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私の運転する車のわざわざ後部座席に座り込んで、鋼のはむっつりと唇を尖らせて文句を言う。
「大体、こんな事になってたんなら俺達にだって一言なんか言ってくれたって良かったんじゃねぇの?夢子が魔女だったなんて聞いてねぇし、まだ信じらんねぇよ」
「夢子が魔女だというのは、私もつい最近になってようやく信じた。信じられるかね、いきなり箒で空を飛んでいったのだぞ?」
「…正直、すっげー見たかった」
「帰ってきたら見せてもらいなさい」
珍しく素直で子供らしい言葉に軽く笑ってやれば、「そうじゃなくて!」と思い出したようにまた文句を言い始める。


何故俺達にも言ってくれなかったのか、だって?こんな事が言える筈がないだろう。
事の次第はそもそもが誘拐事件だったのだ。鋼のがいつも勝手にしゃしゃり出てくるような錬金術絡みの事件ではなかったし、我々にしても気がつけばこんな壮大で不可解で、かつファンタジーな事件になっていたのだ。一体いつ、何のためにこの少年にその相談をしてやらなければらないというのかね、という事を、彼の言う所で“嫌味ったらしく”言ってやれば、鋼のはまたむっつりと押し黙った。

「でも、俺たちはもう夢子と友達になった気でいたんだぞ」
「ならばこれからもっと仲良くなれば良い。だがその前に、まずはマンドレイクとやらを手に入れ、ハボックを組成させる」
「なっんか、完全にやばい儀式っぽいけど、少尉のためだ。やるっきゃねぇよな」
鋼のがにやりと笑ったとき、車はようやく絞首台のあった旧演習場へとついた。


今はほとんど使われていないとはいえ、軍の施設というからには見張りも存在している。
それに新兵の訓練場としてはまだ使われているのだ。
夢のように空からひゅーんと侵入できるわけもなく、我々は地続きに行かなくてはならない。だがどうする?こんな場所へ、本来ならば司令部にいるべき“大佐”の私が出張ってくるとなるとそれなりの理由が必要になる。別に一言「次の演習をここにしようかと思ってね」とでも言ってやれば大佐権限ですぐに入る事もできるだろうが、そうなると少し厄介だ。その後の処理もだが、今真っ先に片付けるべき誘拐事件を放り出し、あまつ引き継ぎの期限を延ばすという無理な抵抗を強引に進めている私が暢気に演習の事などを言っている暇はない。

さて、どうするか。


「鋼の、君はいつもどういう手段で入ってはいけない場所へ勝手に入るかね?」
げ、というように露骨に眉を潜めて嫌そうにしたが、すぐにぐるりと辺りを見回す。高い塀。塀の上には有刺鉄線が張り巡らされ、当然明かり付けられ、簡単には侵入できないようになっている。それに出入り口はたった一つ。当然見張りが立てられている。

「…とりあえず、ドアでも作りますか」
パンッ、パンッ、というたった二つの作業で、目の前の高い塀にはドアが取り付けられた。周りにはガーゴイルのような趣味の悪い彫刻がデザインされているのはおいておくにしても、こうもあっさりと侵入口を作られたのでは見張りの当直が哀れだ。
「なるほど、いつもこんな風に勝手に入っているのか。こうも正々堂々と入られたのでは、ある意味いっそ清清しいな」
「い、今は非常事態だろ!ほら、とっとと行って、とっとと見つけるぞ!」

はいはい、と鋼のはドアを開けて、中へと入っていった。
全く、この高い塀も、有刺鉄船も、何もかも決して安い費用ではないというのに、部外者の侵入に頭を悩ませ作られただろう壁のあまりの空しさには、同じ軍属としても何か物悲しい気持ちになったが、今は仕方が無い。




「なんか、あんっま長くいたい雰囲気の場所じゃねぇな…」

呟いた鋼のに、流石に私も頷く。外に取り付けられた絞首台は、今はロープもなく、ただ台座だけが残っているが、夜の中、さほど明かりもない薄暗く広い原っぱに、まるでこの場の主であるかのように存在する台座には、ぞっとする。軍規に反した人間を処刑してきた場所だ。鋼のは知らんだろうが、士官学校をでている私としてはこの手の噂はうんざりするほど聞かされてきた。無実の罪で処刑されたなんとかという兵士が恨み言を呟きながら廊下を徘徊するだとか、某所の戦闘で壊滅した部隊が、今も隊列を組んで歩いているだとか…。その幽霊という存在を更に兵士として集めれば、決して死なない最強の部隊が一個師団は作れるだろう、なんて事は明るい場所だからこそ言えるジョークだが、これは流石に、薄気味悪いな。

「確か、あの絵のおっさんが言うには、台座の足元に生える、葉の大きな雑草だっつってたな」
「待ちたまえ。その前にきちんとプロテクターをつけておきなさい」
「やべ、忘れるとこだった」
慌てて鋼のがプロテクターをつけ、私も同じように装着する。するとすっかり音が聞こえなくなる。流石だな。中尉の用意してくれたものは最新式の物だった。前までの物ならば音が遠くから聞こえてくるように漏れていたものだが、これならば安心だ。

「うわ、俺さっそく見つけたかもしんね…」

恐らく、鋼のはそう言ったのだろう。心底嫌そうな顔をして、台座の足元を指差す。…確かに、いきなりビンゴだ。
一枚だけ、妙に大きく青々とした葉の雑草が広がり、心なしかその草の周りだけぐるりと植物が生えていない。まるで人工的に、この葉の周りを避けているのか、と思うほどだ。確信する。すると自然と私と鋼のは向き合い、勢いよく手を突き出す。


鋼のはチョキ。
私は、グーだ。
今回ばかりは思わずガッツポーズをする。


鋼のは、口を露骨にひんまげ、恐る恐る、といった具合にその植物に手を伸ばした。








「なんじゃい、なんか焦げておるではないか」
死に物狂いで取ってきたマンドレイクをちらっと見て、ミランドラは不満げに呟いた。アルフォンスも、黒こげになった妙に生々しい男の形のマンドレイクに引いている。「うわぁ、ちょ、ちょっと想像してたよりグロテスクだね」とアルフォンスが焼け焦げたマンドレイクに正直なコメントを述べる。確かに、でっぷりと太った全裸の中年男の黒こげ死体のようだ。

「しかもまだ小さいのぉ、よし、やり直しじゃ」
「てんめぇー!!こっちがどんな思いでこんなやべえモン引っこ抜いてきたと思ってんだ!!こンの野朗ッ!!」

額縁をガタガタと鋼のが乱暴に揺さぶりまくってやれば、絵の中では大地震の最中のように、ミランドラが大きく揺れ動いて、必死にあのいつもの岩にしがみ付いている。岩にしがみ付きながら聖人とは思えぬ乱暴なスラングで罵りの言葉を上げ、更に鋼のが乱暴に絵画を力任せに揺さぶった。内心少しいい気味だ、と思ったためしばらくしてやからようやく鋼のを止めてやったが、鋼のの怒りは収まらないらしい。もう一度行けだと?金を貰えると言われたって謹んで辞退したい。



鋼のがそれを引っこ抜いた瞬間、遠くから黒板を爪で引っかいたような音が聞こえてきた時には流石にぞっとした。
だが鋼のはもっとぞっとしたらしい。うわあああ!!と見るからに声を上げて自分の手に持ったマンドレイクを振り回す。みればそのグロテスクな生き物は、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら体中の力を振り絞ってとんでもない力で暴れているようなのだ。う、動くなんて事は一言も聞いてないぞ!!!と内心盛大に舌打ちをしたが、相変わらずプロテクターの向こうから、神経を逆撫でされるような嫌な声が聞こえてくる。ぎゃあああ!なんとかしろよ!!ぎゃああああ!!と鋼のが大騒ぎするが、暴れるマンドレイクを大人しくさせる方法なんてのもこれっぽっちも聞いていない!!


そうこう騒いでいるうちに、演習場の明かりがパッパッパと勢いよく付き始める。
まずい、騒ぎすぎた!演習場の様子を確認していた私の腕を、鋼のがぐいっと引っ張った。マンドレイクはその体のどこにあるのか分からないほどの力で持ってして、土の中へと帰ろうとしているのだ。鋼のがマンドレイクの体の部分をぐっと押さえるが、今度は指を噛まれて大騒ぎする。その時、鋼ののプロテクターが大きくずれた。まずい!

気がついたときには、私は発火布でマンドレイクをすっかり焼いていた。
それからは死亡した(?)マンドレイクを抱えて大急ぎで車へ戻り、大急ぎでここまで帰ってきたのだ。



「じょ、冗談じゃ、冗談!別に死んでおろうと新鮮なら問題はない!!このままだとこっちの男が死ぬぞ!」
「鋼の、いい加減に止めてやれ。それに彼がへそを曲げて薬の作り方を教えてくれなくては困るんだ」
鋼のは乱暴にまた絵を壁に立てかける。
絵の中はすっかりぐしゃぐしゃで、土煙が舞い、その中でミランドラが盛大に堰をするのを見て、多少は良心が咎められたが、必要な情報をまるでくれなかった彼も悪いのだ。せめてこれ位の仕返しがあったとて構わんだろう。


「ったく、近頃の餓鬼は乱暴だな。これならまだオスマントルコの連中の方が礼儀正しかったぞ」
ミランドラはまた聞いたことのない国か何かの名前を吐き出して、グチグチと文句を言いながら、すっかり埃だらけになったローブをはたいた。


やがて、そのどろどろし、臭く黒い液体が完成した。
どう丁寧に表現しようとしたって、下水のヘドロを煮立てたようでしかないが、ミランドラは絵の中で満足そうに「初めてにしては上出来じゃ」などと機嫌よく言う。だが鋼のはどろどろとしたその液体をお玉ですくったり、どろどろっ、と鍋の中に落としたりしては、うげぇ…死んでも飲みたくねぇ、と呟く。私もそれには同意見だ。ま、てよ…


「という事は、まさか、これをハボックに飲ませるのかね?」

ミランドラは「当たり前じゃ。じゃなきゃどうやって摂取させるのかね?点滴か?ん?静脈に入れた瞬間死ぬぞ」と減らない口を叩いている。
そうか、飲む、のか。調合する際のグロテスクさを思い出す。死んだと思ったマンドレイクは結局目を回していただけで、いざナイフで切り刻もうとした時、それはそれは神経に障る声で喚き出したが、鋼のの子供特有の無邪気な残酷さというかなんというか、あっさりとナイフでマンドレイクを真っ二つに切ってしまった。おおーすげー、なんか透明な汁がでてきたぞ、なんてアルフォンスと一緒になって好奇心に正直な二人を他所に、しばらく根物の野菜は食べられるまい、と一人確信する。

マンドレイクの声で死亡するというのは、引っこ抜いた直後であったから幸いだったものの、どうにも気分が悪い…。が、しかし哀れなのは私ではなくこのグロテスクなものを飲まなくてはならないハボックだ。

「よし、それをたっぷり掬って、この男の口に流し込んでやれ。あとは勝手に胃に垂れていくだろう」
「りょーかい。アル、少尉の口をあけさせてくれ」
「うん、わかった」

あ、余り手荒なことはしてやらないでくれたまえ、と私が哀れな部下に情けを掛ける間もなく、アルフォンスがガッとハボックの唇に手を突込み、ぐぐぐ…と力任せに口を開けさせる。「体が固まってて、うまく開かないや」などと無邪気な声で言う。「いいって。ちょっと開けといてくれりゃ、口に入るだろ」と鋼のは、とうとうあの臭いヘドロをハボックの口へとたっぷりと流し込む。「垂れても気にするな。口に突っ込んでやれ」とはミランドラの言葉だ。こんな時ばかりは忠実に従い、鋼のがぐいぐいと臭くグロテスクなヘドロを押し込んでいく。


は、ハボック……なんというか、すまん。本当にすまん。





ふいにハボックの目が瞬いた。
その瞬間、ハボックは言葉にならない言葉と一緒に口に詰め込まれていたグロテスクなヘドロを吐き出して、盛大に咳き込む。生きていたか、と部下の生還に安心するのと、これ以上グロテスクで哀れな光景を見物しないで済んだという安堵、どちらの方が大きかったかは正直には分からないが、もんどりうって「臭っ!」「苦っ!!」「舌がピリピリする!!」と喚いて七転八倒するハボックに、わたしはほっと息をついた。

「やった!少尉が蘇生したぞ!」
「別に死んではおらんだよ」
「すごいよ、にいさん!」

喜んで手を打つ二人と、もう興味もなくしたかのように星を見上げ始めるミランドラを他所に、七転八倒しながら喚き散らすハボックはそのまますってーん、とベッドの下へと落下する。まさか薬の具合が悪かったか?

「おい、大丈夫かね、ハボック」
「あ゛、だ、だいざ…なんか口が、口がヤバイ、っていうか、なんか体がゴギゴキ音がするんすけど…!」
「……死後硬直だな」
はぁ?と眉を顰めて、舌がビリビリとするのだろう、真っ黒な舌をべろっと見せたままのハボックに溜息を漏らす。ミランドラが後ろで「しばらくストレッチでもすりゃ元に戻る。水などは急には飲むなよ。内蔵がまだ働かんでな」とようやくアドバイスらしいアドバイスをくれたが、ハボックはまた「え、え、絵がっ、絵が喋った!」と本日3回目のギャグを飛ばしてくれる。

「アルフォンス、鋼の、水を汲んできてやってくれ。せめてうがい位はさせてやろう」
「しゃあね。アル行くぞ」
「あ、待ってよ、にいさん!」
さっさと歩いていった鋼のを、アルフォンスががしゃがしゃと音を立てて追いかけていく。ハボックはシーツと一緒に床に転がったまま、しばらく腕で舌を拭ったりしていたが、やがてはっと思い出したように立ち上がろうとしたが、しかしまだ硬直していた身体のせいか、上手く立ち上がれず、また床へと倒れこんだ。だがそれでも立ち上がろうとし、我武者羅に身体を引き起こそうとする。

「まだしばし安静にしていたまえ。お前の肉体はおよそ半日は死んでいたんだ」
「なんすか、それは…。そんなことより、夢子は、夢子は今どこにいるんですかッ!?」

ハボックは腕を伸ばし、私の胸倉を掴んだ。ハボックの表情は真剣そのもので、不安と焦りが見えた。
“そんなことより”か。自分の肉体が半日死んでいたことよりも、夢子の行方が気になるのか。我が部下ながら人の良い男だ。だが、こいつを喜ばせてやれるような事は何一つない。その夢子は、マンドレイクを取りに行ったっきり戻ってこないのだから。おしゃべりなミランドラも押し黙り、私も押し黙った。そんな様子に苛立つように、ハボックは未だ身体をコントロールできていないくせに、腕に力をこめて私を揺さぶる。


その時、中尉が軍から帰ってきた。
「なんですか、この臭いは…は、ハボック少尉!!」
よかった…、というようにハボックに駆け寄った中尉には、ハボックも私の胸倉を掴む腕の力を脱力させていった。
「何がどうなってるのか、俺にゃさっぱり分からない。だけど、俺は全て聞いたんです」


「……あの男、あいつは危険です!」









夢子を抱き締めていた男を、俺は追いかけた。
尾行がバレるとは全く考えていなかったが、男はすーっと人通りの少ない路地裏へと入っていった。俺はある程度の距離を保ち、男の曲がった通りを曲がれば、男がこちらを向いて立っていた。しまった、と思った。だが男はそのキレイな顔に笑みを浮かべ「僕に何か御用ですか?」とまるでどっかの良家のお坊ちゃんのようなお行儀の良い発音でそう言った。言葉ばかりは疑問系だったが、コイツに何かの確信があっただろう事はすぐに分かったし、これ以上は無駄だと判断し、俺は隠密にこいつの素性を調べ上げる、という事から、直接全てを聞きつけるという路線へとシフトした。


「夢子について聞きたい事がある」

夢子の名を出した途端、それまで嫌味なほど品良く微笑していた男の目が殺気立つようになった。だがそれも一瞬の、極僅かな瞬間のことで、男はすぐにまたさっきの笑みを浮かべる。だが俺にはどうもその笑みはうそ臭く、奇妙で、歪なものをみているような気がした。ピエロ、とでも言うんだろうか。笑っているのに、笑っていない。そんな顔。
こいつ、ただのサーカス団員じゃねぇな、と俺はすぐに確信した。

「どこかの店にでも入りましょうか」
「いや、時間はとらせない。単刀直入に聞きたい。…夢子をどうする気だ?」
「どうする気?」
男は今度は無垢なまでにきょとんとした。
まるで俺の言っている言葉の意味をまるで理解していません、理解できません、という顔だった。外国語でも聞いたような男の様子には、俺も内心で首をかしげた。夢子をどうこうするつもりだったとしたら、何かもっと別の反応があっても良いもんだが、なんだこいつは…。


「貴方は誰?貴方こそ、夢子をどうする気なんですか?」


キレイな顔に似合わない、妙に鋭い声だった。俺の方が萎縮するような、声。
男はふいっと俺にそっぽを向いて、また歩き始めた。しばらく俺は動けなかった。動いてはいけない、と直感した。だけど、このままコイツを見逃す訳にはいかない。まるで石のように重たくなった身体で、男を追いかけた。男は前を歩きながら、ぽつり、ぽつりと俺に話しかけた。淡々とニュースを読み上げるような声は、さほど大きな声を上げていた訳でもないのに、はきと俺の耳に聞こえてきた。まるで耳元で囁かれているように、はっきりと聞こえた。


「貴方、軍人でしょう」
「ああ、軍服着てんだ。見りゃ分かるだろ」
「夢子は、軍で清掃の仕事をしているそうですね」
「ああ、俺が仕事の口を見つけてきてやった」
「彼女は、事件とは何の関係もありませんよ」


そこで男は足をピタリと止めた。俺も息を呑んで足を止めた。
男がゆっくりと振り返った。その目が触れれば指先が切れるだろうと感じるほどに、冷たく細められていた。だが、何故だか笑っているようだった。



「全て僕がやったんだから」