鬼さんこちら


 藤襲山は狂い咲いた藤の花が山一帯を覆う日ノ本でも珍しい場所である。
 そこは平安の時代より産屋敷の所有する山にあり、常人が足を踏み入れることは許されていない。

 山に近づくにつれ少しずつ濃くなっていく藤の香りを感じ、そういえば鬼にとって藤の花は猛毒だということを思い出した。
 むせかえるほど濃密な藤の香りは、山に閉じ込めた鬼が逃げないようにするために用意された結界なのだろう。なんて粋で優美な結界だと感心しながら、人の気配が集まる場所に歩みを進めた。


 この最終選別を受けるにあたり1つだけ決めたことがある。
 それは自身の目に包帯を巻き、視覚を閉じて生きていくということ。

 常に感覚が開きっぱなしの私だ。
 視覚を閉じても他の感覚がそれを補うため今のところ不便は感じていない。続ければいい鍛錬にもなるだろう。


 山の中腹辺りに集まる人の輪に近づけば、複数の視線が向けられた。その視線に憐みや蔑みといったいい感情がないことは手に取るように分かる。
 目に包帯をする私は、はたからみれば刀を持った盲人。生きるか死ぬかもわからぬ最終選別に挑むには愚かだと思われているに違いない。
 だが人を見かけで判断するような浅い人間には興味がないので、その視線は黙殺した。



 どれほど待っただろうか。
 ある程度の人間が集まったのを見計らったように姿を見せた2つの気配は、皆の前に立つと年齢に比してひどく落ち着いた声を発する。


「只今より、鬼殺隊 最終選別試験を行います」


 女子の声は『剣士が生け捕りにした鬼が蔓延る藤襲山で7日間生き残ること』が最終選別の合格条件だと言った。
 単純明快な合格条件は最も簡単で、最も難題だと思う。この条件を達成し、再びこの場所へ戻ってくることが出来るのは一体何人いるのだろうか。


「(片手ほど残れば御の字か)」

「それでは、」
「「いってらっしゃいませ」」


 その声を合図に我先にと山へ駆けていく気配を見送りながら、私はゆっくりと足を進めた。
 条件は生き残ることであって、狩った鬼の数ではない。それなのに急いでいくなんて、よっぽどの死にたがりか鬼狩りを楽しむ物好きだろう。


「うぅぅぅぅう…行きたくない…行きたくないよぉぉぉぉお…!」


 ……1人だけ、例外がいたようだが。


 全身で恐怖を放出する少年を横目に踏み入った藤襲山の内側は、異様な雰囲気で満たされていた。

 全身に纏わりつくような湿った空気。不気味な静けさの中に響くのは、地面を踏みしめる己の足音だけ。
 あの胸やけしそうなほど強く香っていた藤の香も感じなくなったころに、そいつは現れた。


「にんげん…にんげんだぁぁぁぁ!」


 それはまるで血に飢えた獣の叫び。
 鬼にとって人間は食料だ。長いこと人間を食していない鬼を飢えた獣と例えることは強ち間違いでもない。

 だが相手の実力を測らず、食欲を満たすためだけに手を伸ばすその様は…。


「獣以下だな」


 型を使うまでもなく、その首を斬って捨てた。
 ボロボロと朽ちていく鬼の顔を目を閉じている私には拝むことは出来ないけれど、きっと醜い形相をしているのだろう。

 初めての鬼狩りは人間を捨て、獣以下に成り果てたものに情けは無用であると改めて感じさせるものとなった。


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