50
ラクヨウさんの案内の元、当然だがその足取りに迷いは一切なく、スムーズにナース区画へと辿り着いた。甲板や休憩室とは違って静かな一帯はここ最近ですっかり嗅ぎ慣れた潮の匂いではなく、元の世界でも覚えのある消毒液となにかしらの薬品の匂いが漂っている。
ラクヨウさんは私を送り届けたあと、区画内には入らずにその手前で別れた。なんでも、「ナースの許可無く入るとしこたま怒られる」らしい。
マルコさんやキングデューさんでさえ、報せなく入られることにあまり良い顔はされないのだそう。
というにも。
──── ナースたちは紛うことなき「家族」で「仲間」である。だが彼女たちはけっして表舞台には顔を出さない。刺青も入れない。一見して白ひげ海賊団の一員であるという誇りを、印をなにも持つことが許されていない中で、医療という行為はたったひとつ、唯一彼女たちが持つことを許された武器なのだ。そしてナース区画は、彼女たちの武器庫である。
“治療”はナースだけじゃなくともできる。現にマルコさんは船医で、1番隊の隊長だ。けれど極力彼らは治療に当たらない。応急処置で留める。
なぜなら彼女たちは、“戦うことで共に家族を守る”ことはできない。それだけは許されていないから。
それに対して不満を持つ子どもは誰ひとりいない。ゆえに
だから彼らも、
そんな理由からこの場は私ひとり。響く足音を聞きながら教えられた扉まで来た。緊張する体を深呼吸ひとつすることで宥めてから、ノックを3回。ほんの数秒で扉が開けられる。
「あら! いらっしゃいなまえ。待ってたわ」
「さあさ、お入りなさいな。お昼はもう食べた? まだなら持ってこさせるわ」
「検査の前に食べさせてどうすんのよ。終わったらご飯でもおやつでも食べましょ!」
白いナース帽に白いナース服。靴はフラットなもので、マスク姿に消毒液の匂いをまとわせる──── それが私の知っている看護師の姿だったが、まったくもって、この世界はいとも簡単に私の常識を覆すもので溢れている。宴で出会った彼女たちはみな惜しげもなく体のラインを晒した多種多様なオシャレな服に身を包んでいたが、仕事中の今ですら“そう”とは誰が思う。
ピンク色のナース服は丈がかなり短く、ヒョウ柄のブーツはどう見積もっても高さ約7cm以上。大胆に開けられた胸元からははち切れんばかりの大層な物が見え隠れしている。どう見てもコスプレをしているだけの一般人としか思えないが、彼女たちが腕のいいナースであることはこの船の上で周知の事実なのである。
よもや白ひげさんの趣味じゃなかろうなと邪推しそうになった辺りで考えることをやめた。
「えっと……お昼ご飯はまだです。あの、なにを検査するんですか?」
「あら? ラクヨウさんからなにも聞いてない?」
「言っておいたはずなんだけど……んもう、忘れちゃったのかしら。あとでとっちめないと」
バインダーに何かを書いていたひとりのナースが不穏なことを言い出し始め、慌てて待ったをかける。
「い、いえ。調べることは聞きました。その、いろいろ診るって……」
「その“いろいろ”の内容をあなたにも事前に伝えてねって私たちは言っておいたのよ。まったくもう、ごめんなさいね。やっぱりマルコさんに伝えるべきだったわ」
呆れ顔の中に僅かな怒りを滲ませてため息をつく姿はさながら像だとか、人形だとか思えるほど綺麗だった。
──── さて。あらかじめ言っておくが、別に自分に対する誤魔化しだとか、慰めだとか、そういったものでは一切ない。ないし、“こういう”感情や思考はとくに持ち合わせてはいない。持ち合わせてないつもりだ。
つもり、なんだけどなあ。
──── 私は「女」として社会を生きている。その性別を武器にある程度生きてきたのは事実だ。女という性別のせいで招く理不尽を経験したことはあるし、逆に得となることも経験してきた。普通を過ぎるような不満もなければ感謝もなく、平凡に自分の性と世間の評価に折り合いを付けながら人生を謳歌している。
しかし、そうやってある程度女として生きている以上、こうもありありと“いい女”を見せつけられてしまえば否応なしに負けたと惨めに白旗を振りたい気分になるのだ。
まあそもそも、彼女たちに“負けた”なんて思うことが何様なんだという話しではあるのだが。嫉妬を抱く気さえ起こさせない。顔も、プロポーションも、知能も、すべてにおいて。
神は二物を与えずなんて、とんだお笑い種だ。
「とりあえず一通り検査をしたいの。身長、体重、視力、聴力。聴診だとか、体の中身もちょーっと見させてもらうわね。あ、痛いことはあんまりしないから安心してちょうだい。終わったら一緒にご飯でも食べましょうね!」
こんなにも可愛らしい笑顔で言われたらなにも考えずに頷いてしまう。といっても、健康診断だと言われたら断る理由なんてない。素直に頷いた私に気分を良くしたのか、緊張に強ばる私の体を揉みほぐしてくれた。
椅子に座ったひとりのナースがゆっくりと足を組み、その手にペンを携え問診が始まった。
「はい、まずはお名前を教えてちょうだいな」
「……みょうじ なまえです」
すでにご存知なのでは、とは突っ込むまい。
「ふふ、ありがとう。ついでに私はパトリシアよ。気軽にパティって呼んでちょうだいね」
紙の端に「Patricia」と綴られる。細くて綺麗な、女性らしい字だった。
「一度酔い止めを出したと思うんだけど、発疹とか出なかった?」
「いえ、まったく」
「効きは?」
「飲んでほとんどすぐに」
「そう。効いたならよかったわ。年齢は──── だなんて、さすがに聞いちゃいけないかしら。うふふ」
リラックスさせるためにか適度に冗談を挟みながらも、しかし堅実に行われる質疑応答は中盤に差し掛かる。
「血液型教えてくれる?」
「ああ、はい。えっと──── 」
二十数年付き合ってきた自分の血液型を告げれば、これまで妖艶な笑みを浮かべたままだったナース──── パティは一瞬の間のあと、どうやら聞きそびれたらしく、再び尋ねてきた。
「ごめんなさい、なんて言ったかしら?」
「ええっ……と。血液型は、」
もう一度同じ血液型を口にするとパティの表情は曇った──── ように見えた。私が首を傾げるよりも先にそんな表情は綺麗に隠れ、妖艶な笑みに戻っている。
「……そう。ありがとう。とはいっても、確認として尋ねただけなの。採血の予定も入れてるから、今しちゃいましょう。いいかしら?」
まあ、見間違いだったかと問いに頷けば、パティは視線を他に移し、それを受けたナースが注射器だのチューブだのを迅速に用意する。
この間、約5秒ほど。その秒数で、少なくとも彼女たちが仕事においてかなり有能であることは理解できた。
パティの手が私の手首を攫うと、その大きな目を瞬かせる。
「あらあら、ずいぶん細い腕だこと……ちゃんと食べなきゃだめよ。血管見つかるかしら」
パティに限らず、ほかのナースだってそう変わらない手首に見えるが、彼女の長くて細い指は簡単に私の腕を一周して余るほどだった。失礼にならない程度に目を滑らせると半袖から覗く彼女たちの腕はたしかに細いものの、しなやかな筋肉がきちんとついている。よく見ればロングブーツと丈に隠された太ももからは筋肉のラインが見え隠れしていて、なるほど医療従事者と海賊が合わさったゆえの筋肉美。
内心で拝んでいれば手早く腕にチューブが巻かれて綿で消毒される。注射針を覆う保護キャップを外したあと、浮き出た血管に何度か触れた。
「ちょっとチクッとするけど、すぐに終わるから」
そんな常套句と共に針を挿入されるが、駆血から採血まで時間はそうかかっていない。真っ赤な血がバレルに溜まっていっても痛みは感じなかった。引き抜かれるときも。止血用の小さな絆創膏を手早く貼られ、血液はすぐに検査に回される。
「数分じっとしててね。そうだ、その間おしゃべりしましょう」
「えっ」
「あら、いいわね! 私ずっと気になってるのよ。マルコさんって最初からああだったの?」
「ちょっとー! 私だって聞きたいことあるんだから! ねえ、マルコ隊長があなたには世話焼きだって本当?」
パティが手を叩いて名案だとばかりに提案した「おしゃべり」に釣られて、何人ものナースたちが集まってくる。眼前に広がる実り豊かな胸の数々──── 女だから欲情することは断じてないが──── に圧倒されて、言葉なぞ紡げるはずもなく。そもそも聞かれた疑問すら頭に残っていない。さっきなにか仰ってましたっけ……?
「え……っと」
「あらやだ、私たちったら。一気に聞かれたら困るわよね。ごめんなさい。でもほら、気になるのはたしかなのよ。だってね、あなたはわからないだろうけれど、マルコ隊長ってば女に優しくないんだもの!」
パティとは別のナースが鷹揚に笑う。私が困惑した理由はそっちじゃないんだけど、とは言えない。まさかそんな。巨乳に圧倒されてなにも聞いてませんでした、だなんて思春期の男子じゃあるまいに。
そっと見たナースの頬には僅かばかりの赤みが差していて、おそらく今の私の表情と似たり寄ったりものだ。まあこちらは胸に赤らんでいるのではなく、マルコさんと私の関係を楽しんでいるために上気しているのだろうが。
さてどう答えようか。いやそれよりも先に気になる言葉を復唱した。
「……優しくない? ……マルコさんが?」
「あ、勘違いしないでね。べつに無闇に暴力を振るうだとか、女を見下すだとか、そういったことは一切しないわ。うーん……優しいは優しいのよ。一般的に言えばね」
──── ただね、ただ。
「ほら。あのひとの1番はずうっと船長で。仲間で。家族なのよね。いくら天下の白ひげ海賊団って言ったって、いくら海の子と言ったって、陸が恋しいときくらいあるわ。本気で考える人はいないけど、愛する女と、その子供に囲まれる生活ってどんなだろうって想像する人は少なくないわ。特に
ひとはひとりじゃ生きてはいけない。どれだけ強い海賊であっても。だから私たちは家族なのだと、鈴を転がしたような笑い声を響かせる。
ひとたび自由を夢見たならば。この船を降りるだなんてこと、選べようはずもない。人並みな幸せに焦がれる時期はあれど、それを欲するくらいなら最初から海賊などという道は選んでいない。それでも名残はある。人間だから。“欲”に素直なのが海賊なのだから。だから島に上がれば女を買う。一晩だけの甘い夢を見るために。
「女だって、同じよ。自由を夢見たいから身を売るの。あるいは愛されていると自尊心を満たすため。こんな世だから。……みんなそれをわかってる。だからお互いが夢を見せて、夢を見させてもらうの」
ナースは「でも」と続ける。
「あの人は女に夢なんて、一欠片とも見せちゃくれないわ。お前を救うのはおれではないと、全身でもってして伝えてくる。嫌な人よね。どれだけの人間が、胸を張って自分の名を言えるっていうの? 己は人間だと、当たり前のことすら言えないってのに。女なんて余計に、自分を捨てなければ生きてはいけない」
尊厳を奪うのが海賊なら、与えるのもまた海賊である。皮肉な話しだ。
「女に乞われたら慰めてあげるのが男ってもんでしょ? 海賊は女を侍らすものだ、とは言わないけど、甲斐性を見せて格好付けなきゃいけないときはあるものよ。でもマルコ隊長は一切そんなことしないんだもの。だァから優しくないのよ」
ナースがため息混じりに眉の形をほんの少し歪める。けれど口角は緩く上がっていて、その表情は仕方ないな、と呆れが滲んでいながら優しいものだ。
「私なんて20年ほど船に乗っているけど、初めてよ。マルコ隊長が自分の女だなんて弱みを作るだけだけじゃなく、その弱みを船に乗せたことなんて。まあそう言うなら、今の隊長たちだってだれひとり乗せたことはないけれど」
「ああ、たしかに。サッチなんて絶対乗せそうなもんなのにね」
「意外とサッチはやらないわよ、そういうこと。あれもある意味、女に優しくはないわよね」
そこからナース同士であれこれと愚痴を言い合い始めた。果てに隊長たちの
彼女達の言葉に同意できるほど世界を知っているわけでもなければ、人生経験がそうあるわけでもない。甘い国で育っている私では、余計に。
なんとか開いた口から飛び出た言葉は、ただ一言。否定のみである。
「………あの。私、マルコさんの女では」
「えー? でも見たかぎり、いい感じじゃない?」
「マルコ隊長のあんな優しい目、初めて見たわよ。宴では甲斐甲斐しくしちゃって。次の日槍が降ってくるかと思ったくらい」
「実際は
「そこらの夜鷹にも分け隔てないけど、フラッパーにすらあんな顔は──── 」
快活そうなナースがなにか言いかけるが、手を叩いた音が響いたことによってその先が紡がれることはなかった。
「さ、みんな。さすがにそれ以上はマルコ隊長がお怒りになるわよ。そろそろなまえの検査を再開させましょ」
「え〜〜残念。もっと話したかったのに」
パティの一声で残念そうに不満を垂れるナースたちだったけれど、渋々ながらもすぐに仕事に取りかかる姿はプロそのもの。奥の部屋から様々な機械を持ってきては並べていく。使い方がまったく想像できずに眉を下げていると、それに気付いたパティが「痛いことはもう終わりよ」と安心させてくれた。
「さて。もっと詳しく診ていくとしましょうか」
サッチたち白ひげの皆に対する、私個人による「〜〜っぽそう」的な妄想からなる人物像ですので悪しからず。でもかなり美化して考えてはいる。まあ、そこら辺は妄想し放題ですし…掘り下げが無く終わってしまっているがゆえ…妄想しか手がない…でもナースたちは公式で「船長」呼びとすこーし距離があるかんじなので、刺青とかは入れてないっぽいな〜みたいな妄想。原作でなにか情報既に出てたらそっと教えてください…しれっと加筆修正しておきます…。