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このうだるような暑さはなんだろう。良い天気は心躍るものがあるけれど、予定が出勤一択の身からすればただ日焼けするだけの日差しには憂鬱になる。
会社のすぐ側にある喫茶店には月曜日の朝から優雅に紅茶を飲む数人の主婦と思しき女性たちが、涼しい店内から太陽に照りつけられた木々の影と絵に描いたような入道雲を見て、きっと「良い天気ねー」なんて話し込んでいるに違いない。少しばかし羨ましいと思ってしまうのも無理ないほどに暑かった。
昼休みはどれほど気温が上がっているのだろうと思っていた朝。──── して、現在時刻は昼。当然窓の外と言えば。
その窓越しですら目が痛くなる陽の明かりと外を鬱屈そうに歩く昼休憩の人たちの姿にため息を吐き出す他ない。さすがに外で昼食を食べる勇気は出なかった。仕方なく会社の休憩室でサンドイッチを広げ、食べようと口元に持っていった時だった。
「あ、みょうじさん! 聞いたよ〜! イケメンの彼氏できたんだって?」
会うなり開口一番にそう言ってきた数人の女性社員に思わず皺を寄せる。存外響いた声に数人がこちらに目をやるがすぐに失していく中、ひとりの男性と目が合う。
──── 可哀想なほどに青い顔をした私の後輩は小振りに何度も頭を振っている。おそらく情報源は自分では無いのだと言いたいのだろう。こんなことを言いふらす子じゃないのはわかっていたし、端から彼を疑っていたわけではないけれど、あまりにも必死な形相にへらりと笑って見せた。
◇
例えば、「× × ちゃんって可愛いね」だとか。
例えば、「× × ちゃんって細いね」だとか。女同士でよくある褒め合いは大抵は経験したことあるだろう。それに対し、なんて答えても大抵は不正解になる。
けれど決まって「そんなことないよ」と謙遜するが吉と出る。ならば今回のこれはなんと答えるのがいいのか。ひとまずイケメンであることはやんわりと「私にはわからないけれど」とオブラートに笑って誤魔化しておいた。
もちろんマルコさんの顔が整っていることは事実だがここであけすけに語って要らぬ敵愾心を燃やされるのは勘弁したい。同席を許可した覚えもないのに対面に座る彼女たちは私よりも年上のはずなのに、その好奇心はまるで女子高生のようだった。
「土曜日、表通りのカフェにいたよね? 私もいたんだけど、どうやってあんなひと捕まえられたの?」
「外国人だっけ?」
「いつ頃から付き合ってるの?」
彩りの良いお弁当やダイエットを意識してか野菜が目立つ昼食をつつきながら、彼女たちは遠慮もなしに聞いてくる。甲高いその声は揶揄う色合いが強い。
私たちの年齢を考えれば彼氏や夫のひとりやふたり居ても全くおかしな話しではないのに、どうしてこんなにも人に興味を持てるのだろう。
それに答えてやる義理がないのはわかっていても日本人たるもの常に空気を読んで行動する生き物で。「あなたに関係なくない?」と言うのは簡単でもその後の職場関係にヒビ入れるよりかは嘘八丁並べた方が得策であることくらい考えなくてもわかる。
「……つい最近、お付き合いしたばかりなの。彼、アメリカと日本人のハーフだから日本語は普通に喋れるけどね。ここら辺には住んでなくて、迷った所を少し親切にしたらお礼にってお茶するようになって、そこから」
嘘を並べる時のコツは、適度に真実を織りまぜることである。
「えー! なにその出会い! 運命じゃん!」
「まあみょうじさん綺麗だしね。むしろ今まで男いなかったのが不思議だったっていうか?」
でた、お得意のお世辞。やっぱりいくつ年齢を重ねても女子高生から成長しない人はいるんだなあ、と苦い笑いが込み上げた。
「そんなことないわ、こんな男受けの悪い顔……あなた方の可愛い顔つきが羨ましいもの。それに! たしか他部署の新人くんと良い雰囲気だって聞いたけれど?」
話す雰囲気こそ良いが内容は下世話もいいところ。新入社員だなんて、先輩に強く押されたら断れもしない立場を利用してこの女が噂を流していたことを知っていたが、それでもこれ以上掘り下げられたくなくて話を逸らした。
パックのコーヒーを吸い上げながら新入社員くんとのその後と交流はどうしているのかと尋ねれば、どうやら聞いて欲しかったらしく次々と出てくる惚気話しに笑顔で聞き流していく。
親友でもない子から振られる恋バナなんぞ、所詮自分の話を聞いてほしいがための口実でしかないのだ。人間関係の構築はいつになっても面倒である。
適度な相槌を打ちながらサンドイッチを食べ終わるまではと聞いていたが、食べ終わってもまだ続きそうな惚気話に部長から頼まれていた急ぎの仕事がまだあるからと切り上げ早めに席を立つ頃には休憩から三十分も過ぎていた。