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先日の無人島から
日本とは違ってからっとした暑さではあるものの、四季の中でじつは夏が一番嫌いな私にとってエアコンのない生活は少しずつストレスが溜まりつつあった。
最初こそ抵抗のあった、ナースたちからもらったお下がりの露出ばかりの洋服たちは着る機会のないままクローゼットにしまわれていたが、今ではブラトップにショートパンツといった軽装すぎるものでも抵抗なくなってきた。しかし面積的に全裸に近しかろうが、そもそも夏場というのは全裸になっても暑いわけで。
そんな服装ごときで快適に過ごせるわけもなく、もっぱら私は船内の、それも喫水線より下の部屋に引きこもることが多くなっていた。
暗い部屋に入り浸ってばかりの私を心配して食堂や休憩室に引きずり回そうと躍起になっていた船員たちだったが、頑なな私の態度に諦め、今は食事の時間とマルコさんの仕事のときにのみ呼びに来るという体勢を取っている。
ちなみにストライカーでかっ飛ばして涼を取ればマシになるんじゃねェのと案を出してくれたエースだったが、ウェイクボードのようなものじゃないと意味ないと言えば、海よりも真っ青な顔色をして断固拒否されて以降、たいして音沙汰はない。
そうして快適な引きこもりライフを手に入れているわけだが──── 勝手に私の住処と化した古びた倉庫に控えめなノックの音が響く。
「なまえ? 生きてる?」
まだトーンが高く幼さの残る、聞き覚えのあるその声はナースのひとりのもの。
「ミリー? なあに?」
その名を呼べば、勢いよくドアが開けられ、仁王立ちのミリーが姿を現した。
ミリーはこの船に乗ってまだ4年とちょっと。比較的新人のナースことミリーは年が私と近いことから友達のような間柄になった。パティやほかのナースたちはみな古株のベテランなので私のことをどちらかというと妹のような扱いをしている。もちろんミリーは“ような”ではなく妹として扱われているため、自分と同じような扱いを受ける私に親近感を覚えたらしい。身長が低めなところもまた自分に似ていると。そうした共通点で仲良くなった。
「あのね、上にちょっと出てみない? 今日は曇りだから涼しいよ」
「えーなにミリーまで……暑いのだめだって、知ってるでしょ?」
「嫌ってくらい知ってるけど、今日はだめ。なまえのためにジョズたち3番隊が作ってくれてた道具が完成したの!」
「……? え?」
なにそれ聞いてない。
そうきょとんとする私を見て、まるでいたずらが成功した子どものように笑うミリーは「はやく!」と急かして無理やり立たせてくる。
腕を引かれながら久しぶりに鉄梯子をのぼりハッチを開ければ、慣れない明るさに目が痛んだ。
下では一切聞こえなかった喧騒もあちこちから聞こえてくる。ミリーに連れられていると作業をしているひとも、すれ違ったひともみんなして2度見してくるし、「今日は出てきたのか」「おお、珍しいな」「よォ引きこもり娘。今日はどうした」なんて声もかけてくる。ツチノコってこんな感じなんだろうか。
ひとりひとりに答えつつ辿り着いたのは安定の休憩室。床に直に座りながらいろんな工具に囲まれた巨体のジョズさんが私を見るなり「やっと来たか」と手招きしている。
「私のための道具って……いつそんなの作ってたんですか」
「そりゃ、このまま暑けりゃおめェが海に落ちるっつったときから」
「言ってないですね??」
どうやってそんな捏造が広まったのかと聞けば、私が言った『ストライカーでウェイクボードできないなら意味ない』という発言が彼らの中で落ちると曲解されたようである。
たしかにウェイクボードはこの世界にないものだから勝手がわからないのも納得だが、それはそうとしてあまりに曲解すぎやしないだろうか。
「さすがの私でも、いくら暑くたってそんなことしませんよ」
「いーや。わかんねェだろ」
「……」
気温が50度近く上がることがあれば否定できないが、現在進行形で動いている船から身投げするほど暑さに対する我慢耐性がないわけじゃないのだけど。
それをここで言ったところで水掛け論になるだけだと早々に悟った私はひとまず、最初の話題に戻す。
「それで道具っていうのは?」
「おおそうだ。見て驚け──── これだ」
目前に掲げられたソレ。アーチ状の空洞から覗くジョズさんが得意げな顔で笑っているのがよく見える。
白色が主体になっており、大きさおよそ15cmほど。おそらく手で持つ部分にはなにかのスイッチが搭載されており、ジョズさんがそれを押せば、ふわりとした冷たい風が私の髪を攫っていった。
「お、……っおおお……!?」
「
そう、つまり。ジョズさんが発明したものとは──── ハンディファンである。羽のない手持ち扇風機。
文明レベル的にこんな近代的なものがあっていいの? と思わずにはいられないが、まあ鍵付きの冷蔵庫を筆頭にそもそも服装自体が現代的だし、細かいことは無視するとする。
「ちゃんと涼しい……」
「これでお前も出歩けるようになんだろ」
「ありがとうございます……わざわざ私のために」
夏島を過ぎるまで地下でやり過ごすこともできたのに、それでも彼はわざわざ作ってくれた。けっして楽に作れる道具じゃないことくらい私でもわかる。申し訳なさと嬉しさに、おもわずジョズさんに抱きついた。
「あら」
「──── !?」
ミリーのわざとらしい驚いた声と、逆に声もなく驚いているジョズさん。
固まったのは一瞬で、次の瞬間には引っペがされてしまった。
「おめェは道具を作ってやったおれを殺す気か? そういうのはマルコにやれ」
なぜマルコさん。
私の怪訝な表情を受けたふたりが揃ってため息を吐き出した。いや、まあ、ふたりの言いたいことはわからないでもないが、そもそも私とマルコさんはそういう関係性じゃない。
……なんて説明しても、この船のひとたちは信じてくれないんだよなあ。
「たく……。いいから、マルコに会ってやれ。アイツ、おまえが引きこもってから元気がねェ」
「そうなのよ。なまえ、たまにはマルコさんと昼食でも食べてあげて。それさえあればなまえでも大丈夫でしょ?」
「そりゃまあ、引きこもらずに済むけど……」
たしかに涼しい。しかしエアコンより涼しいかと言われればそんなことはなく。まだ食事を取れるほど夏バテが治ってるわけでもない。
けれどそんなことを言える雰囲気でもなく、ふたりに背を押される形で休憩室を出た。向かうはマルコさんの書斎部屋である。
──── そもそも、私が引きこもった期間はせいぜい1週間程度だ。それくらいでマルコさんが元気をなくすとは到底思えないのだが。
「……嵌められたかなあ」
どうにも私とマルコさんを
「──── ほんと」
どいつもこいつも、人の気も知らないで。
最近、些細なことで苛立つようになった自覚を持ちつつそれをひた隠す。社会人たるもの、自分の機嫌は自分で取るものだし、まして当たり散らすなんてことは反抗期の中学生しか許されない。
見慣れない道具を持って出歩く私に声をかけてくれる全員に笑顔を返しながらたどり着いたマルコさんの部屋。食事のお誘いに、扉をノックしたのだった。
◇
「なまえちゃーん! おれっち待ってた──── ッておい!」
少し昼食の時間から遅れているからなのか、想像していたよりは人の少ない食堂。私とマルコさんが並んで入れば、待ち構えていたサッチさんがハグしようと大手を広げていた。
それに対し、ガン無視して私の手を引きながら無理やり席に座るマルコさんである。
「ンとにお前は……まあ知ってたけどー? お前がなまえちゃんとハグさせねェことくらいおれっちには? お見通しでしたけどー?」
「じゃァ無駄なことしてんじゃねェよい。さっさと飯持ってこい」
「横暴にもほどがある! 用意するけど! お前はほんとに! もう!」
兄弟のようなふたりの会話に微笑ましく思いつつ、久しぶりに皆の顔を見ながら食べるご飯はいつもより美味しく感じられた。
どことなく楽しそうなマルコさんの表情に釣られて私も微かな笑みをこぼす。そんな私を見てか、サッチさんに向けられていた温かな目が私へと対象を変えた。
「元気そうでよかったよい」
「……少し地下にいたくらいで心配性だなあ」
「1週間ちょっとが少し、か?」
眉を潜めるマルコさんだが、それ以上は言うまいと首を振った。「これだから“陸の人間”は……」とか言いたいのだろうとおおよその想像はつく。だから私も、“海の男”の落ち着きなさと比べないで、とは口に出さないでおいた。
「そんななまえに報せだ。明日、有人島に着く」
「──── 島に?」
大きく見開く私の目に、にやりと意地悪げに笑うマルコさんが映った。