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夕日に照らされた二人の影が伸びていく。ヒグラシの物悲しい鳴き声と、子どもたちに帰る時間をお知らせする町内放送に促されて、私たちは少し気落ちしながらアスファルトを歩いていた。
結果を言えば、隣の市にまで足を伸ばし、オール明けの眠たい目を擦りながら閉館まで粘って見ても昨日となんら変わらず、なんの情報も得られなかった。大きな図書館だったから内蔵されてある本も専門書の数も桁違いだったにもかかわらず、なにも。強いていえばマルコさんの世界で用いられている文字は英語だということが知れたくらいか。話す言葉は流暢な日本語だが。
連日たいした成果をあげられていないせいで気まずかった雰囲気はさらに悪化し、苦し紛れのぽつりぽつりとした話題も時間が経つにつれて話の接穂を失い、今は静かな時間が流れている。混んだ道だからと電車で行ったのは悪手だった。車だったらカーナビでテレビでも流せたのに。
「ねえ待ってよぉ!」
「もう、はやく帰るよー!」
炊事の煙がどこの家からも上がり始め、土で汚れた服を纏い、手を繋ぎながら遊んでいた子どもたちも家路を駆けていく。
外に出たついでと買ってあった夕ご飯のレジ袋がマルコさんに引き寄せられたことでがさりと音を立てた。そのすぐ後、友達と並列走行した自転車が対向から勢いよく私の側を通り抜けていき、はしゃぐ声が残される。ほんの小さく零された「危ねェな」という声に、ようやく庇われたのだと思考が追いつき、嫌なくらいに発揮された“男”に僅かに気上がった。
「ぁ、……りがとう」
「気がそぞろだったねぃ、悪かった」
抱き寄せられた肩から温もりが消え、ぱっと離された手。それに一抹の寂しさを覚えていれば突如として腰に回された手に思わずマルコさんを仰ぎ見た。
「まっ、マルコさ、」
「あ? あァ……互いに手ェ繋ぐ歳でもねェだろい」
それ、は、そうだけど。腰に回されるくらいなら手を繋がれる方がまだマシというか。洋画ドラマでしか見たことないそれに呻いた声しか出ない。そしていつの間にか、私が持っていたはずの荷物でさえ今やマルコさんが持っているのだから女慣れした男ってどいつもこうなんだろうかと最早乾いた笑いしか出てこなかった。
◇
駅から自宅まで歩いて二十分前後。大通りを行けば更に時間がかかる。特に急ぐ理由もないが、あえて遠回りする理由もなく、狭い路地を二人並んで歩く。先程の出来事を口火に私達は自然と喋り出していた。
「ありゃァなんて読むんだい? barは読めるが」
「あー……カラオケよ。んー、バーみたいなものだけど、それよりはもっと親しみやすい感じかな。歌とかを従業員とお客さんが歌えるの。歌って飲んで楽しむところ、かな」
「へェ……あれは?」
「いざかや、だね。お酒を主におつまみとかが豊富にあるお店だよ。昔ながらに言うなら酒場ね」
所狭しと並んだ看板を指さしながら軽く説明も入れて教えていく。読み書きは英語だけあって漢字はあまり読み慣れないらしい。
「マルコさんの世界は漢字は存在してないの?」
「いや……イゾウっつー奴がいるんだが、そいつはワノ国出身でねい。たしかあいつの持ってた書物に使われていたのは見たことがあるよい。あとは海軍の奴らの制服にも使われてる」
「まって、わのくに……?」
気になる単語に聞き返してよくよく聞いてみると、それは鎖国時代の日本にそっくりだった。着物も、侍や忍者という言葉も存在している。まあ所々……いや、だいぶ純粋な昔の日本そのままだとはもちろん言えないにしろ、その国が日本をベースに作られた(もしかしたら“わのくに”の後に日本が形成された……可能性もないことはないが、さすがにないだろう)のは明らかだった。ここまで日本との類似点が多いとなると、手がかりが無かったからと諦念に達するにはまだ早いと思えた。だって、──── 日本人がトリップした可能性は十分に考えられるのではないか。
そんな希望の笑みにつられてか、マルコさんもようやくゆるりと口角を上げた。
「……あれ、みょうじさん?」
そんな折、ふと後ろから声を掛けられた。反射的に振り返るとそこには仕事先の後輩が同じくレジ袋片手に立っている。
「……こんな所で会うものなのね」
「やっぱりみょうじさん! 奇遇ですね、買い物ですか?」
──── あいつは犬だよな。
そう言っていた同僚の言葉をふと思い出してしまったのは、こちらに駆け寄ってくる姿が思わず犬と重なったからである。会社でも専ら小動物を彷彿させると言われているのは、その低めの身長と可愛い顔つきのせいだろうなあ……。
「本当に奇遇……ッ」
奇遇だね、と続くはずだった言葉だったが、体が急に引き寄せられたことにより出ることはなかった。
引き寄せられたというか、抱かれている。めちゃくちゃ抱かれている。車が通りにくい狭い路地という事もあって腰に回されていた手は退けられ、変わりにあちらこちらと看板を指さすものになっていたのだが。
思わずマルコさんを見るとほんの少し眉間に皺が寄っていた。
「って、……あれ、みょうじさん、彼氏いたんですか……?」
……うう。さすがにこの体制で、従兄ですなんて言えないよなあ……。