見るもの 見えぬもの
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気付けばそこは村の外れにポツリと一件だけ建つ豆腐屋の前だった。
客が訪れるのか分からないボロボロの店の前で煙管を吹かしていたジジに「まぁ座れや」と、自分の座る長椅子の隣に誘われる。
返事もせず、ただだまって腰掛けた私を咎めることなくジジは「ふぅ〜」と煙を吐き出した。
「その顔は、トミが死んだこと聞いたな」
「…うん」
この仙人のような風貌のジジは遣手ババと長年の付き合いがある、幼友達だとババが教えてくれた。
『うだつが上がらない男さ』とババはぼやいていたけれど、そこにはジジに対する信頼があったのだろう。ジジの話をするババの表情が存外優しかったのを覚えている。
「…寂しくない?」
風に乗って消えていく煙を眺め、問うた私の声は貧弱だった。
まるで迷子の子供のような頼りない声に自分でも情けなくなって苦笑が零れる。
そんな私にジジは顎下の長い髭を撫でると、自身の膝に煙管を当てて灰を落とした。
「人の命なんざ呆気ねぇもんよ。遅かれ早かれ逝く場所は同じだ」
「ヒョッヒョッヒョッ」とクセのある笑い方につられて私も笑った。
寂しいだろう。空しいだろう。長く友人関係にあった人間に先立たれて、寂しくないわけがない。けれどそれを微塵にも感じさせないのは…。
「まぁアイツのことだ。すぐに迎えに来るじゃろうて」
ジジもまた、自分の終わりが分かっているのかもしれない。なんとなくだけど、そう思った。
「100歳まで生きるって言ってたのに」
「アイツは人一倍強欲だったからなぁ」
「ババのおはぎ、美味しかった」
「他はめっぽうなくせに、おはぎだけは美味かったな」
「ジジはうだつが上がらない男だとも言ってた」
「大きなお世話じゃ」
ババのこと。ジジのこと。村のこと。山のこと。とりとめのない話をした。空が茜色に色づくまで、とつとつと。
「見えることから逃げるなよ」
ババの家から貰った野菜や米に加えて「余りもんじゃ。持ってけ」とジジが作った豆腐と揚げが追加された籠を背負い、立ち上がる。
ぐらりと傾きそうになる身体をオタオタと立て直す私を見て「ヒョッヒョッ」と笑ったジジが、ふいにポツリと零した言葉に息を飲んだ。
「見えとるもんを見えなくするんは簡単じゃ。目を逸らして、避けて通ればいい。でもな、それじゃぁなーんも変わらん」
白く長い眉の隙間から覗く漆黒の瞳は全てを知っていると言いたげに怪しく光る。
けれどそれは一瞬のことで、ジジはその緊張を解くと再び瞳を眉で隠した。
「見え過ぎるのも辛いがの」
「じじ…」
「水草が流れされずに生えてられる理由を知っとるか?」
突然の問いに考えてみても答えが分からず首を振る。
するとジジは「無駄な力は抜いて受け流しとるからよ」とあっけらかんとした答えを出した。
「受け流す…」
「見えたものは見えたままに受け止めればいい。そこに無駄な力はいらん」
――力めば一瞬で潰されるぞ。昔の儂のようにな。
「ジジはー…」
「ヒョヒョ、少し喋りすぎたのぉ」
老木の無駄話じゃ、忘れろいとフラフラと店に戻って行く。
その小さな背中はどんな大木よりも大きく見えて…。
「何が老木だよ…」
ジジの底深さに戦慄を覚えつつ、私は少しだけ燻っていた感情の答えを見た気がした。
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