21
仄かな寂しさと悲しさを抱いたまま眠りについた私たちを待っていたのは、昨日の曇り空よりも遥かに暗く、重く、そんな空から降る大粒の大雨だった。
轟く雷鳴が眠りの妨げになり、とても二度寝の気分にはなれない。休日に起きるにはかなり早い時間帯ではあるものの、ゴロゴロと遠くで存在を主張するソレに溜息を吐き出して、寝直すのは早々に諦めて静かに部屋から出た。
episode2
Take care not to step into the pool.
Take care not to step into the pool.
朝の五時ちょっと前。夏場とだけあって外はほんのりと明るい時間帯のはずが、あいにくの天気模様により真っ暗闇のままだった。程よく冷めたホットミルクを片手に電気の付けていないリビングで一口嚥下しながら、耳を欹てなければ到底聞こえない音量のテレビからアナウンサーが、今日一日雷雨であるらしいことを告げていた。私にとっては休日だが世間は平日。この状態で出勤しなきゃいけないのは憂鬱だろうなあとSNSで適当に呟く。
「っ……」
それと同時にカーテンの隙間から見える窓が薄紫色に光る。次いで時間を置かずに聞こえてくる重点音にマグカップを持つ指先が力んでじんわりと白く色付いた。
──── 私の嫌いなものをあげるとするならば、第一に、ホラー。
幽霊といった存在が怖いというわけではなく(怖いのは怖いが)、単にああいう……見ている視聴者を脅かしてやろう、怖がらせてやろう、びっくりさせてやろうという意図がこれでもかと含まれているあの映像作品が嫌いなのだ。
静かな場面から急に驚かす場面に入ったり、大きな音で驚かせたり。
怖がらせてやるつもりで作られた作品で怖がるのは至極当然。それが私の
して次に嫌いなものは雷である。
まず命を簡単に奪えてしまうものを怖がるなと言う方がおかしい。たしかに避雷針というものがあるし、そう簡単に人に向かって雷が落ちてくる可能性はほとんどないのだが、がしかし。可能性がゼロでない限り恐れる対象であることに変わりはない。
ましてや雷が鳴り響く中外に出るなんてとても正気の沙汰とは思えない。
もし落雷による火事が起こったら? 歩いている時に落雷したら?
それを想像するだけで途端に戦慄いてしょうがない。
それを話した人たちはみな一様に「理屈はわかるけど」と苦笑いを浮かべるのもまた理解できないでいる。
これらを恐れないなんて、こちらとしてはその理屈もわからない。
とにかく、そんな二大恐怖のひとつが今、高い空で蔓延っているのだから気落ちするのも当然である。
同じく雷で起こされたらしい友人たちから届く「大丈夫?」のメッセージに、「大丈夫」だと強がった文字をひとつひとつ丁寧に返信しながら、ひっきりなしに空から聞こえてくる音に身を竦ませた。
「こんなとき用にペットでも飼いたい……」
一生ペットの類は買わないのだろうなとは思いながらも無意味にそうぼやきながら、SNSや友達とのメッセージのやり取りで少しばかり心が安寧を取り戻した頃。
──── ダン、と、上階からなにか大きな物が落ちるような重みのある音に携帯から顔を上げる。
リビングの上の部屋。それはマルコさんに宛がっている部屋である。時計を見れば六時前という活動には少し早い時間帯。
マルコさんもこの雷で起きたのだろうかとリビングから上階に向けて少し大きめに声を張り上げるが、数分経ってもそれに返事はなかった。
ホットミルクを一旦置いて階段を登る。
耳をすませても一切の物音はない。
「……マルコさん? 起きてるの?」
なるべく控えめな足音で立ったマルコさんの部屋の前。軽めにノックした先で小さく声をかけても物音はない。いくら軽めと言えど普段であればマルコさんは寝ていたとしても私がノックする音で目を覚ますはずである。というより部屋の前に立っただけで気配とやらを感じ取って起きる。なのに今日ばかりは嫌に返答がない。
──── まさか、
浮かぶひとつの可能性に、もしまだマルコさんがいれば失礼になるのを承知でドアを開けた。
開けた先、皺のあるベッドシーツからブランケットが落ちかけていて、酷く質素なその部屋の中央。そこには予想していたばかりの空き室……ではなく、なぜか大きくて綺麗な青い鳥が鎮座していた。
「──── ……」
青い鳥。それが纏うは青い、青い炎と。そして彼を思わせる黄色い炎。
一度見たマルコさんの能力に酷似したその炎を纏った鳥は入ってきた私に驚くことなく、ゆっくりと視線を合わせてきた。どこか怖がっていそうなその瞳。けれど気だるげな目がまた彼を彷彿とさせた。
これがただの青い鳥だったなら、きっとどこからか迷い込んだのだろうと空に帰してやっただろうが、熱くない炎を纏っているならば話は別。
一歩一歩、わざと音を立てながらゆっくりと歩を進める私に、青い鳥は少し後退しただけだった。
「……触って、いい?」
鳴き声ひとつ返さぬまま、伸ばされる手をギリギリまで見て、ふと目を逸らした。その仕草がまるで許可したかのように見えて口角が緩むまま毛並みのいい羽根を撫でる。野生の如き警戒心はないのに擦り寄ってくる愛嬌もない。彼らしいったらなくて笑ってしまった。
「ね。マルコさんでしょう」
気だるげだった目が、ほんの少し大きくなった気がした。