25




 とても二度寝の気分にはなれないとばかり思っていたが、ずいぶんと朝早くに雷によって叩き起された私の体と、能力の暴走によって同じく叩き起されたマルコさんの体は意外と睡眠を欲していたようで、二人並んで目を閉じた記憶を最後に、数十分もしないうちに二度寝へといざなったらしい。

 それをぼんやり思い出しながら少し寝すぎた日特有のやけに重たい瞼を無理やりこじ開け、強制的に覚醒へたらしめる。傍にあった携帯で時刻を確認すればちょうど分厚い雲に隠れた太陽が真上にきた辺り。意外と短い仮眠で目が覚めたらしく、隣では珍しく寝入っているマルコさんに視線を向ける。

 ──── 近ェうちに帰るだろうよい

 眠る前に呟かれた言葉が何度も再生される。確信を持って言われたそれに私はなんと答えただろうか。夢に落ちる間際だったからよく覚えていない。あるいはなにも答えなかったかもしれないが。
 能力が馴染む。その感覚は私が一生知り得ないものである。けれどそれを知り得るマルコさんもそれがいつになるのかはわからない。それでも遠くない未来だろうことは二人がわかっていた。

 彼が来てから早一週間以上が経つが、存外早く帰れる手立てを見つけられたことは間違いなく重畳。むろん寂しさもあるが、これだけ奇異な縁を経験すれば当然のことと言える。
 世間の長期休暇にしか会えない大人の親戚に可愛がってもらったチビたちがまだ遊んでいたい、まだ会っていたいのだと抱く寂しさや悲しさとはまたわけが違う。たしかに抱く感情はそれと同じであれど、私たちはもう二度目の邂逅は無いのだから。

 仄暗い感情に呑み込まれそうになったとき、聞き親しんだバイブの音が床を揺らした。途端に画面が明るくなる携帯に視線を寄越すと、旦那の転勤にあわせて高校を卒業したと同時に上京した小学校以来の親友のひとりが珍しくメッセージを飛ばしてきたようだ。

『なまえ久しぶり。今大丈夫?』

 絵文字も顔文字もない、数年振りに親友に送るメッセージにしてはあまりにも素っ気なく感じる文章。けれどそれは信頼の証であり、仲の良さを表していることを知っていた。

『久しぶり。いきなりどうしたの? もちろん大丈夫だけど』

 同じように素っ気なさを感じるほどに何も付いていない文章に既読がついたと同時に、なんの予告もなくその画面は着信へと変わる。本当に珍しい、と呟いたところで慌ててマルコさんを起こさぬよう部屋を出た。

「もしもし?」
「あ、なまえ? 久しぶり。元気だった?」

 実に二桁になろう年数聞いていなかった親友の声は記憶にある声とはだいぶ違っている。高校生の時はいの一番に騒いでいたというのに、今じゃ低く、ずいぶん落ち着き払っている。

「もちろん。そっちは元気? 娘ちゃんも病気とかしてない?」
「ふふ、安心して。チビは毎日元気。元気すぎるくらい」

 私が大学を卒業してすぐだったか、旦那さんと産まれたばかりの赤ん坊を抱いた写真つきの年賀状が届いたあの日の驚きは今でも鮮明に覚えている。
 どちらかといえばグループ内では世話を焼かれる方で、甘えただったあの子が一児の親になっているだなんて誰も想像していなかった。顔は旦那さんに似ていて、けれど肌の白さと大きい瞳は親友譲りの、かわいい女の子。
 毎年送られてくる娘ちゃんの成長記録のような年賀状は私や他の親友たちの楽しみのひとつで、会ったこともないその子を勝手に近所の子どものように慈しんでいる。

「どうしたの、私になにか用事? こっちに遊びに来るとか?」
「会いたい気持ちは本当にあるんだけど、旦那の仕事が忙しくてまだしばらくは無理そうなの。今日は久しぶりになまえの声が聞きたくなっただけなのよ。チビもお義母さんのところにお泊まりしてるから、やっとこさ一人の時間でね」

 今どきの子らしく、実母のことはママと呼んでいる親友だから、おかあさんと言うのは十中八九旦那さんの母親のことなのだろう。近年を思えば大変喜ばしいことに親友と義母との仲は珍しいくらいに良好だ。
 親友より四歳年上の旦那さんが愛妻家であることや、義母の性格がどうやら私の母親と似て鷹揚であるらしいことが幸いし、親友がいち早く懐いたと聞いたことがある。

 それにしてもせっかくの貴重なひとり時間を私のために使っていいのだろうか。

「それにしたって珍しい。本当になにもないの? 大丈夫?」
「やあね、本当に何もないわよ。ただ、少し整理してたら写真が出てきて……なまえと、みんなの。遊園地とかいろんな所にいった思い出の写真もいっぱいあったの」
「遊園地……ああ、あなたがジェットコースターが怖くて泣き喚いていたときの?」
「そうそう。あなたがお化け屋敷が怖くて泣き喚いていたときの」

 お互いに知り尽くした黒歴史とも言える過去をさらけ出しながら、同時に吹き出して笑い始める。
 それを皮切りに、まるで同窓会のように過去話に花が咲いた。苦手だったもの、好きだったもの、怖いもの、怖かったもの、果てに失恋、恋。話し話されるたびに忘れていた過去の記憶の蓋がどんどんと開き始める。

「ああ、懐かしい。また会いたいな」
「今年には会えるよ。……それよりなまえ。大丈夫? なにかあったでしょ?」

 楽しい過去話から逸れてそう尋ねられたとき、情けなくも言葉が詰まった。それを笑うことで誤魔化す。

「なあに急に! 別に大丈夫だよ」
「あら、あいかわらず嘘が下手ね! いいわ、教えてあげる。大丈夫かと聞かれて、大丈夫だと答えるひとは気にかけるべきなのよ」

 大学で心理学を学んだ私よりも、どうにも彼女の方が一枚上手らしい。一体どこで身につけたのか、高校生のときから彼女は人の心情を機敏に感じ取れる子だったし、心理学を学んでいるかのようにそこらの知識が豊富だった。一時期の夢がカウンセラーだと言っていただけある。夢は夢だと、早々に専業主婦に身を置いて結局大学進学はしなかった彼女だが、今でもそれは健在らしい。

 なにを言うべきか迷って、またどう答えるべきかも迷って、少しの間、電話口は無言が続いた。



prev - 25/56 - next


表紙TOP