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 部屋の中に居心地のいい無言が流れる。
 扇風機とドライヤーによってすっかり乾かしきった服で寝転がりながら、私は変わらずマルコさんを撫で続けた。長年の潮風に曝されたはずの髪の毛はごわついてなくて触り心地が良い。

──── 最初」
「ん?」
「最初、来た時。能力が全く使えなかったんだよい」

 穏やかな空気が流れる中、その静寂を破り、マルコさんは訥々と話し出した。

「……え」
「この世界に順応すべく使えねェんだとばかり思ってたが、お前の怪我を見たとき力が湧き上がってきた。“使える” 。そう思ったときにゃァ簡単に使えやがったよい」

 嬉しいはずの言葉なのにその語り口調が……なにか、やらかしてしまったかのように思えてならない。歓喜と不安が胸中に渦巻く。

「あ……、その反動で……今日、?」
──── いや」

 ただ静かな両眼が、私を見る。
 瞳の中の私の表情は今にも泣きそうで、ぐっと口を噛み締めて逸らしてしまった。

「なまえ」
「……、」
「なまえ」

 こちらを見ろと言わんばかりの強い口調で名前を呼ばれる。……いやだ、聞きたくないのに。なんとなく、ただなんとなく、聞きたくない。一緒にいられなくなるような、そんな気がして。それでも私はマルコさんにまた視線を合わせる。

「ずっと考えてたんだが、今日のは……。使えなかった能力があの日を境に日に日に戻ってきてたんだが、おそらく今日で、失ってた力が一気に戻ったんだろうよい。ま、おかげでちっとばかりおかしくなっちまったんだろうなァ……」
「……本来の能力が戻るって、よかったことでしょう?」
「なまえ、おれを写真に撮ってみろい」

 言われた言葉通りに、手が小刻みに震えるままベッドサイドに置いてある携帯を手に取った。慣れ親しんだカメラアプリを開いて、なんのフィルターもかけないまま撮る。

 ──── そこに映っているものは白いモヤなんかじゃない。静止画として画面越しに映るマルコさんはもう、半分以上が透けていた。床が、本来はマルコさんの体に隠れ見えることのないはずの背景が薄ぼんやりと見えてしまっている。
 力の入らなくなった手から携帯が零れ落ちた。画面が上になったまま床に叩きつけられたそれをマルコさんは横目に見て、まるで予想していたかのように歪な微笑を湛える。

「これはあくまでも仮定だよい」

 いわく。

 初めに能力が使えなかったのはこちらの世界に順応するためだろうということ。しかしあくまでも自分は別の世界の住人──── 厳密に言うのであれば、マルコさんはこの世界に存在してはいけないもの。存在していないものとして在らなければならない。そのため写真という可視化として残るものに映らなかった。よくわからないが、均衡や秩序を保つ必要があるのだろうと。

 写真は実像を描く。悪魔の実の能力というこちらの世界には絶対にない、唯一のあちらの世界自分の世界での強い繋がり。その能力を取り戻していくということはつまり自分の……マルコさんの世界との繋がり、絆。あるいは糸。言葉はともかく、それらを強めるということになるのではないかということ。つまり、それに比例して、実像を描く写真もまた変化していくのではないか。

 たしかに能力があまりなかったときは白いモヤだったものが、取り戻しつつある今は一部とはいえ透明と化して変化しているのだから、その予想は概ね正しかったと言えるだろう。

 ──── つまり、能力が完全に馴染み、マルコさんの世界との繋がりを完全なものにした暁には透明化が写真に写るだけで済むとは思えない、と。


 そんな仮定話をバカバカしいと一蹴することなんぞできやしない。現にカメラはモヤじゃなくて透けたマルコさんを写しているのだから。

 多分。否、確実に。このままマルコさんが向こうの世界の繋がりとやらを強めていけば元の世界に帰れるのだろう。今はまだ半分。しかし言い方を変えれば半分、能力が馴染んだということ。全てが透ける頃にはきっと。

 ……ああ、なんだ、能力という切れぬことのない絆を持っている彼は、最初から帰ることが約束されていたのか。ネットに溢れている小説のように。
 喜ばなきゃいけない場面で、よかったねと言わなきゃいけない場面で、どうしたって悲しい気持ちを隠しきれずにいる私は性格が悪いのだろうか。けれど笑わなくちゃ。あれだけ帰りたがってた世界に帰れる道筋が照らされて、会いたがっていた家族に会えるのだから。

──── よかった、ね。白ひげさまに会えるのだもの。元気な姿見せてあげなくちゃね」
「……ああ、そうだねィ。お前のおかげだよい」

 今度は私だけ歪な笑顔を浮かべる。対してマルコさんの瞳は揺らぐことなく、凪いでいるように静かだった。



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