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 ふたりの掛け合いをじっと見ていると、イゾウさんはふと押し黙って私に視線を寄越す。なにか言いたげなその表情に抱えていた足を伸ばし首を傾げる。

「なにか?」
「……いんや。まァ、なんだ。おれたちもお前のことは歓迎してるってことを伝えたくてね」
「え、」

 急に投げられた温かな言葉に瞳が見開いていく。何度か瞬きを繰り返して、言われたばかりの言葉を心の中で繰り返す。
 ──── 歓迎、してくれている。
 もちろん嬉しい言葉ではある。けれどその言葉に反して、イゾウさんの私に対する態度はあまり友好的とは言えない。今だって、心を許してくれているようにも思えない。下がってくる眉を自覚しながらも、恐る恐るその旨を伝える。

「……でも、イゾウさんって私のこと」
「あ? ……あー、なんだ。気付いてたのかい」

 バツが悪そうに首裏を掻くイゾウさんはボソボソとなにかを呟いている。喧騒に紛れて大部分はわからなかったものの、私の聞き間違えじゃなければ、「思ったよりは馬鹿じゃねェな」と失礼なことを言われた気がする。

 そりゃあ、私と白ひげさんは座ってるのに腕を組んだまま立ちっぱなしなところとか、目があんまり笑っていないところとか、私の挙動──── とくに、白ひげさんに対する私の行動を鋭く観察しているところとか。それらに気付かないほど鈍感なつもりではない。

「えっと……」

 けれどそれをここで言ってしまうのはなかなか気まずいものがある。両者似たような表情を浮かべながら、どっちからともなく視線を逸らしたのだが、意外にもイゾウさんから口を開いた。

「べつに、お前がどうってわけじゃあねェ。意地悪しようってんでも、嫌ってるわけでももちろんねェよ。あー、ただ……なんつうか」

 言い辛そうに何度か口を開閉する姿はなんだか珍しいように思った。マルコさんの話では、イゾウさんは古株らしくいつも冷静で、頭がキレて、それでいて腹の見えねェ野郎なんだと言っていたから。だからゆっくりとイゾウさんの発言を見守っていれば、決心したように深いため息を吐き出した。
 そして、

「……小さいんだよ」
「…………はい?」
「腕。体。足。身長。どれを取ってもぜんぶ」
「……えっ、は?」

 セクハラか?

「寄越せ。──── どう思うよ」

 断りもなく勝手に掴まれた手首をやや乱暴に引き寄せられ、その勢いに体のバランスが崩れた。けれど転倒することはなく、代わりにばふ、なんて可愛らしい音とは真逆の、おおよそ人体に人体がぶつかった音ではないそれを周囲に響かせながら、私の鼻を犠牲にしてまでイゾウさんがやったことは、単に自身の手首と私の手首を並べただけである。

「……痛いんです、鼻が。イゾウさんの胸に当たって。あの、聞きました? 今ゴッて音しましたよ。ねえ、聞きました?」
「どう思うよ」

 ぶっ飛ばしたろかコイツ。
 まあ実際にやったら水平線までぶっ飛ばされるのは私なので、いい大人として不平不満は飲み込んだ。

 言われるがまま見ろと言われた手首に視線を落とす。どう思う、なんて。なんの変哲もない手首がふたつ並んでいるだけだ。気付く点と言えば、海賊なのにイゾウさんの肌は焼けておらず、女顔負けの肌白さを誇っていることくらいである。ほかに気になることなんてないしなぁ……と、おずおずと思ったことを口にした。

「……肌白いですね?」
「あ?」
「いえなんでも」

 なんなんだこいつ。凄い勢いで睨まれた。
 言いたいことがさっぱりわからないし、なにを言えばいいのかもわからない。親たるひげさんを見上げると、愉快そうに口をご自慢のお髭の形と一緒にしているだけで、助け舟を出す気も、翻訳してくれる気もなさそうである。

 お宅の息子さんをなんとかしてくださいと頼もうとしたのだが、その前にまたイゾウさんが口を開いた。

「おれァ基本的に後方支援だ」

 なんの脈略もなく、彼は私がずっと視界に入れないように務めていた銃をつるりと撫でた。たしかに銃を持っていながら、用途は銃身で相手の頭を殴るだけというわけではないだろうから、後方支援というのは頷ける。ゲームの世界だって銃を使うキャラクターはほとんどが後衛に配置されることが多い。

「……はあ。そう、なんでしょうね?」
「タッパも、そうあるわけじゃねェ」

 十分すぎるくらいに身長はあると思うが。そう思ってしまうのは私が女性の中でも際立って高い身長ではないからというのもあるだろうが、それを加味したとしてもイゾウさんは大きい。私の頭はイゾウさんの胸板よりも下にあるし、目を合わせようとしたら首が痛くなる。

「オヤジいわく“鼻ったれ”から変わらねェおれと比べても、あんたの腕の何本分あるよ」
「えぇ……?」
「そんなんでうろちょろされてみろ。オヤジや、ビスタ、ジョズに踏み潰されちまっても気付かれなさそうだ」
「えっ」

 プチ、なんて音と共に出来上がる圧死死体。わあ、グロい。想像しただけでめちゃくちゃ怖かった。
 まあつまり、イゾウさんの言いたいことは生まれたての子犬や子猫が足元でうろちょろしてると踏みつけてしまいそうで怖いよね、ということだろうか。たしかにあの小さな生き物を触るのは怖い。力加減を誤ってしまいそうで。

 その意識を人間たる私に向けられるのも少々複雑ではあるが、それを冗談だと笑い飛ばすことができないくらいに身長差があるのも事実である。たしかにイゾウさんは私から見たらかなり高身長の部類に入る。入る、が。本人も言っていたように、そんな高身長の人間が「タッパがない」と言うほど、ここは人間の限界を超えた体躯を持つひとたちは少なくない。白ひげさんはその筆頭である。

 あれだけ高いように思えていたマルコさんも、ほかの人たちを見れば常識の範囲内、むしろ小さいようにすら錯覚してしまう。つまり、イゾウさんとマルコさんといった一部の人たちはあくまでも、私の住む地球を基準とした人間の範疇に属する身長しかないと言える。

「アホンダラァ、なまえ程度の気配が読めねェとは言わせねェぞ。そんな奴ァおれが直々に隊長から引きずり落としてやらァ」
「違えねェ。それどころか、海賊すらやっていけねェレベルだよい」

 唐突な第三者の声。聞き慣れた語尾と共に顔を出してきたのは、準備に手間取られてあっちこっちに駆け回っていたはずのマルコさんである。

「マルコさん!」
「悪ィな、ひとりにしちまって。イゾウの野郎にいじめられてねェかよい?」
「うーん、ちょびっとだけ」

 笑いながらそう答えると、冗談を正しく冗談として受け取ったマルコさんはイゾウさんに「おれの大恩人をいじめてんじゃねェ」なんて持っていた酒を結構な勢いでイゾウさんの顔に向けて放り投げた。もちろん栓は閉まっている。

 軽々と受け取ったイゾウだったけれど、その勢いから受け取るときに手のひらを少し痛めたらしく、ぶらぶらと宙に揺らしながら「悪かったよ」なんて答えるものだから、なんだかおかしくて笑ってしまった。

「白ひげさんにもちょっといじめられたかもなー?」
「グラララ、おれにくるか」
「ゲェ、オヤジには投げられねェな。かわりにナースたちに言っとくよい」
「おいおい、そりゃねェだろマルコ。娘たちを使うなよ」

 本当に嫌そうに顔を歪めるものだから、やっぱりどの世界でも父親は娘には甘いのだとわかって、さらに笑ってしまった。いつの間にか抱いていた寂しさは無くなって、ほんの少し、マルコさんの家族に近寄れた気がした。



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