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 例えば、悪魔の実。例えば、偉大なる航路の話。例えば、偉大なる航路にある様々な島の話。例えば、海王類の話。
 そう言った、いかにも非科学的なお話をマルコさんから寝物語に聞いたことはある。マルコさんの世界でのマルコさんたちの冒険譚は面白くて大好きだから、何度も聞かせてと子どものようにねだった。

 けれども実際それを目の前で見てしまうと、改めてマルコさんがこの世界の住民じゃないという現実を突きつけられて、どうにも複雑な気分だった。
 結局、怪我をしたのだからと遅い晩ご飯の支度はすべてマルコさんがやってくれて、いつもよりも無言が多い食卓。
 唐突にマルコさんから「悪かった」と謝罪を受けた。

「え……?」

 謝罪を受けるようなことされただろうかと考えを巡らせ、思い付いたのは昨夜の口付け。
 口付けをしてきたのはマルコさんだったし、謝罪はたしかに妥当である。気にしていないと返すべきか、理由を問うべきかと思い巡らすが私たちは大人だ。初心な学生同士ではない。口付けごとき気にする必要はないと笑って言おうとしたとき、マルコさんが再び口を開いた。

「お前さんにとっちゃ、得体の知れねェ能力なんざ気味が悪いだけだろい」
「そっちかーーーーい!!」
「あ?」

 はしたないと分かりつつ、思わずテーブルを叩いてしまった。
 そうですかそうですか! マルコさんにとったらあれは謝罪するうちにも入らない戯れなんですね! よーくわかりましたとも!

 そしてやっぱり気にしていたのも自分だけだということにも腹が立つやらなんやら。しかしそれでもたかが口付け。しかも酒の席。悲しいかな男という生き物はこんなもんである。むしろあのまま事に及ばなかったことを世間では褒めてすらいいとなるだろう。
 ファーストキスでもなし、ほじくり返すことも癪で水に流すことにして、思わず立ち上がった腰を落ち着かせる。

「……で? なにが気味悪いって?」
「……おれの能力が」
「別に気味悪いなんて……綺麗だなとは、思ったけど」

 再生の青い炎。それを綺麗と思わずして何を思う。
 まして、私のために使ってくれた能力を気味悪がるなんてありえない。びっくりはしたけれど。それに能力ごときで気味悪がるくらいなら寝物語にいろんな話を所望したりしない。

「……そうかよい」

 ふい、と逸らしたマルコさんの耳がほんのり赤らんでいることに、大人である私は見て見ぬふりをしてあげるのだ。



 私はお箸で、マルコさんはナイフとフォークで綺麗に豚のソテーを切り分けながら黙々と食事している最中、そう言えばと有給のことを思い出す。

「私、明日から二週間お休みなの。どこか行きたいところある? もう少し大きな図書館探してみようか?」

 最後に行った図書館がこの県では最大と言われている所だったのだが、ネットランキングという便利なサイトには都道府県毎にオススメの図書館が載っている。
 この県になかったからといって別のところでも手掛かりが得られないわけじゃない。というか得られないと困る。書物がだめなら、もう他にこんな諸事情の解決策なんて思いつかないのだから。
 ……まあいざそうなったら、虱潰しに別の世界と繋がることが多いとされているトンネルをひとつひとつ通り抜ける暴挙を取ることも吝かではないけれど。

「……いや、少しばかしゆっくりしねェか。こうも連日、馬鹿みたいな量の本を読むってのも疲れちまってねィ……」
「ああ……この年齢にもなれば、細やかな字って目にくるものね」

 年齢という老化には人間勝てないのである。
 しみじみと同意を示せば、なぜか苦虫をかみ潰したような目線を向けられてしまった。
 ゔ……やっぱりストレートに指摘したのはまずかったかな……。下手くそな誤魔化し笑いを浮かべて、少しの気まずさを抱きながらこれ以上下手なことは言わないように、白々しくソテーを切り分ける。

 明日からどう過ごそうか。
 これまでの平日は朝から夜遅くまで私が働いて、くたくたになりながら帰る。基本的には土日休みの方が多い週休二日制ではあるものの、忙しい棚卸しの時期や年末年始には土日すら休みがない事も多い。ここ最近はその忙しい時期と重なってしまって、一周目の土日は仕事で潰れてしまっていた。にもかかわらず、マルコさんはその間、文句ひとつ言わずにずっと家事をしていてくれていた。
 初めての休日はどちらも図書館に入り浸り、あっという間に日が終わればまた平日。たしかにゆっくりとした時間は過ごしていなかった。

 もちろんこの世界に来てしまったマルコさんから言われる分はともかくとして、私から「ゆっくりしよう」だなんて言えないのだから、こうしてマルコさんから言われなければ私は藁山から針を探すような気持ちで走り回っていただろう。

 とはいえ、ゆっくり。ゆっくりかあ……。そこまで考えて、「あ。」と思わず声が出た。マルコさんが訝しげな目で見やるが、それに「なんでもない」と返して、我ながら “いいこと”を考えついたものだと唇が緩みそうになる。しかしマルコさんに勘づかれないように、笑みをご飯ごと飲み込んだ。



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