ごたえのない任務で退屈していたのか、悟が新しいおもちゃを見つけたかのように目を輝かせる。

「あの目隠し絶対剝ぎ取ってやる。傑!絶対見つけ出すぞ。」

「もしかしてあの人が皇家の当主なんじゃないのか?制服が届いていないとか言っていたし。」

「当主は普通男だろ。3年とかに新しいやつ来たんじゃないの。」

「いや、そういう情報も入っていないけど。」

まぁ、本人に直接聞きゃーいい話だ。意気揚々とした悟はもうどうすることもできない。はぁとため息をついて肩を竦める。それと同時に悟に目を付けられた彼女たちに心底同情した。