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どこで撮っても、それこそ日光の当たらない場所で撮っても、シャッターを切るとマルコさんの顔を白いモヤが覆い隠す。顔の判別どころか顔自体がわからない。
何十枚と撮ったそれら全てが例外ないところを見ると、おそらく異世界仕様なのだろうと無理矢理にでも納得させなければ、ただの “不気味な心霊写真の出来上がり”である。
そんな写真を見続けるマルコさんをたまに見つめること早数時間。そろそろ面白いテレビもなくなってふと顔を上げるといつの間にか辺りは仄かに薄暗い。どこか遠くでカラスの物悲しい鳴き声と子供たちの別れを告げる声が聞こえてくる。
時計を見ると時刻は十九時を過ぎる頃だった。
写真は飽きたらしいがスマホにはまだ好奇心を刺激されているらしく、あいかわらずラインやらなんやらを開いては驚いているマルコさんに声をかけた。
「ね。少しお出かけしない?」
「……お出かけ?」
予定よりは数時間早いが、少し天気が怪しいこともあって夕飯時に出かけることにした。
怪訝な顔をしてスマホから私にへと視線を向けるマルコさんに笑顔だけ返し、人差し指に引っ掛けていた車のキーをくるりと回して見せた。
◇
おにぎりやサンドイッチを助手席のマルコさんに渡しながら完全に日の落ちた道をカーナビの指示通りに運転する。平日かつ有料道路のおかげで車通りもかなり少なく、数時間も運転すればうちよりも更に田舎と呼べる県に入ることができた。
最初こそどこに行くのだと口を開いていたマルコさんもその度にのらりくらりと交わす私に呆れてなにも聞いてこなくなってしばし。
ようやく曲がりくねった道ばかりの有料道路から一般道へ降りて、そのまま指示通りに突き進む。そこから数分も走ればカーナビが目的地に到着した旨を伝えてくれた。
一台も止まってない駐車場に車を止めてシートベルトを外す。それでも動こうとしないマルコさんに「着いたよ」と告げればどこか不安そうに私を窺い見た。
「……で、どこなんだよい」
人通りもなく街灯もない場所に数時間かけて移動したからか、さすがに警戒心を顕にした顔で尋ねてくる。それがなんだか面白くてすこし笑ってしまった。
「なまえ」
「海」
「……は」
「この世界の、海だよ」
さすがに田舎と言えどうちの所じゃ汚すぎるから、カップルも家族連れも御用達らしい海に連れて行きたくて県外にまで足を伸ばしたのだ。
いくら綺麗と評判のこの海でも、寝物語に出てくるマルコさんの世界の海とは天と地ほどの差があるだろうが、マルコさんを始めとした海賊たちはみーんな海が大好きだということは痛いほどに伝わってきたから。
この世界じゃ皆が海好きなわけでもないし、環境問題やら何やら問題になっているが、せっかく異世界に来たのなら、やっぱり異世界の海も見てもらいたい。まあ、本当なら昼間のほうが海もより鮮明に見えるしよかったのだろうけれど、その時間帯はどうしても人や車通りが多くなってしまう。この世界、そしてマルコさんの世界とおなじ海なのに、この世界にしかないものが終始邪魔をしていては意味がないから。
ぽやっとした顔をしたままのマルコさんの腕を引いて半ば強引に車から連れ出し、砂浜に降りていく。遠くで光る大橋が僅かな街灯代わりとなって辺りを淡く照らしている。
最初こそおっかなびっくりといったふうだったマルコさんもさざめく波の音を聞けばいてもたってもいられないと言わんばかりに駆け出していった。
その後ろを脱いだヒールを一纏めに持ちながらゆっくり追いかける。夜の冷たさを纏った潮風が髪を攫うのも、夏場の蒸し暑い湿気や熱気を音で涼めてくれる波音も、夏の風物詩に上げられるだけあってこの季節に来るのは気持ちがいい。
我先にと駆け出した彼は能力者であるからこそ寄り返す波にはけっして
足を取られて上手く歩けず、数分遅れて隣に立つ私に彼は当たり前のことを言った。
「海賊は……いねェんだな」
野郎どもと吶喊の叫びも、旗を掲げる船の影もない。マルコさんの世界にはない車のエンジン音が背後でときおり過ぎ去るくらいのもの。あるいは、どこかで跳ねる魚が繰り出した揺蕩う水音だけ。
海賊が、いたならば。──── 否、少しでも彼の世界に似通ったものがあったのなら。それは静謐なる祈願。
「……そうね、いないよ」
「わかってたが、こうも…………くるもんだねィ」
誰かが言った。例え離れていようとも見上げる空は同じなのだと。
誰かが言った。海は必ずどこかで繋がっているのだと。
だから、寂しく思う必要などないのだと。
「つれてこないほうが、よかった?」
緩く、本当に緩く、頭を振った。
「いいや、……いいや。見ている
「……ここも、なかなか綺麗でしょう? 海王類だなんて、一匹たりともいやしない平和な、なくてはならない海なのよ」
「ああ。本当に、──── 平和だよい」
What was the cause?
──── 原因はなに?
──── 原因はなに?