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 香ばしいお肉の匂いが鼻を擽り、いたるところから聞こえてくる皆のざわめく声が鼓膜を揺らす。小学校の給食時や、中学校の昼時の廊下、とにかくそんな過去を思い出させた。久しぶりに賑やかな中で取る食事に圧巻されながらも、私個人のために取り分けられた食事に手をつける。
 朝からなにも食べていなかった体はようやく摂取された食べ物にここぞとばかりに空腹感を顕にしだして、いつもより口に含む量を多くしながら味わう。

「それだけ食えりゃあ上等だ。体調はすっかり良くなったみたいだねィ」
「ありがとう、あの酔い止め。すぐに効いてくれたし、寝れたから助かったわ」
「……いや、それならよかったよい」

 マルコさん自身も適度に食べながらとはいえ、私の分の水を注いでくれたり、自分の皿でお肉を切り分けたかと思えばそれを私に寄越してくれたり、なんだかその対応は──── まるで、5歳児と母親の食事風景のような。脳裏に想像だけの母子が浮かんで、気恥しさと自分で食べれるという意を込めて咳払いをひとつこぼした。しかし普段は怖いほどの察しの良さを発揮するというのに、本人は一切気付かない。あいかわらず取り分けてくるようで。さすがにハッキリと物言う勇気は出ず、背中に走るむず痒さを忘れるために、寝落ちる前に話していた内容を今一度尋ねることにした。

「ねえ。朝話してた……私の所属ってなんのこと?」
「あぁ……おれたちが16人の隊長として、約100人程度の仲間を振り分けてるってのは話したな?」
「ええ」

 その16人のうち、何人かとは実際にあって自己紹介も済んでいる。とはいえ、隊長以外の面々だけに留まらず、その他大勢……つまり、隊員の方々も失礼ながら既に忘れている名前が沢山ある。さすがにお顔までは……と思いたいが、悲しいことに、この世界に来てこんな浅い日数程度で全員の名前と肩書きをすべて覚えきれるほど優秀な脳みそはしていないのである。

 誰が何番隊か答えてみろ、なんて質問が飛んできやしないだろうなと僅かに身構えていたのだが、その想像に反してマルコさんは優しく説明を紡いでいく。

「千人以上も船にいりゃ、自ずと得意・不得意の分野でグループができる。例えば修理が得意なやつ。飯を作ることが得意なやつ。そこまで戦闘が得意じゃないやつ、逆に戦闘が得意なやつ。それぞれの特色に合わせて、おれたち隊長がそいつらを纏めてるってわけだ」

 マルコさんの視線が隊長たちを順々に捉えていく。

「えっと、……サッチさんが隊長をしてる4番隊でいえば、ご飯を作るのが得意なひとたちの集まり……っていう感じ?」

 解釈があっているか不安げな表情になりつつ自分なりに噛み砕く。意味的にはあっていたようで、大きく頷いてくれた。

「そういうことだよい。まァつっても、4番隊みたいにはっきりと自分たちの役割が決まってる隊の方が珍しい。おれは戦闘は不得意とはしちゃいねェが、千人もいるってェのに書類仕事できるやつは隊長クラスでもほぼいやしねェ。だからおれと、比較的後方支援が多いイゾウの所でその役目を背負ってる」

 海賊での書類仕事って正直なにがあるのか想像はつかないけれど、おそらく隊長たちの中で書類仕事苦手なメンバー筆頭はエースなんだろうなということだけはわかった。そしてこちらもなんとなくのイメージだが、イゾウさんはバリッバリに書類仕事できそうである。

「逆に役割が決まってる隊つったら……」
「4、1、16、2、あとは11くらいじゃないか?」

 マルコさんの目の前で味噌汁を啜っていたイゾウさんが会話に入ってくる。

「くらいか。4番隊はさっき言ったようにサッチのところ。1と16番隊はおれとイゾウで書類仕事。2番隊はエースのところで、あいつらは戦闘が始まれば敵に真っ先に飛び込んで撹乱する係。まァ、要は戦闘係だよい。11番隊はキングデュー。ナースたちがすぐに駆けつけられねェときや、手が足りねェときの応急処置係」
「……なるほど?」

 単に厨二病を拗らせてカッコイイからと組織化したわけではなく、どっかのジャンプ系漫画のようにきちんとした理由があるということは理解した。そして私の所属を決める、とはつまり。

「あの。まさかとは思うけど。ないとは思うけれど。私をどの隊に入れるかってこと……なわけないよね?」
「いんや。そのまさかだよい」
「……えっと。その組織形態に入らなくちゃいけないの? 私が?」

 この、なにもできない私を? 本当に? 正気か?

「いや、お前は船の中では客人の扱いになる。だから決めるのはあくまで仮……便宜上ってだけだよい」
 
 仮だろうがなんだろうが、私にできることなんてほとんどなにもないってことが問題なんだよなあ。









 食事もすっかり終えて、私の周りにはもはやお馴染みといった隊長格が揃っている。とは言ってもマルコさん、サッチさん、イゾウさん、ハルタさん、ラクヨウさんの5人で、個人的な見解だけで言えば知性的な面々である。もちろんこの人たち以外にも理知的と思える方々はたくさんいるけれど。ビスタさんだとか。

「で? どうすんの?」

 なんとも言えない空気が流れているなか、いの一番にハルタさんが開口する。それに合わせてラクヨウさんが気まずそうに返答した。

「どうすんの、つってもなァ。こういうのは本人の希望を通してたろ?」
「希望つったってさあ。お前どっか入隊したいとこでもあんの?」

 ハルタさんの純新無垢な真っ直ぐな瞳が向けられる。しかしその実、どうにも「あるわけねェよな」という副音声が付いてきてそうで、私はなにも答えないまま頭を振った。

「だってさ」
「……オレに言われてもよ」

 ハルタさんを鋭く睨みつけるものの、当人は素知らぬ顔で欠伸を零す。それを見たラクヨウさんは一瞬その額に青筋が浮かぶが、首をガシガシと乱暴に掻くことでひとまずは怒りを抑え込んだらしい。周りを見渡し、発言する者がいないと知るや否や、私に視線を向けた。

「アンタさ、得意なものってなんかあるか?」

 呆れ顔を隠そうともしないままそう尋ねてくる。

 問われた内容は私の得意なこと。それは当然ながら、職場面接で聞かれるような長所や、これまでの経験でいったい何を培ってきたのかということではもちろんない。彼が問いたいのは16ある隊のうち、決められた役割のなかで私にできるものはなんなのかということである。
 隊の数だけやることがあればまだよかったが、お生憎と重複している役割が多く実質毎日活動しているような隊は少ないと言う。その中で私にできること。


 さて。ここでよもや、

「私はなにもできない、ということを自覚していることから、自分を俯瞰的に見れるというのが強みです!」

 なんて言えるわけもない。おそらく地平線の彼方まで吹っ飛ばされる。たぶんハルタさん辺りに。
 私の世界で言えば、長々とした口上を述べられ、その最後に「〇〇様の今後一層のご活躍をお祈り致します」なんてもので不採用通知を叩き付けられているところだ。……そう考えれば私の世界本当に平和だったんだなあ……。

 いくら考えて、考えた末に現実逃避したところで、“自分にできること”の答えはわかりきっているわけで。そう。どれも得意とはいえない。あたりまえだ。こちとら一般人として生きてきたというのに。留学経験なんてものはないので英語も読めなければ、一般大学卒業出なので医療知識なんてものもない。戦闘なんてもってのほかである。せいぜい4番隊がまだ希望あるくらいだろうか。

「……あの。その、強いていえば、お料理とか……どう、でしょうかね」
「料理って……4番隊? お前そりゃあ……無理だろ。2番隊と並んで一番アンタにゃできねェよ」
「えっと……一応これでも、自炊して生きてるんだけど」

 2番隊は戦闘係だから無理なのはわかっているけれど、自炊すらできない人間だと思われているのには些か腹が立って、少し眉を顰めながら反論する。それを受けたラクヨウさんは一瞬怪訝そうな顔になったが、すぐに言わんとしているこがわかったのか、「いやそうじゃなくて」と続けた。

「アンタが飯を作れなさそうとか作れそうとかじゃなくて、あいつら4番隊は全員、 “海の足” シーレッグの持ち主だぞ」
「……え、なに?」
「Sea-leg。どんなに荒れた波でも脅威のバランス力で歩くことができる奴のことだよい。今朝みてェな波でもおれたちは問題なく歩けるし、もちろん倒れたりすることなんざねェ。だが4番隊はそれに加えて飛び回る食器、具材、鍋、それら全部に気ィ配って調理することができる。それを通称、海の足って呼んでんだよい」

 マルコさんのご丁寧な説明を受けて理解する。なるほど、たしかにそりゃ私には無理だ。

 なんせ今朝のアレは本当に酷かった。床が揺れ、それに伴って照明までグラグラと揺れる。机に置いてある紙束は音を立てて床に崩れ落ちるし、トランプは宙を舞う。固定されていないものをなにかしら机や床に置こうものなら、それらはすぐさま飛び回っていた。
 荒れる波が続くことだってあるだろう。ちょっとやそっとの期間で慣れるわけない。どう考えても私には無理だ。

「今朝の波程度で死んで、今のこの波でさえひとりで歩けねェような奴が、飛び回る包丁を避けて飯なんざ作れねェよ。アンタの指入りスープを見るはめになるのはごめんだ」

 指入りスープ。思わず想像してしまって青い顔になった。すかさずサッチさんが背を撫でてくれて、「脅かすなよ。第一このおれがいて、なまえちゃんの指が切り落とされるようなことさせるわけねェでしょうが」と庇って怒ってはくれたものの、否定しないあたり本当に指が切断される可能性はあるのだと示されて心の中で泣いた。船って怖い。

「雑用はできないのかい? 掃除でもなんでも」
「掃除つったって。この細腕じゃできることも限られてるだろ。洗濯もシーツに埋もれて窒息してそうじゃん。それにこんな背で干せないでしょ。でけェので8メートルくらいはあるんだから」

 イゾウさんの助け舟は一瞬にして頬杖をついたハルタさんによって否定された。

「ぞ……っ、雑巾掛け……とか……」
「そのちっこい背を丸めて? ……あんた、気付かれずに踏まれそー」

 否定の口のまま私のアイデアも一蹴される。ここで誰かに踏まれるということは即ち圧死を意味するわけで、死因の原因が掃除をしていたから、だなんて笑えない。項垂れることしかできなかった。

「つーかさ、なまえちゃんを隊に入れることって本当に必要か?」

 どうやら仲間たちから無能の烙印を押されまくっている私を哀れに思ったらしいサッチさんが、その手にココアを持って思わぬ援護射撃を行ってくれた。他の船員が使っているものと比べると一回りほど小さいこのマグカップは私専用にと用意してくれたものである。
 はるか昔に下船した仲間の子どもを少しだけこの船で世話していたことがあるらしく、その際に買っていたものを捨てきれずにこうして流用していると聞いた。

「おれもそう思うんだが、マルコがね」

 イゾウさんが肩を竦めながら、これまでじっと黙っているマルコさんに目を向ける。

「なにかしら役目は与えた方がいいだろい」
「つってもなァ。うちは客人に、しかも非力な女の子に慣れない力仕事させるほど悪徳でもなけりゃ、人手が足りないわけでもねェし」

 その会話を皮切りにして、あれがどうこう、これがどうこう。マルコさんとサッチさんの問答はしばらく続いた。この話の中心人物は間違いなく私であるが、その当人を置いて白熱する話し合いをココア片手に聞いているという図はなかなかおかしなものがある。けれども私が口を挟めることなんてないのもまた、事実で。とうに人肌に冷めたココアを一口嚥下した。
 そうして幾分か経ったとき、マルコさんが少し大きめな声で切り出した。

「なまえはうちで預かる。オヤジにもそう報告するつもりだ」
「……マルコのとこォ? そりゃまァー、一番しっくりきはするがよォ……」

 ガシガシと乱暴に後頭部を掻くサッチさんの表情は少しばかり苦いものが含まれている。数瞬思考を巡らせたのち、マルコさんからそれ以上言葉が出ないことを察すると大きく息を吐いて周りの隊長たちに目を配らせた。

 私も釣られて見渡せば、みな一様にサッチさんと似たような表情を浮かべている。なんというか、“マルコがそう決めたのならしかたない”と言っているような。

 ハルタさんは頬杖をついたままだった手を解いて思いきり背を伸ばし、とくになんの感情も抱いてなさそうではあるが、イゾウさんたちはやれやれ、と呆れが見え隠れしている。
 ──── ……なんだろう。この感じ。この反応。1番隊に私の存在が置かれることは、あまり良くないことなのだろうか。

 実際のところどうかは私にはわからない。勝手にそう思っただけでわからないが、私以外の周りはわかっているというこの疎外感。この感覚には覚えがあった。白ひげさんとマルコさんのあの対話である。一貫して、私のことであるはずなのに当人には解説もなにもない。

 なんだかそれがどうにも私の中で引っかかっているものの、だからといって問い詰める勇気は微塵もない。ため息を吐き出そうとする口を一文字に結びはしたものの、燻る想いは頭を重たくさせて、物理的にも下がってくる。そんな頭にサッチさんの手のひらが置かれた。

「……ま、なんだ。なまえちゃんがいいってんなら、それでいいんじゃねェの? たしかに考えてもみりゃ、仕事のひとつでもないと退屈だろうし」
──── なまえ、それでいいかよい?」
「……はい。まあ正直、よくわからないけど……できることは精一杯やらせてもらいます」

 英語能力はけっして高くはないし、そもそも客に書類を見せていいものなのかもわからないが。役に立てるかわからない不安から眉を下げながらもそう答えれば、イゾウさんが「真面目だねェ」とからから笑った。



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