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「どうも劇団の連中は妙な結束力があって、油断できない」
ブレダがそう愚痴ったように、確かに劇団の連中は“新入り”の俺達を警戒しているようだった。
軍でテントだの小屋だのをあっという間に組み立てたり、塹壕掘ったりだなんだの器用さを認められているブレダは劇団に新入りの大道具係として入り込んでいたが、いくら大工仕事ができようと、劇団というコミュニティが持つ独特のセンスというものを持ち合わせちゃいないブレダは随分苦戦しているらしい。
それにしても、劇団の出入りの多さは支配人も認めるところで、それを利用して潜り込んだわけだが、どうも新顔には厳しいらしい。
俺の方は“プリマドンナの護衛”として、警備課に潜り込んだ。もちろん、退役軍人として。
民間の警備会社にプリマドンナの護衛だの劇場にくるVIPの護衛をさせているが、この警備会社の社員のほとんどが元軍人。下手に任務を探られるより、俺も退役軍人としてもぐりこんだ方が得策だ。なにせ辞めた職場の人間に良い感情を持っているとは思えない。
そして、今後の警備体制だのプリマドンナのスケジュール、訪れる客のチェックなどの本職をそのまま引き継いでいた。
大佐はゲリン関係でのイシュヴァール関係者の怨恨路線のほか、もうひとつ、劇団員の内部争いの説で攻めていくつもりらしい。
イシュヴァールはともかく、劇団の内部争いに目星をつけた理由は俺にはちっとも分からないが、いつだって大佐の「勘」は後になって結果がちゃんとついてくる。今回もそうだろう。
ゲリンというのは、内戦以前、イシュバール人区域を含んだ田舎だった。
ゲリンという地区の中にイシュヴァール人の居住区域が接しており、そこではセントラルであるような摩擦や衝突といった問題もなく、比較的穏やかにイシュヴァール人とアメストリス人が共存していたという。イシュバール人の子供達は独自のコミュニティに含まれる学校に進学することが多かったが、ゲリンでは民族や宗教の隔てなく同じ学校に通っていたという。もっとも、これに関しては学校の数の少ない田舎であったからだ、という説もある。
どちらにしても互いが互いの文化を尊重しあい、共存していたという。
そしてイシュバール人とアメストリス人での婚姻も多かった。
しかし内乱も激しくなる頃には、築き上げられた関係はあっけなく壊された。
ハインケル議員は、内乱が始まる以前から、このゲリンで市長をしていた。
フォッカー中将は、当時は少将であり内乱でゲリンのイシュヴァール人を殲滅した。
これはどう考えてもゲリン出身のイシュヴァール人の怨恨で間違いないだろうということで、現在ホークアイ中尉が調査をしているが、少将が中将に出世するほど完璧に「殲滅」した民族の生き残りの足取りを追うのは中尉の有能さを持ってしても困難らしい。そもそもそう大してイシュヴァール人の人口がいたわけでもないゲリンで、生存者の足取りを追うってのはほぼ不可能だろう。国家的に排除する民族の生き残りなど、記録に残すのならば全て排除しようとしたのだから…。
そしてただでさえ少ないイシュヴァール人を殲滅させるには多すぎるほどの戦力で持ってゲリンを戦場にしたんだ。
生き残りがいるのかすら怪しい。あれは戦争でなく殺戮だった、とゲリンに参戦した軍医の証言が残っている。
分かってはいたが気分の良い話じゃない。
……イシュヴァールの英雄なんて担がれた大佐は…
「しかし何故この舞台を巻き込む?怨恨ならばとっとと二人を闇討ちして殺しちまえば良いのに」
現状今日を纏め上げた調査資料に目を落としながらそこまで考えた俺の思考回路を止めるように呟いたブレダの言葉に顔を上げる。確かにあの脅迫状を出したのがゲリン出身のイシュバール人であるならば、この二人、特にフォッカー中将は憎いだろう。
脅迫文を出せば、二人に護衛がついて闇討ちもしにくくなることは間違いない。
ましてや純粋に二人を憎んでいるのならば、この「落下の女王」の中止を要求する必要もない。
目的が二人の殺害か、この舞台の中止か、どちらにあるのか見えない今、どっちにしても、ゲリン出身のイシュヴァール人路線と平行して舞台関係者を調査するしかないのだ。
支配人から要求して作られた俺とブレダの仮眠室兼事務所には、ゲリンに関係する資料からハインケル議員やフォッカー中将についての調査票が早くも山積みになっている。そこに日持ちする食料や簡易ベッドなんかが散らばりただの物置部屋だった部屋はすっかりセーフハウスのような有様だ。
「そういや夕方夢子が走り回ってんの見たぞ」
持ち込んだサンドイッチを食いながらブレダが言う。
夢子が走り回っている様子は俺も何度か目撃したし、実際声まで掛けたのだが夢子の耳には届いちゃいなかったらしい。両手に高級ブティックの紙袋ひっさげて、更には花束まで抱えて、まるでゼンマイでもついたネズミのようにあちこち走り回っていた夢子の様子を思い出して苦笑する。今回一番の貧乏くじはアイツかもしれねぇな。
「女王サマの下で修行させてもらって、ちっとは色気つけさせてもらうと良いさ」
あれで二十歳だっていうんだから恐ろしい。
本人も認めるところだが、どうも夢子はアメストリス人の遺伝子よりもシン国寄りの人間らしい。シンの人間は食ってるもんの違いなのか遺伝子ってやつの違いなのか、アメストリスの人間よりも随分小柄だとは聞いちゃいるが、変なもんだ。人種の違いってやつは。
「そのエカテリーナって女だが、大佐の女だってのは確かなのか?」
「確かすぎて殺意すら沸くね。もっとも、女王サマには大佐の他に連れて歩く用の男だの、一緒に食事する用だの、一緒にポーカーをする用だののボーイフレンドがいるみてぇだけどな。そりゃ大佐も一緒か。お互いがお互いをブランド視してる。馬鹿なカップルだよ」
「そういやローリーがこの間栗毛の女連れてる大佐見たらしいぞ。それも結構な美女」
「……大佐がいなくなればあの人が独占してる女の何人かは俺達に分配されるんじゃねぇのか?」
「独占禁止法はモテる男には適用されないし、女には自由意志と選ぶ権利がある」
結構な量だったサンドイッチを一人で平らげたブレダは自分から女の話題を振っておいてもう興味をなくしたらしい。
負わなくても良い精神的ダメージを受けた俺を放置して、資料に目を通し始める。俺も同じように資料の山から無造作に手を付けて読みだしたのがフォッカー中将の資料だった。そこにあったプロフィールに俺はにやりと笑ってブレダに突き付ける。
「ほら見ろ、コイツも独身だ。中将も少尉も女の前では平等なのさ」
「中将なら少尉と違って、金と地位に目ぇくらませた女がよってきそうだがな」
ブレダは興味もないらしくこっちを見もせずに自分の資料をもくもくと読み漁る。
っち、モテねぇって点じゃ一緒だろうにコイツの余裕はなんなんだ、と舌打ちしてフォッカー中将の資料を眺める。女も百人いれば中にはマニアックな女もいるもんで、軍服姿に男らしさだのを感じるなんていう素晴らしいタイプもいる。もしくは軍人であってもひいては公務員であるという安定した給料に魅力を感じる素直な女もいる。
フォッカー中将は確かに56歳と若くはねぇが、若い頃だって見てくれがそう悪いタイプだったようには見えない。
白兵戦よりも重火器の扱いに優れていると書かれている通り、俺やブレダのような筋肉タイプでなく、どこか神経質そうな細い唇やきっちりと整えられた髪にインテリさとエリート階級を感じる。と、言やぁ聞こえは良いがこいつをインテリだと感じるのか根暗そうだと感じるのかは二極化だろうな。女に嫌われるタイプの顔じゃねぇが、その年まで独身であるからにはよっぽどの何かがあるんだろう。
俺はこうなる前にナイス巨乳を捕まえさせていただくとしよう。
「こちらと連携するつもりがないのなら鼻ッから巻き込まないで頂きたいな」
コーヒーの煙を顎に当てながらそうもらしたマスタングにファルマンは内心で溜息を漏らした。
目と鼻の先にはフォッカー中将の部下がずらっと直立不動の姿勢で立ち並び、主の登場を待っている。その連中を前にごく小言ではあるがぼそっと呟くマスタングはなんと図々しい心臓を持っているのだろうか、とファルマンは胃が痛くなる。ここはセントラルの軍にあるフォッカー中将の執務室だ。と言ってもマスタングの執務室のように大佐のデスクと一緒に部下のデスクが並んだごく事務所のようなつくりではなく、中将個人の部屋があり、ここはそこに通されない客のための応接室だった。この応接室に通されたということはフォッカー中将は彼個人の執務室に入れるほど大佐を信頼も信用もしていないという事を如実に表しており、あくまで警備係り程度の認識であることはファルマンにもよく分かった。
しかも今は夜の11時過ぎ。
フォッカー准将の方から「ハインケル議員と個人的、政治的な付き合いはないが関係した事があるとするならばゲリンの件だろう」という文章が突然送り付けられ、その件で話がしたいと呼び出されたのだ。
ホークアイがすぐに調べ上げた経歴について、自分のことながら思い出すのにこんなに時間が掛かったのだからよっぽどハインケル議員についての印象がなかったか、あるいは隠して置きたかったからだろうか、と目星をつけて夜間であるにも関わらず呼び出しに応じてやったというのに、応接室に待たされたっきりもう四十分は過ぎようかといった時間だ。いくら軍職で慣れているとはいえ、何の動きもないまま三十分立たされるファルマンもいい加減じれったい。しかし目の前で直立不動で立つフォッカー中将の部下も同じこと。ならば根競べだ、とファルマンが内心で決意を新たにした頃、ようやくフォッカー中将が現れた。
それもひどく不機嫌な顔をして。
「マスタング君、職務に忠実なのは良いことだが、こんな時間に呼びだしとは一体どういう用件かな?」
────は?
乱暴に自分の執務室の扉を閉めた大佐に、執務室に残っていたホークアイとフュリーは表情を曇らせる。
何かあったに違いなかった。大佐は怒鳴り声をあげるわけでもなく、掴んでいた紙をデスクにたたきつけた。それはあのフォッカー中将からの呼びだし文句の書かれた紙だった。ここに確かに書類がある。そしてこの書類は軍の施設内にいる部署と部署をつなぐ電話交換手によるものだ。それなのに、
「私は君達を呼び出した覚えはないし、ゲリンについて君に意見した覚えもない」
そう言い放ったフォッカー中将の不機嫌な顔は事実のようだった。
四十分も待たされた、と思っていたマスタングとファルマンだったが、実際にはフォッカー中将は部下からの「マスタング大佐が脅迫状の件で、至急確認したいそうです」という報告を受け取り、深夜にも関わらず律儀にも軍の近くの自宅から大急ぎで駆けつけたのだ。そうするとその四十分は、「四十分も」ではなく「たった四十分で」という言葉が正しい。
最初に、大佐宛てにフォッカー中将からの呼び出しの書類が届く。
次にフォッカー中将の執務室に現れた大佐から用件を聞き、中将の部下が自分が連絡を受けていないものだと考えてフォッカー中将の個人的なホットラインに連絡する。「マスタング大佐が脅迫状の件で至急確認したい事があるそうです」と。そして中将が駆けつける。
お互いがお互いに呼びだされたと主張する。
そして互いの間に残された証拠は、たった一枚の書類。
しかし、大佐の持つ書類のフォッカー中将からの伝聞は電話交換手によるタイピングされた文字であり、中将自身のサインがあるわけでもない。中将が「送っていない」と言えばそれは事実になってしまう。すぐにタイピングした電話交換手に問い合わせれば、その電話交換手の男は先月怪我により退役している者だった。もちろん、今夜軍に来ている筈もない。そして、その交換台の通話や発信履歴にこの書類はなかった。……まるでどこかから突然現れた書類が、マスタングとフォッカーの予定を狂わせている。
一体誰が、何のために?
フュリーがすぐに電話の配線を調べたところ、コードにつもった埃が一部分だけ取り除かれており、そのコードを調べた結果、フォッカー中将に繋がる連絡が盗聴されていた形跡があった事が分かった。
すぐさまフォッカー中将のホットラインや暗号の変換、盗聴された情報の収集などに深夜にも関わらず軍上層部は水面下で蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。埃の蓄積具合などからある程度の期間は分かるものの、一体いつから盗聴が始まったかという正確な日付は分からないだろう…。
「配線をいじる専門的な知識があること。本部に入り込めるとなると軍内部に協力者がいる可能性が高い。…二人に恨みを持つ者。配線についての専門知識がある者。そして恐らくイシュヴァール関係者…。」
大佐の言葉にこの脅迫事件がただの嫌がらせだという線は完全に消えた。
軍の、それも中将などという地位にある者の盗聴までできる人間となればどう考えてもプロの手口だ。
しかも黙っていれば盗聴しているとバレる事はしばらくなかっただろうに、自ら「調べてください」と言わんばかりに注目を配線に向けさせた。つまりもう犯人にとって盗聴の価値はなくなった、という事だ。
「これは捕まえてみろとでも言う挑戦状かもしれないな」
苦々しい顔で大佐は微笑んだ。