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「野郎どもーーッ!! マルコの大恩人、なまえちゃんだ! 知っての通り、この子はマルコの命を救ってくれた! おれたちにとっても大恩人だ! この子が船に乗ることに異議のある奴ァ今ここで言ってみろ!!」

 夜空の星が輝く甲板の下。それぞれがビールジョッキを空高く突き上げた。サッチさんの言葉にみんなが野太い声で「あるわけねェーー!!」と返して、その声の大きさに床がぐらりと揺れたくらいだ。私の手に余る大きなグラスを落とさないように両手で持ちながら、その声量と熱気に怖気付いて一歩後ろに下がると、隣に座っていた白ひげさんが支えてくれるように背を優しく押した。
 そして白ひげさんも、同じように並々と酒の入った杯を突き上げる。

「なまえに傷ひとつ付けることなく、おれたちは家に送り届ける! 鼻ったれども! 海賊の義理を果たせ、いいな!」
「おーーーーッ!!」

 あちこちから届く、優しい言葉。

「絶対におれたちが家に帰すからな」「かすり傷ひとつ付けさせねェ」「バァカ、マルコ隊長がそんなヘマやらかすかよ!」「そりゃそうだ! おれたちは帰り方探すくれェしか出番はなさそうだ」「そうだ、もしあれなら隊長の荷物、好きにかっぱらってくれて構わねェからよ! イゾウさんってんだが、ワノ国ってあんたの世界に似てるんだろ?」「ほォ、でけェ口叩くようになったじゃねェか。ええ?」「イッデェ!? なんでェ! 隊長ならいくらでも買い直せるじゃねェか!! 物の3つや4つや5つくれェよ!! ケチくせェ!!」

 イゾウさんのゲンコツを頭頂部に落とされた歳若いひとがその箇所を覆いながら蹲る。腰に手を当てながら、心なしか煙が出ていそうな拳を構えるイゾウさんを恨みがましく睨みつけていた。その姿を見てイゾウさんは情け容赦なく、今度は手でなく綺麗な足を振り上げたかと思えばその頭にお見舞いして、ついに歳若いひとは痛みに悶えながら甲板を転がっていく。
 そんなふたりの掛け合いに周りの人は笑って、緊張していた私もすっかり釣られて笑ってしまった。

「なまえ」

 それを見守ってくれていた白ひげさんは一言だけ、私を呼ぶ。喧騒の中でもその声はよく通り、バカ騒ぎしていたはずの仲間たちは揃って口を閉じて私たちを見る。マルコさんが無言で私の隣に並び立った。
 白ひげさんは顎先で彼らを指す。深呼吸をひとつして、一歩前に出た。

──── いつ帰れるか、わからないけど。その間、どうぞよろしくお願いします!」

 白ひげさんやみんなみたいに声を張り上げることはできなかったけれど、女特有の高いトーンは夜の海によく透き通ってくれた。面白いことひとつ言えずにつまらない挨拶となってしまったが、それでも。
 だれも野次を飛ばさずに、一拍置いてからみんなの大きな大きな歓声が私の声をあっという間に塗り潰して──── 宴会が始まった。







「なまえちゃーん! そのオムレツどうよ! チーズたっぷり半熟なんだぜー!」
「美味しいです、すっごく! さすがマルコさんからとっても腕のいいコックだって褒められてたサッチさんだなって!」
「エッ!? マルコー!? マルコくーん!? おれそんな話聞いてねェよー!?」

 甲板に直に座り込んで、大皿に乗っている湯気立つオムレツの端っこをつまんでいると、同じく他の隊員に囲まれて所狭しと座っているサッチさんが声を張り上げて話しかけてくれた。それに周りの声に掻き消されないように大きな声で返事をすると、私の料理を取りに行っていたマルコさんが絶妙なタイミングで帰ってきてしまって、「なまえ! 余計なこと言うんじゃねェよい!」なんて怒られてしまった。

 軽く肩を竦めてサッチさんに笑いかける。私のその反応と、マルコさんが否定しなかったことから事実だと受け取ったサッチさんは感極まったのか私の所へ戻ろうとするマルコさんの足に猫みたいに擦り寄っているけれど、その体躯は猫に比べると何十倍もあって、大男に絡まれて鬱陶しかったらしくマルコさんから足蹴りにされている。

 顔面に足が降り注いでいてもサッチさんの蕩けた顔を見るに、マルコさんが人を褒めるということは相当に珍しいということがわかる。いつか『子育て教育・褒めて伸ばす』系の本でもプレゼントした方がいいのだろうか。

 そんなことを思いながら微笑ましくふたりの掛け合いを見つつ、サッチさんオススメのオムレツをもう一度口に含んだ。噛んだ途端に中から溢れるチーズの味と香り。ほどよく味付けされた柔らかな卵が絡み合って最高においしい。思わず口角が緩む。

「……たく、サッチの野郎」
「嘘は言ってないよ」
「本当のことでもねェだろうよ……なにが “とっても” 腕の良いコックだ」

 マルコさんから手渡されたお皿にのっている料理はどれも少量ずつ。お肉は少なめで、どちらかと言えば野菜やあっさりとしたものが多く占めている。そして私でも飲めそうなフルーツの香りがするカクテルらしきお酒を置いて隣にどかりと座り込んだ。まったくその観察眼たるや、舌を巻く。あっちの世界では基本的にマルコさんが料理をしてくれていたため、好きな物や嫌いな物を言ったことはあまりない。出される料理は全て食べていたのだが、彼は私の好みをいつの間にか熟知しているようだ。

 当のマルコさんはそこらへんから料理をかっさらっていく。まあ、海賊の宴だ。紳士なマルコさんとはいえ、さすがに個別のお皿に取り分けるなんてことは私やナースたちしかしない。男性組は一つの大皿をつつきまくるのである。

 スプーンでオムレツを掬ってマルコさんの口に持っていけば、途端に眉間に寄せていた皺が緩和されていく。ほら、やっぱりサッチさんの料理は極上だ。
 上がっていく口角を自覚しながら口を開く。

「えー? でも褒めてたじゃない。うちの船に乗るコックは腕が良いんだ、って」
「……るせェ。この天下の白ひげに乗ってんだ。腕が良くなくてどうするってんだよい」

 素直に私以外にも言ってあげればいいのに。どうにもサッチさんに対しては照れ隠しからか子どもみたいな反応になるマルコさんをニヤニヤしながら見ていると、ついに額にデコピンが飛んできた。それでも「あいたっ」だけで済むあたり、マルコさんは相当力加減をしてくれたらしい。やっぱり私には甘い。額をさすりながら形だけの謝罪はしておいた。

「なあなあッ、おれのことは!? なんか言ってたか!?」
「きゃ……!?」

 突然目の前に顔が飛び出してきた。
 親近感の湧く黒い艶のある髪は少しうねっていて、その上にかぶっているオレンジ色の帽子に目を奪われる。咄嗟のことになにも紡げずにいればまだ幼さの残る顔がずい、と近寄ってきた。まじまじと顔を見つめる。

 眉毛はつり上がっているものの、頬に散らばるそばかすが愛嬌を漂わせている。雰囲気こそどこか日本と似ているのに、すっと通る鼻筋や彫りの深さが顔面偏差値の高さを表していた。なるほど、これまたイケメンである。

「エース、近ェ」

 私の顔と男の人の顔の間にマルコさんの大きな手が差し込まれて、男の人──── エースと呼ばれたその人の顔をマルコさんが覆い隠し、私とは反対方向に押されていく。

「いでででッ! なんでェ、マルコ! なまえの男でもねェってのに!」
「アア? おれの恩人だっつったろうが。変な真似するんじゃねェよい」
「してねェだろーが!!」

 マルコさんに睨まれたからか急接近はしなくなった。彼は乱暴に座り直し、持っていた私の腕よりも太い骨付きのお肉に大口をあけてかぶりつく。気持ちいいくらいに皮と肉を食いちぎってから私としっかり目を合わせてきた。

「おれァエース! よろしくな!」

 白い歯と満面の笑みを浮かべて、肉を持っていない方の手を差し出してくる。

「え……あ、なまえよ、よろしく……」

 その人懐っこさとあどけなさの残る顔付きがおそらく自分よりも年下であることを想像させて、ついタメ口で返してしまった。あの、仕事上での後輩の姿をどこか彷彿とさせる。
 ごつごつとして骨ばった手に私の手を重ねて友好の印を結んだのだが、こんなフランクな握手で知り合いになるだなんて洋画でしか見たことなかったなと振り回される自分の手を見つめながらおろおろしていると思いのほか早く離され、エースがきらきらとした目で「で? で!?」と聞いてくるものだから首を傾げる。

「えっと……なにが?」
「マルコだよ! おれのことはなんか言ってた!?」
「てめエース!」
「なんだよマルコ、もしかして照れてんのか?」

 “なんか”とはまたアバウトなもんで。騒ぎ出すふたりの声を背景に、知り合ったばかりのエースの名前を確認するように小さく唱えながら過去の記憶を掘り起こした。



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