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 存在しない血液型を有し、またそれが発覚した際に船から落ちてしまったこと。そして不幸にも、それが自死を思わせてしまうものであったこと。何度勘違いだと言ったかわからないが、周囲はなぜかまともに取り扱ってはくれなかった。

 
 ────  暴力も何も知らない平和な世界から真逆な世界へとたった独り、渡ってしまった哀れな女。か弱いか弱い、庇護欲をくすぐる幼い顔立ち。海賊であれば怪我の類は切っても切り離せぬ関係性であるのに、そんなか弱い女が海賊という選択肢でしか生きられないこと。

 恩人であるがゆえに。この船に、降りてしまったがゆえに。

 入口ということすなわち、出口ともなりうる。船に降りてきたのであれば、船から帰るのが道理。マルコがなまえの部屋に降り、なまえの部屋から帰れたように。
 なのになまえは怪我が許されない。大怪我を負えば治療が困難になる。そんな絶望的な状況ではたしかに、身を投げてしまいたくもなるだろう ────



 ……なんて思考に船員がいたったことは、もちろんなまえわたしの知るよしではない。

 言葉なくして伝わるものなど、そうあるものではないのだから。

 そうした経緯を経て、『私に怪我ひとつ負わせるな』という取り決めが船内中に響き渡り、私は大国の姫もかくやと言わんばかりにそれはそれは丁寧な持て成しを受ける運びとなった。

 ええまったく──── 恨むわよ白ひげさん……ッ!
 だって、だって……ッこんなにも海水浴日和だというのに、私は泳ぐの禁止だなんて……ッ!!








 そんな私の恨み言を灼熱の日差しでもって焼いてくれるここは夏島の無人島。
 航路的に有人島はしばらくないらしく、ひとまず目先の無人島に立ち寄っていくばくかの食料供給を目的として立ち寄ることとなった。

 さて、ポジティブに考えればバカンスである。島貸切ツアーなんて心躍るだろうが、私が項垂れているわけは単純明快。なんせ、

「あっっつい…………」

 暑い。あまりにも暑すぎた。

 この世界に住まう人々には常識であろうが、あいにくと悲しいかな異世界人の私。日本式でいう「四季」は、まず気温が安定する春があり、それを過ぎれば猛暑日の夏となり、気温がある程度下がる秋となり、極寒の冬……そんなサイクルで日々は回っていく。が、この世界。四季の概念はおろか、そんなサイクルがそもそもにしてないわけだ。

 あるのは島を取りまく気温だけ。夏島であれば気温はずうっと夏だし、逆に冬島は常に雪が降り積もる。それがこの世界の常識である。

 わかっている。わかってはいた。が、さすがの猛暑に早くも私は参っていた。
 だって私の世界には文明の賜物、エアコンがある。リモコンひとつで外の猛暑と切り離してくれる、私たちの命綱があった。なのにこの世界にはそんなもの無いときた。ホテルもない、空調設備もない、そんなリゾート地は現代人にはつらかった。

「エアコンの効いた部屋でゲームしたい……テレビ見たい……」

 だらけきった思考のひ弱な異世界人とは違い、原住民は強かである。暑ければ水浴びをし、服を脱ぎ、あるいは誰かの能力か飲食で涼を取る。というかそもそも、この程度の気温で熱中症になるなどとは無縁の健康優良児どもだ。
 機械で体温調節を図ることに慣れた現代人とは違って文字通り体の作りがちがう。

 それなのにやれ「危ないから」だの「離岸流に巻き込まれたらどうする」だの「足を攣って溺れたらどうする」だのと四方八方から言われ、海に入ることを禁止された。

「熱中症になるほうが……っ危険だっつーの……!」

 現代人、舐めんな。こちとら文明の利器をフル活用して生きてきている人間だぞ。

「……まあ? 海に入れないかわりに休んでろってお達しはそりゃね? ありがたいけれど」

 薄っぺらなTシャツに太もも丈しかないショートパンツ。
 燦々と照りつける太陽から隠してくれる大きなパラソルの下でサマーベッドに寝そべりながら、サッチさん特製のノンアルコールカクテルを片手に、眼前に広がる白い砂浜を眺める姿はどう見ても優雅なバカンスを謳歌している女である。

 ──── そんな背景だけを、切り取れば。

 ひとたびそこから、そう例えば。
 私の後ろに目をやれば、鬱蒼とした森が果てしなく広がっているわけだが、そこからはしきりに「うらァ!」だとか、「逃げたぞ、追え!」だとかの声とともに、ピッチの高い射撃音やぱちぱちと森が燃えていく音が聞こえてくる。

 であれば、今度は目を前に向けてみよう。したらば見えてくるのは蒼く透き通る海──── の水面をうち破り、盛大な水しぶきとともに巨大な魚が砂浜へと打ち上げられてくる。

「……獲ったどー、ってか」

 その巨体は到底、銛なんかでは持てないサイズであるが。そして彼らが持つのは銛なんかではなく、銛よりも遥かに太く丈夫な、自らの腕である。

「異世界バンザイ、……なんてね」

 最初こそパラソルで完全に隠れていた太陽は少し西へ傾きつつあり、その姿が少しづつ見え隠れしてくる。少し体勢を変えれば隙間から漏れる陽の光に手をかざした。

 そんな折、ひとつの影が目前に伸びる。

「なまえちゃん、ドリンクのおかわりはいかが?」
「わ、サッチさん。ありがとうございます。いただきますね」

 氷できんきんに冷やされたアイスティを片手に、サングラス姿のサッチさんが太陽の光から隠すように顔を覗かせた。お礼を言いながら受け取り、代わりに空になったグラスを手渡す。

「いやァ〜〜大漁大漁。こりゃ腕が鳴るねェ」
「夕飯、楽しみだなあ」

 現在、この船にいるのは多くはない。
 残っているのは狩りには当然参加せずに見守っている白ひげさん、狩りを除かれた私、狩りの後こそが仕事のサッチさん率いる4番隊。そしてナースたちだ。
 その他はすべて食料調達に回されている。

 能力者持ちであるエースやマルコさん、遠距離攻撃の術が巧みなイゾウさん含めた16番隊は空と森で動物を狩り、ナミュールさんたちやその他の非能力者は海で魚を獲る。そうした人海戦術によって魚と動物、大量の食料が船に集まりつつあった。

「煮てもよし、焼いてもよし。なまえちゃんはどっちが好き?」
「んー別にどっちも嫌いじゃありませんけど、しいていうなら焼く方が好きかも」
「おっけー。イゾウも焼き魚が好きだし、少し多めに作るかね」
「やった」

 焼き魚にはなんといっても白米が合う。そこにみそ汁もあれば完璧な朝食だ。まあ、これから食べるのは夕飯になるのだが、和食は朝でも夜でも関係なく美味しいのでなんの問題もない。

「夕食の前にフルーツの盛り合わせはどうかねィ」
「名付けて焼きパイナップル!」
「焼きリンゴもあるぞ」
「焼きマンゴーも」
「いやなんで焼き限定? 生じゃだめなの?」

 マルコさんたちご一行が山のようにあるフルーツを抱え甲板に帰ってきた。色鮮やかな南国フルーツはどれも熟していておいしそうである。

 ココナッツをなんとなしに転がして遊んでいれば、このフルーツたちの調理方法を皆が真剣な顔して話し合いだす。スムージー、フルーツ盛り、あるいは無難にアップルパイなどのお菓子にする……などなどアイデアがいくつも出るなか、一旦は無視したもののエースの呟いた言葉が忘れられずについ話を戻して尋ねてしまった。

「……そういえば、焼きパイナップルとか焼きマンゴーっておいしいの?」
「知らねェ。でもパイナップルがうめェんだからいけんだろ。おれが焼いてやろっか?」
「適当すぎない?」

 美味しい食材はなにしても美味しいを維持してくれるわけではないぞ、という反論はとりあえず飲み込む。エースは私を横目に見ながら得意げに片手から炎を出している。

「……エースのそれって料理の“焼く”にも使えるの?」
「おうよ。すぐに作ってやる、任せろ」
「こらこらこら。おめェのは炭火焼きみたいなもんでしょうが。料理は最大火力でぜんぶやりゃいいってもんじゃねェの」
「ああ……そういうタイプ……」

 自信満々に胸を叩いているが、サッチさんの言葉ですべてを悟った。
 弱火でぐつぐつは強火で一瞬──── なんて言ったの、だれだったっけ。日本にいる料理下手な友人を思い出して苦い笑みが零れた。

 それはそうとして、炭火焼きのパイナップルはあまりに食べたくない。ひとまず好物のフルーツはそっとサッチさんに避難──── いや、渡しておいた。



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