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「……よし」
天気は快晴。
何羽もの鳥たちが低空飛行で飛び回り、ときおり私のそばへイタズラに寄ってくる。人馴れしているのか、それともこんな波乱万丈な世界で生き抜いている鳥は一味違うのか、どちらにせよ触ろうと手を伸ばしても怯えた様子を一切見せない。
そんな鳥たちとは別に、カモメの鳴き声がどこからか聞こえてくる。遠くの海ではクジラかなにかが潮を吹いて、ブオオ、と低く鳴いた。柔らかな風が頬を撫でるなか、汚れ一つない真っ白なシーツを物干し竿にひっかけて、風で飛ばされないように洗濯バサミで止めれば、今日マルコさんから頼まれた仕事は終わりになる。
あの話し合いの末、満場一致とはとても言えない結果だったが、とにもかくにも。無事に便宜上1番隊に決まった私に出された仕事は至極簡単、雑用係である。基本的にはマルコさんへの書類を届けたり、あるいはマルコさんから他の隊員へ渡す書類を代わりに届けたりが多い。あとは夜遅くまで起きているマルコさんに、サッチさん特製お夜食を届ける、マルコさんのコーヒーを煎れなおす、マルコさんのベッドシーツを洗濯する、などエトセトラ。
つまるところ、マルコさん関連の仕事である。私、隊に入る意味あった? なんて今更聞ける勇気はない。今すぐ「マルコ専用お世話係」に改名してほしい。“1番隊”だなんて大層な肩書きで呼ばれるほどの仕事じゃないんだもの。
「……はあ。にしても」
ちらりと目線を向けた先。甲板で掃除をしている隊員のグループと目が合った。世辞にも愛想が良いとはいえない形相の彼らは私と目が合うと、なにやら数秒見つめたあと視線を逸らす。
また船内へ戻るひとたちも必ず私を一瞥してから中に入っていく。視線を感じるたびに振り向いて愛想笑いしている頬は引き攣る寸前だ。つまり、そうなるくらい私はほかの誰かから常に見られている状態というわけで。
まるで監視されているかのような。……まあ理由はなんにしろ、実際のところ監視されているのだろうけれど。
(……まあ、別にいいけど)
帰るまでの辛抱だ。これといってなにか意地悪をされるわけでもなし。嫌われている……というわけでもないと思う。こちらが笑いかければ歪ながらも下手な笑顔を返してくれるし。ただなんというか。気は休まらない。修学旅行の民泊? ホームステイ? そんな感じの気疲れがのしかかってくる程度で実害はないのだが。
視線はうっとうしいだけで、人を殺せないのだと初日で十分思い知っている。凝る肩を回して息を吐き出した。
「──── 帰りたいなあ」
憂鬱な私の心に反し、空はどこまでも澄んでいる。憎たらしいほどに綺麗な青空である。異世界生活3日目。早くも私はホームシックに苛まれているようだ。
日本ならホームシックになったとて携帯という便利機器がすぐに解消してくれるが、無一文どころか身すがら世界を渡った私が現代機器など持っていようはずもなく。ついいつもの癖で携帯を取り出そうと虚空を彷徨う自分の手にまたため息を吐き出して、空になった洗濯カゴを持ち上げた。
◇
「お。なまえ、洗濯終わったのか?」
「いまちょうど終わったところです」
洗濯室に戻るとそこにはホビーさんと数人のクルーが空になったカゴを積んでいる途中だった。口々にみんな「おつかれさま」と労いの言葉を投げてくれる。その言葉にお礼を返しながら、持っていた空カゴを同じ場所に積み上げた。
「ホビーさんたちもおつかれさまです。他の隊の洗濯物ですか?」
「んや、普通に溜まってた自分たちのぶん。こいつらは隊長たちのもあるけど、おれ……って、そういやなまえも1番隊に入ったんだっけか?」
そのまますぐに出ていこうかとも考えたが、思えばマルコさんに与えられた仕事はこれで終わりである。そう急ぐこともないかと、振られた話題にこれ幸いと乗っかることにした。
とはいえ、ホビーさんの問いに「はい」と頷くには少々……仕事内容が私にとって都合の良すぎる内容のために、難儀するものがある。
1番隊に入ったと言えるのだろうか。いや入ったのは入ったのだけれど。仮入隊として。暫定的に。便宜上。
とくに1番隊の面々を集めて自己紹介、なんてものはしなかったが、きちんと周知はされているらしい。私も私で、マルコさんからある程度の人数は聞かされていた。
「そういえば、ホビーさんも1番隊でしたものね」
「おう。まァ、おれなんざ下っ端も下っ端だけどな!」
「もしかして先輩ってお呼びした方がよかったりします?」
日本的な意識が8割、2割冗談半分で言えば、本気で驚いたような声が飛び出してきた。
「うぇ!? やめろよいいって! 隊長の恩人に先輩呼びされるなんざ恐れ多いったらねェや。それにそんな
「……ふふ、冗談ですよ。でも、そんなに畏まられても困りますって。どうぞ普通に接してくださいな」
にこにこと、既に痛みを訴えている頬を持ちうる限りの筋力でもって満面の笑みを浮かべ上げる。ホビーさんはそんな私の笑顔を見ると一瞬言葉を詰まらせ、気まずそうに頭を搔いた。
「あー……いや、わかっちゃいるんだけど……ほら、モビーにナースでもねェ女が乗るのなんか初だからよォ……」
「あー。オヤジの“女の戦闘員は船には乗せない”ね」
「たしかになまえは客人で非戦闘員だから、決まりにゃあ背いてねェが」
洗濯物を抱え直して雑談ムードに入った他のクルーたちも混ざりだしてそんなことを話し始める。今度は私が黙って会話を聞いていたのだが、気になる話題を捉えてつい口を挟んでしまった。首を傾げながらホビーさんに視線を投げて尋ねる。
「女性は乗せない……?」
「そ。戦闘員の女はモビーにゃ乗せねェんだよ。オヤジの意向でな。ナースとか、非戦闘員とかは別だけど」
「まああくまでモビー内の話しであって、傘下には普通にいるけどな。ベイ船長とか」
たしかに言われてみれば挨拶回りに会った隊長さんたちも、クルーの方たちも当たり前だがみんな男性で、女性はナースの方たち以外出会ったことなかった。
彼らのいう“傘下”と呼ばれる方たちには会ったことなんてないし、そしてこの先も会う機会はおそらくないだろうから、この船における同性は正真正銘、ナースたち以外にいないということになる。
……なんというか、こんな重大なことに今の今まで気付かなかった自分の鈍感さに驚く。
(……そりゃ、まあ。たしかに海賊って男性のイメージしかないから、違和感はとくに抱かなかったけど!)
海賊イコール男性。女性は海賊に攫われるようなヒロイン。もしくは海賊というよりも盗賊。言わずもがな、この脳内図式はパイレーツでカリビアンなやつで培ったものである。もしくはその
女性はいつだって白馬に乗った王子様を待つようなヒロインで、そしてそんなプリンセスが主役を張るあの“元”。今は時代に合わせて自立した女性が主役のストーリーも増えてきてはいるが、いかんせん戦う女の子というものにあまり触れてこなかったのだ。
それが免罪符にはならないことは承知の上ではあるものの、さすがに女性の数が圧倒的に少ないことくらいは自力で気付きたかったものである。
「ま、ベイも昔はモビーにいた超古株なんだけどな」
「あー、どっかで聞いたなァそれ」
考えてもみれば戦う女の子なんて日曜の朝にやっている変身する少女戦士ものくらいで……もしくはセーラー服の……。あるいはカードで戦う小学生の……あと地球の未来にご奉仕するあれとか……あ、あと歌で敵を攻撃する人魚姫モチーフのやつも好きだったなあ……。
……あれ、思い返してみれば私ってけっこう触れてきてるな?
自分の危機管理能力の無さに内心項垂れつつも、ふと声がひとつ増えていることに気付いた。それもなんだか聞き覚えのある声が。談笑に勤しんでいるホビーさん含め、周りの面々は気付いていないようである。
気になってくるりと振り向けばそこに立っていたのは、
「ラクヨウさん?」
「え゙ッ」
みんながピシリと固まった。まるで錆びきった機械のような動きで出入り口に目を向ける。視線を一身に浴びるラクヨウさんはにっこりと笑って、近くにいたホビーさんの頭を鷲掴んだ。
「サボってお喋りかァ? お前ら洗濯にどんだけ時間かけてんだよ。夜明けまでやる気か?」
「いだだだッ! すいやせん!」
比較的細腕(といっても私よりも何倍もある)なラクヨウさんではあるものの、やはり力はそれなりにあるようで。ホビーさんの頭から鳴るギリギリという不穏な音が私の耳まで届いてくる。
蜘蛛の子を散らすように一斉に皆が仕事に戻り、一歩遅れて涙目のホビーさんも出ていってしまえば、この場にはラクヨウさんと私しかいなくなる。気まずい空気が流れたのはけっして気のせいではない。
「……えっと……、私も仕事に戻ります、ね」
仕事なんてもう終わったが。さすがにあの腕力で頭を鷲掴みにされたくはない。リンゴをこえてパイナップルを容易に粉砕しそうな握力だ。同じことをされようものなら今日1日は確実に頭痛に悩まされることになる。
しかし、そんな私の誤魔化しは怪訝な表情をしたラクヨウさんに一蹴されることとなる。
「あんたの仕事はもう終わっただろ? マルコからそう聞いたが」
「…………そう、でしたっけ」
「……仕事量はそう多くねェはずだが。慣れねェ生活で疲れたか?」
本気で哀れむような視線を受けてしまった。思いのほか報連相が上手くいきすぎているようで、私は口を閉じるしかない。もう頭を下げて正直にこの場から立ち去ろうと息を吸った。
「あの、用がないなら私はこれで──── 」
「はいさよならってわけにゃあいかねェのよ。ナースたちがあんたを呼んでるからな」
「……へ?」
「案内する」
顎でついてこいと示す動きに合わせて、ラクヨウさんの耳に付けられている大きな丸いピアスがちゃらりと音を立てた。
◎後書き if麦わら
サンジ「ンなまえさーん! おれァ──── 」
なまえ「……! あっあの! 1回で、1回でいいので!!
“キャプテン・ジャック・スパロウと呼んでくれ” って言ってくださいませんか!?」
サンジ「えっ? いやあの、おれはサンジっていってキャプテンでもねェんだが……!?」