12




「あ〜〜……あ〜〜〜と……」

 後輩たる彼をのっぴきならない理由によって仕方なしに家に泊めたのはほんの最近の出来事だ。たしか一ヶ月ですら経っていないはずである。とはいえガッツリ腰に回された手と、ちらりと見た時に浮かべていたお世辞にも愛想が良いなんて言えない今のマルコさんの表情に、単なる知り合いですなんて言ったところで到底信じてもらえるとは思えない。私なら信じない。

 かと言って、ほんの数日前にできた彼氏なんです、なんて言っても、私に彼氏ができるほど余裕のある仕事量ではないことは彼が身をもって知っている。新人ひとりじゃどうしたってこなせない量を私が肩代わりして、なおかつこの子が日々やらかすミスのフォローに東奔西走しているのだから。というか泊めた時に「彼氏なんてしばらくいらない。できたとしても構えないから長続きしないもの」なんて言った気がする。

 まあそして、一番言えないのが長年の彼氏です、だ。あの時に彼氏いないから泊まって行け、なんて言ってしまっていた手前、さすがにそれは……というか仮に言ってなかったとしても、彼氏がいる身で男を泊めるのは大概頭やべえかビッチである。

 痴女だと会社に流されでもしたら堪ったものじゃない。これでも彼は顔の良さからフリーの女性会社員たちから狙われてたりする。そんな彼女たちに知られたら「くそビッチ」と影で散々いじめられるに違いない。嫉妬は女偏が使われているだけあって女性の方が嫉妬深く、ねちっこいんだから!


「…………つい最近、お付き合いし始めたの」

 そうして考え抜いた結果、これしか言えなかった。









「そう、なんですね、あっえっとみょうじさんにはいつもお世話になってて……!」

 元々大きい目を更に丸くさせて、手を忙しなさげに動かしている様は可愛いとは思う。愛され上手とはこの事を言うのだろうなと、場違いながら思った。

「……そうかい。少しばかし話しは聞いてるよい、なまえの……あー、仕事の……だったかねい」
「あ、はい! まだまだ新人で……本当、みょうじさんにはいつもご迷惑ばかり掛けてて……彼氏ができたなんて、知らなくて」

 仮に本当に彼氏ができたとしても会社には絶対に言わないけれど、しかし本当に彼氏でもないから頭が痛い。出会いとか根掘り葉掘り聞かれたらどうしよう。アドリブに強くない。しかも見た目外国人だし。

「なまえは優しいからねィ……迷惑なんざ思ってねェさ。──── なまえ、」

 思いのほか上手く話しを合わせてくれるマルコさんに内心喝采していれば、更に自分の方へ私を引き寄せ耳打ちされる。耳に響くその低音に思わず肩が震えた。

「齟齬が出ちゃいけねェ。早めにあしらってくれよい」
「、ええ」

 言われなくてもそうしたい。マルコさんは彼を一瞥したのち相変わらず私の腰は抱いたまま、側にあった柱に凭れ掛かり、早々に挨拶は終わったと言わんばかりに周囲に目を配らせる。片膝を曲げて待つその姿は大変絵になっていて、私がそれに見合うほどの美女だったらなあ、なんて馬鹿な考えすら浮かぶ。

「……えっと、それじゃあまた明日、会社でね」
「あ、はい!」

 早めにあしらえと言われても所詮は教育係とその後輩。話すことなんて特に何もなく、元々会社ではあまり仕事のこと以外で喋らない性格なのも幸いして早々に切り上げられた。 振り向きざまに会釈は忘れずに、こういう細かい所は日本人ならではである。

 会釈して会話を切り上げた途端に引っ張られる腰に思わず女らしからぬ声が出そうになったのを寸で飲み込み、マルコさんの腕を軽く叩いて見上げた。

「ちょっと、これ・・なんのつもり」
「……敵襲かと、体が反射的に動いちまってねィ」

 お前の世界の敵はわざわざ名前で呼び止めてから襲う礼儀正しい奴らなのかよ。
 思わず白けた目でマルコさんを見てしまうのも仕方がなかった。下手くそな言い訳もあいまって、なんせその姿はまるで“母親を取られまいとする子ども”のようにしか見えなかったんだもの。けれどまあ。そんな小さな嫉妬心にほんの少しだけ良い気分になって、結局、家に帰るまで離されることのなかった逞しい腕はそのままにしておいた。



prev - 12/56 - next


表紙TOP