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 ──── 現代で起きる神隠しとされる事件の殆どは拉致、誘拐である。
 事件性のない失踪である場合、迷子や家出が挙げられる。尚、失踪者本人と連絡が取れない場合、殺人事件に発展する場合が非常に多い。
 失踪者が歩行のできない赤ん坊の場合、猛禽類によって狙われることもある。また……

 ──── 神隠しと呼ばれる事件において、未解決の事件は× × × 件あり、うち東京都、大阪府…… ……なお、行方不明者の数は年々増加の傾向を辿っており、今年度においては……

 ──── 19×× 年、イギリスの× × × がおこなったとされる異世界へ行く方法が……

 ──── エレベーターを使った異世界へ行く方法がある、まずは……

 ──── エヴァレットの多世界解釈とは、量子力学の観測問題における解釈の一つであり……

 ──── ムジナは狐や狸と並び人を化かすことを得意とする妖怪である。日本各地の伝承などに登場し、地方によっては……

 ──── 明晰夢のメカニズムは、脳内において思考、意識、長期記憶などに関わる前頭葉などが……





 今すぐ悲鳴を上げて、子供のように大の字になって泣き叫ぶことができたらどれだけ気持ちいいだろうか。

 時刻は既に十七時を過ぎていた。窓から差し込む斜陽が今日の成果の証である積み上がった本を照らす。読み上げた冊数に反し、得られた知識と言えばどーーでもいい妖怪の名前だの、さっっぱりわからない哲学の世界や物理学の世界、知りたくもなかった世界の行方不明者の数。
 本が駄目ならとネットを使えば出るわ出るわ心霊体験だと謳う有名動画投稿サイトのURL。──── つまり、なんの成果も得られませんでしたって状態である。マルコさんに守りたいだなんだと言っておきながらこのザマに、思わず溜息を吐き出した。

「疲れたんなら休憩でもしてしてくるか?」

 なにやら難しい本を読んでいたマルコさんがふと目線を上げそう気遣ってくれた。あれだけ熱中して読んでいても溜息を鋭く聞きつけたようだ。さすがマルコさんだと感心しながらも、その問いに緩く首を振り逸らした目線の先。マルコさんが読んだであろう冊数からしても、あまり良い情報は得られていないようだった。

 そうだよなぁ……科学技術が発展した地球で、異世界トリップだなんて。考えられる原因はすべて殺人事件や拉致になるご時世。今どきそういった七不思議系のものは数多く揃えられていない。子供向けの文学作品にしまわれてるくらいだろう。

 けれど諦めるわけにはいかない。私の目の前には現に異世界から来たひとがいて、このひとの世界には家族も、友もいる。家族を守りたいのだと切実に零すひとを目の前にして諦めるなんてできない。
 乱雑に放り投げた本を再び手に取る。何か少しでも有力な手掛かりになったらと────

 そうしてあっという間に時間は過ぎ、気付けば閉館間際。その訪れを知らせるメロディが静かに流れており、図書館員の視線にようやく気付いて、片付けはしておくとの言葉に申し訳なさやら有り難さやら、とにかく何度もお辞儀しながら出ていくしかなかった。
 


 少し迷惑そうながらもにっこりとした笑顔の図書館員に見送られながら外に出ると、昼間の鬱陶しいほどの熱気はなりを潜め、辺りはヒグラシの鳴き声が響いている。淡いオレンジ色がアスファルトを照らし、少しの眩さに目を細めた。久しぶりに大量の本を読んだことで疲れを訴える目を解しながら車に乗り込む。外から大量に聞こえてくる物悲しい鳴き声につられてか、情けなくも何も情報を得られなかった不甲斐ない自分に泣きたくなってくる。
 無意識に溜息を吐いたと同時、隣に乗り込んだマルコさんが声をかけた。

「……気負うんじゃねェよい。何も得られなかったのは、お前だけじゃない」
「ゔ……わかってる。でもこのザマでしょう……」
「だァから、それが気負ってんだよい。そもそも、お前が謝る必要がどこにある。手前でさえまだ夢見てるだけなんじゃねェかって縋ってんだ。それほどこの手の話は聞かねェし、書物に残ってるわけでもねェ。手がかりを見つけられるなんざ端から思ってねェよい」

 わかってる。わかっていた。マルコさんの世界でさえ異世界に行っただとか、異世界から来ただとかの文献なんて読んだことがないという。そんなマルコさんが、科学技術が発展したこの世界で、そんな非科学的な現象が馬鹿真面目に書かれた本が見つかるなんて到底思っていないことなんてわかってはいたけれど。

 じゃあ他にやれる事なんて携帯で他の図書館を調べるくらいしか思いつかなかった。明日もまた別の図書館へ向うことを告げればただ短く返事が返ってきただけ。
 胸が痛くなるほどの沈黙を裂いて降り注ぐ蝉の鳴き声だけがうるさく、辺りで響いていた。




...





「さっきの人、かっこよかったー!」
「あー、さっきの? 彼女さんとめちゃくちゃ熱心にいろんな本読んでたよね。研究課題か何かかな」
「うーん、でも大学生には見えなかったから職場恋愛とか? とにかくめっちゃかっこいいからさ、ちょーっとね、こう、写真に撮ったりして」
「あんたまた……」
「自分で楽しむだけだから! でも聞いてよ! ボヤけて全く見えないの!! 携帯壊れたかなあ。買い換えたばっかなのに。女の人とかはハッキリ写ってるのになあ……」
「悪いことするなってことじゃない?」
「うへぇ、きびしい!」



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