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最初の子の事はよく覚えているよ。
大人しくセントラルでの調査を続けていた頃、よく利用したレストランのウエイトレスだった。19歳の、金髪の女の子だった。僕を見て、僕を好きだ、と言い出した。僕を運命の人だ、と言い出した。僕は彼女が望む通りの「恋人」として生きた。そうすれば、もっと安らげるかと思った。そうやって、皆自分じゃない誰かの存在を受け入れていくのだと思った。
だけどすぐに僕を異常だと言った。僕のこの魔法族としての力を知ってしまったからだ。
消してくれ、と言っていた。あなたとの思い出を、全て消してくれと。だから消してあげたんだよ。そしたら、自分の事を全て忘れてしまった。何も言わない木偶(でく)になった彼女を、僕は億劫に思った。
いや、最初から全てが億劫で、煩わしかったんだ。せっかく僕のニルヴァーナを見つけたというのに、結局人間の本質は何も変わらない。全てが億劫だった。彼女を近くのパブに紹介したんだ。そうしたら沢山のお金をもらった。それから何だか愉快な気持ちになった。どれだけ上等なアルコールを飲んでも、モルヒネを吸っても、きっとあれ程愉快な気持ちになる事はないだろうね。とにかく、愉快だった。いっそ快楽だった。享楽的に、僕は沢山、沢山売った。女性という存在に、僕が勝(まさ)ったと思った。
この世界で、僕に勝てる人は誰もいない。誰も僕を虐げる事なんてできない。誰も。
僕は、元々人間が嫌いなんだ。特に女性が嫌いなんだ。金髪の女。
僕を産んでしまった母親。
しばらくしてから、サーカスに入った。
誰もが僕のショーを見て、気が狂わんばかりに興奮して、僕を知りたいと、僕の全てを見たいと目を血走らせ、腕を伸ばし、僕を求めた。でも、誰も僕を理解する事はできない。誰も僕を知らない。僕は、神に等しい存在なんだ。僕を理解できる筈がない。僕は人間ではないのだから。そう理解した時、ようやく安堵した。女性なんていう、あんな無力で下等な生き物に脅えなくても良い。途端に、なんだか全てが面倒になった。ささやかな快楽にも飽きてしまった。収入も十分だった。だからもう女性を売るのはやめようと思った。適当に男を見繕って、それでお終いだよ。
もう終わり。ゲームは全部、おしまい。
そうしたら、夢子が現れたんだ。────まるで運命だ。
ゲームをやめようと思った時、僕と同じ力を持ち、僕と同じ髪色を持つ夢子が現れた。運命だよ。これこそが啓示だよ。夢子は僕を知っている。僕も彼女を知っている。同じ力を持っている。僕達は、同じ世界を共有する、たった二人の存在。僕らは、同じ。
夢子なら、僕の全てを受け入れてくれる。
夢子なら、僕を理解してくれる。
夢子なら、僕を救ってくれる。
僕は、夢子だけの味方だよ。
そう言って男は、ゆっくりと、棒切れを俺に突きつけた。ただの木の棒だった。
銃でもなんでもない、ただの棒だ。だけど俺は腹の底がぞっと冷水を浴びたように冷えていた。こいつは異常だ、と思った。頭のおかしい男だ。だけど、そんな言葉で表現できるような物じゃなかった。あのキレイな顔をゆがめて、ひっそりと笑う。笑っているのに、笑っていない。無邪気な子供にも、年老いた老人にも見えた、あの奇妙に泣き出しそうな笑み。冷たい笑い。
俺は咄嗟に腰のホルスターに手を伸ばしていた。
「そっから、気がついたらここでクソマズイどろどろのモンを口に突っ込まれてた、っつう訳です」
ハボックの話が終わると、病室内は、しんと静まり返った。皆が一様に眉を潜めて、男の異常性にぞっとしていた。すっかり汚くなった軍服を脱いで、白いシャツと病院のズボンに履き替えていたハボックも、男の奇妙さをどう表現すれば良いもんか、と苦虫を潰したような顔をしている。異常性癖。快楽犯罪。ただの頭のおかしいストーカーか何かの戯言ならば良かったが、アーサーという男は実際にその異常性に伴った能力を持っているというのだから厄介だ。
「その男…アーサーも黒髪、か」
私を襲った男、オリバー・ブラウンは、もしや“黒髪”の私を見て、アーサーと見間違えたのではないか。
いや、きっとそうに違いない。
オリバー・ブラウンが働いていたあのフラメル教会は、その“魔法界”とやらと関わりがあるようだ。アーサーももちろんその存在を知っていたのだろう。そもそも、教会の火事は不審火だ。もしかしたら、アーサーが教会に火をつけたのかもしれない。何故だかは分からないが、アーサーは、魔法界と関わりのあるミランドラもろとも、魔法界との関わりを断ち切ろうとした。だが、実際、絵は売却目的で運び出され、ミランドラは生きている。やがて新聞か何かで焼失した筈の宗教画がゴミ捨て場に捨ててられていたというニュースを耳にし、自分の失敗に気がついた。そこでアーサーは、オリバー・ブラウンに接触し、何かをした。絵の行方を聞き出そうとしたのかもしれん。
そこでオリバー・ブラウンは何か恐ろしい物を見た。悲鳴を上げた。
そこへ、我々が駆けつけた。────アーサーと同じ、黒髪の私が。
そして病院に送られたオリバー・ブラウンは、結局アーサーの手によって殺された。
悪魔、と呟いていたのは、アーサーの事ではなかっただろうか。確かに、神というよりは悪魔だ。
「だが、まずは、アーサーを捕獲しなくて始まらない」
病室に集まった面々の表情に、私は知らず笑みが浮かぶ。なんとも頼もしいことだ。
「サー・ミランドラ、アーサーの行きそうな場所に心当たりはありますか?恐らく、そこに夢子もいる事でしょう」
ようやく、サーを付けおったか、若造め、とやはり偏屈な老人然として呟き、ミランドラが顔を上げる。
「アーサーの行く場所なぞ、フラメル教会以外のどこでもないわ。全てはあそこから始まったんだから」