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当直明けの会議は、最悪だった。
当直明けで、ようやく2時間の仮眠を取って、ようやく一服吸って人心地ついたばかりで始まったミーティング。「普段ならば演習場で薬莢が落ちていた。全部拾って数確認するように言っただろうが」とか、「軍服姿で街で女ナンパするな。軍のイメージダウンだ」とか、「某所で連続暴漢野朗が出たから市内巡回を増やすように」だとか、そんな事の確認と報告で終わる筈のなんて事のない通常の早朝会議。
しかし、今朝は、何故か議会のお偉いさんと軍の上層部の狸ジジイまで参加してきやがったんだから事態は大きく変わる。
軍の上層部にでっぷりと座りついて離さない狸ジジイならば、まあ軍属だという事でともかく(それにうちの上官は偉く上層部に煙たがれているから、時折嫌味や嫌がらせに顔を出すことが多々あるのでさほど驚かない)、議会から政治家まで出張ってきやがった。これでハッピーな空気が広がる訳がない。そんな事、1ミリたりともありえない。俺達下っ端をホテルのボーイか下僕だと信じて疑わないお偉いさんは、こんなただの一部署の一会議室に高級ホテルのクオリティを求めてくださる。やれ椅子が固いだの、カーペットが汚れているだの、掛けられた絵のセンスが悪いだのと文句を垂らし、ホークアイ中尉が茶を出してやれば「ふん、女性軍人もこういう時に必要だな」とセクハラ発言まで連呼する。中尉はにこっと微笑んだだけだが、後が怖い。俺どブレダとファルマンとフュリーはぞっとする。恐らく大佐も肝を冷やした事だろう。あいつ、今自分が死線越えたのぜってぇ気づいてねぇだろ…。
しかし大佐は流石なもんで、そのムカつくほどに整った顔に苛立ちのひとつも見せずに、ただ淡々と連絡を伝える。とっとと会議を終わらせてとっととお帰り願いたいというのが本音だろう。
「今朝、軍と議会にこんなものが届いた」
見せられたペラい紙一枚に俺とブレダは顔を見合わせる。
『セントラル劇場で行われる“落下の女王”の演目を中止させろ。でなければ女王は死に、軍と議会は血に染まるであろう』
いっそ賞賛に値するほど、古典的な脅迫文だった。
しかし、その後に続く長々しい口上になるほどと頷く。要するに
『この舞台の演目の内容は反社会的であり、道徳心に欠け、社会に悪影響を及ぼす不埒で破廉恥な劇だ。もしこの忠告を無視し、舞台を続けるのならばアメストリス軍中将ウィルヘルム・フォッカー、アメストリス国上院議員アルベルト・ハインケルを見せしめとする』
それが送られてきた脅迫状の内容だった。
脅迫文の書き方なんて指南書があるのかと思うほど古典的な脅迫文だ。
破廉恥な劇だって?そりゃ良い!ぜひ見物に行こうじゃないか、とどんな宣伝文句よりも好奇心をくすぐられるが、しかし名指しされたお偉いさんとしてはそんな気分になるはずもない。そりゃ雁首揃えて朝っぱらから軍までおいでになるわけだ。しかも、下っ端の俺たちには公開されないが、どうやらただの脅しではないと証明する為か、その偉いさんらのかなりプライベートな事柄まで調べ上げられているらしい。
「よって、我々は現在からフォッカー中将とハインケル議員の護衛を担当すると共に捜査に乗り出す」
ぶつぶつと文句を言いながら、お大名行列で立ち去っていったフォッカー中将とハインケル議員を見送った。何度も俺たちに「大丈夫なんだろうね?」とか「うちには年頃の娘もいるんだ」「万全の警備を整えてくれるんだろうな?」と訴えていた二人を見るうちに、どうもうちであんなふんぞり返った態度でいたのが“虚勢”だという事を理解してしまい、俺は内心で顔をしかめた。本当は脅えていたというのに、議員だとか中将だとかいう肩書きが一人の人間としての不安を表すことを拒絶していたのだ。
「しかし、この脅迫状、どっかの思想犯の犯行にしちゃ変ですね」
卓上の脅迫文を見下ろしながら、ブレダが首を傾げる。
こいつは見た目こそ脳みそ筋肉だが、実際はなかなかのインテリだし策士だ。そのブレダの発言に大佐が頷く。
「この脅迫文には犯行グループの名前がない…そうだろう?」
「ええ。普通この手の思想犯は自分が社会を変えていく先駆者であり先導者だと本気で思い込んでいるので、誰が社会の導き手かを市民に知らしめるために企業のロゴや宣伝文句のように組織名や主犯の名前が書かれているモンですけどね」
確かに、ブレダの指摘した通り、反社会運動だの“右”だの“左”だのの組織は、自分達の活動を英雄視するため“俺がやってやったんだ!”と大衆に知らしめるために臆することなく実名や組織名を名乗るものだ。この脅迫文は、この舞台を「社会に悪影響を及ぼす不埒で破廉恥な舞台」とし、それを理由に二人の人間の命を天秤に掛けている。確かに近頃の舞台や映画ってのは、保守派や懐古主義の人間にとっちゃあまりに“あけっぴろげ”すぎるとかでよく論争が起こる。それを阻止したいというのなら、誰が社会の憂いを取り除こうとしているのかアピールすべく、組織を名乗るべき脅迫文だ。
────なぜ名乗らない?目的は舞台の中止ではない、のか?
「これから舞台関係者に事情聴取に向かう」
言い終わらないうちから、軍服の上にコートを羽織った大佐。その頭の中にはとっくに『公演中止が目的でない』、という結論が出ているのだろう。大佐は「ブレダは護衛人員の指揮に当たれ。ファルマンは二人の関係性と経歴を洗え。フュリーは報告書の作成。ホークアイ中尉は思想犯などのグループから該当しそうな組織を洗ってくれ」とテキパキと指示を下していき、みな直ぐに行動に移す。…あれ?俺は?
「大佐、自分はどうするンすかね?」
「私と一緒に舞台関係者の捜査だ」
「…中尉でなくて?」
「そうだ」
「副官でなくて?」
大佐は心底面倒くさそうな顔をして、ちらりと中尉の立ち去ったドアを見送ってから溜息と共に吐き出した。
「この主演女優は私の“友人”だ」
面白くない。あー、面白くない。
大佐はもはや開き直ったのかしれっとした態度で車に乗り込み、その“友人”だとかいう女優についての注意事項をざっと話した。
美しい女だが女優という人種によくあるように、舞台だけでなく全てのコミュニティにおいて“たった一人の女性”扱いしなくてはいけないこと。つまりコーラスガールをちやほやしたり、他の女の話題を口にするな。この地上に女は彼女一人であるかの如く崇めろってことだ。それでいてやたらと「美人」だとか「素晴らしい女性だ」なんて褒めないこと。そんな言葉は聞き飽きている。それから軍人の粗野な態度を何より嫌っているから、紳士的であるよう勤めること。……つまり、俺に喋るなって事だ。空気になって大佐の後ろに突っ立っていれば良い。
しかしなるほど。そりゃ中尉を連れて行くわけにゃいかない筈だ。なんせ中尉は頭も良い上、物腰もスマートだし、かつ身内の欲目を除いたってとびっきりの美人に違いない。女王様のご機嫌を損ねてしまうのは得策じゃない。
車はすぐにセントラルでも高級ブティックやホテルの並ぶ富裕街へとやってきた。
目当ての場所で車を止めた俺は、フロントガラスからその劇場を見上げる。──まるで城だな。
何度か「大人のデートの夜に。ティファニー劇場」なんて書かれた特集記事を悲しきかな読んだことがあるが、一番安い三等席でもその値段に目玉を飛び出したことがある。しかもこんな場所にはドレスコードがあるらしく、ケチな給料しか貰っちゃいない俺にとっちゃ、つまり全く縁のない場所だ。セントラル市民でありながら初めて足を運ぶ。
劇場は俺の乏しい知識じゃわからんが、「まるで城だ」とすぐに思うような豪奢な作りだ。
大理石を惜しげもなく使った豪奢な外装には、胸元を露にし、それでいて下品でなくむしろ高貴な女そのもののような女神たちがいくつも彫られている。乳白色の外壁は薄汚れたセントラルの空気の中にあってもつやつやと輝き、財布の軽い人間をおのずと遠ざけるような高級感に溢れている。
実際、ここはアメストリスの上流階級の人間の社交場でもあるらしい。
議員や高級軍人、金持ち連中が夜な夜な集まっては、高度なジョークとアイロニーの会話をシガレットとワインの中でチョコレートでもつまみながら交わすのだという。…とっとと爆破しちまえ。
「舞台関係者に聞き込みだ」
「Yes'sir」
“でくの坊”に徹することに決めた俺は、臆することなくふかふかの絨毯を歩きだした大佐の後ろについてった。