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「ハインケル議員とフォッカー中将がゲリンに駐留していた時期は一致しませんね」



ファルマンからの報告に一同眉を寄せる。せめてもの期待だったんだがなぁ…。
大佐なんかは露骨に顔を歪めちまってるしな。
命を狙われている二人の共通点は「ゲリン」というイシュヴァール民族が多く住む地区に駐留していた、という記録でしかなかった。二人は互いに主張する通り、ゲリンで面識があったわけでもなければ、軍と議会という接点のない職場でもあった。しかしこの二人の経歴の上での共通点は「ゲリン」でしかない。



「ハインケル議員は元々ゲリンの市長でした。それもイシュヴァール系市民からも典型的なアメストリス市民からも支持されていた期待のホープ。しかしイシュヴァールの内乱で軍に協力した事によって、イシュヴァール系市民からは糾弾されてゲリンを去っていますが、その後アメストリス系市民団体のバックアップもあり、中央議会で議員をしています」



その後も続くファルマンからの報告につい内心で溜息が漏れる。……イシュヴァール絡みの怨恨、か。
ゲリンといえばイシュヴァール系民族もアメストリス人も仲良く共存していた地域だ。
その一方の民族を裏切り、市役所や学校などで働いていたイシュヴァール系の人間を全てクビにして拘置所送りにするなど過激なパフォーマンスで右派のアメストリス市民の熱烈な支持を得て現在は中央議会で議員をして国を動かしているとあっちゃ、イシュヴァール人の恨みを買うのも当然だ。



「フォッカー中将がゲリンに駐留するようになったのは、ハインケル議員がゲリンを去った半年後ですね。議員はイシュヴァール人からの脅迫や復讐によるテロを怖れてゲリンを離れて身を潜めており、ゲリンの自治権は市長から軍へと移行が完了した頃ですので、やはり二人が面識を持っていた、というのは考えられません」
「分かった。ファルマン准尉は引き続きイシュヴァールの怨恨で二人の身辺調査を続けてくれ」


それから大佐がいくつか俺達に指示を飛ばし、とりあえずミーティングはお開きとなった。






「そういや夢子はどうしたんだ?」
「無礼なゴシップ記者から女王様の護衛さ」


ブレダからの投げかけにそう答えてやれば、そりゃ大仕事だ、とブレダが苦笑で返す。
大佐から正式に、とでも言うのだろうか。きちんとした形で雇われることとなった夢子も、本来ならばこのミーティングに参加して情報を共有すべきところだが、今日はエカテリーナにまとわりつくゴシップ記者の囮となるという付き人の仕事が入っていた。セントラルの富裕層が多く住む地区にある高級レストランの個室で役者や演出家連中との食事の予定が入っていたが、彼女が一歩外に出ればあっという間に信者ややじ馬や記者に囲まれちまう。だから夢子と他の護衛の連中はエカテリーナがさもレストランに向かったかのように見せるために、車で別のレストランへ向かいマスコミをおびき出すらしい。

まるで大総統の警護のような作戦だ。
それが煩わしいがゆえにエカテリーナや歴代の女優の多くは劇場内にある楽屋に住み込むのだという。楽屋といえば聞こえばさっぱりするが、実際には一流ホテルのような内装なんだからプリマドンナさまってやつはすごい。バレリーナの寄宿舎でさえはタコ部屋だってんだから…。
そうして、エカテリーナは劇場という城の女主、まさに女王として君臨しているわけだ。



「さしずめ、今日の会食は女王様の外交だな」
「芸術の世界は政治の世界だからな」
ブレダもここ数日で劇場や劇団の持つ華やかなイメージの裏にある陰湿な部分もよく見てきたんだろう。エカテリーナが食事をするというのは俺達みたいなただの人間の食う寝る遊ぶではない。食事という行為ひとつからでも利益を生むことがある。今夜はパトロンとの秘密の食事だ。この食事一度で一体いくらの金が劇団に“寄付”されることになるのか…。



「にしてもだな、よくあの大佐があんなど素人の小娘を捜査に巻き込むことにしたな」
「そっちのがやりやすかったんだろ。なんせ夢子はエカテリーナの傍を24時間ついてられるからな。それに、大金持ちかつ武器商人かつマフィアの黒幕ウィンチェスター卿なんて大物との関係の手がかりを掴んだのも夢子の手柄さ」
夢子は「ど素人の小娘」ってだけでもねぇが、こういった仕事に関してど素人の小娘である事は違いない。
しかし今は、周囲に怪しまれずに女王様に一番近づける大事な布石だった。


「ま、なんにしても夢子には怪我しねぇようにしてほしいもんだな」
「…おいハボック、あの娘にも労災って降りるのか?」
ブレダの言葉に互いに顔を見合わせて眉を寄せ、それからどちらかたろもなく、守るしかねぇな、と溜息が漏れた。仕事が増えそうだ。









「で、君が噂のエカテリーナさんの新しい付き人なわけ?」



エカテリーナさんの部屋のお客さん用のソファーに座り、足を組んだ美少年は、わたしのことを上から下まで、まるでバッグでも品定めするかのような淡々とした目で眺める。軽くウェーブした黒髪は濡れたように艶やかで、古く美しい湖の底のようにどこまでも深い青色をした瞳は大人びているのに、きゅっと結んだ唇や、赤ん坊のような丸みの残る頬はまだまだあどけなくて、“男の子”から“少年”、“少年”から“男性”に成長する瞬間のような、どっちにも属していない、危うさのある少年だった。


――――アラン・グラント。わたしが間違えてポリジュース薬で変身してしまった美しい男の子だ。



エカテリーナさんの身代わりとなってマスコミや信者を誘導し、すっかりへろへろになって部屋に戻ってくれば、現れたのがこのやっかいなお客さまだ。ノックの音にドアを開ければ当たり前のような顔でつかつかとこの部屋に入り込み、そしてどっかりと来客用ソファーに座ってこの王様っぷり!……うーん、この間変身した時ちょっと弱腰な態度だったかな。次はもっと暴君っぽく振舞ったほうが…って、いやいや、もうポリジュースは使うまい。なんて一人で突っ込んでいたときに、投げられた言葉がコレだ。



「なぁんだ、ぜんっぜん大したことない女じゃん」


グサっ!!と、鋭い凶器が脳天に突き刺さる。
自覚がある上にかつこんな美少年に言われたのでは腹が立つどころか腰から砕けて土下座したくなるくらいのもんだ。あはは、と困ったときの日本人御用達の愛想笑いを浮かべればそれが更に癇に障ったのか、アランは身を乗り出して「大体さ!」とムキになって言葉を続ける。



「アンタ自分の仕事が何か分かってんの?一体誰から紹介されてエカテリーナさんの付き人やってるの?エカテリーナさんが一体どんな人かちゃんと分かってる?アンタみたいな何も分かってないど素人が傍にいて良い人じゃないんだよ?ほんとむかつく!なんなの?できる事ならボクがエカテリーナさんの付き人になりたいくらいなのに!」



そう早口で捲くし立てたアランは、不快感に顔を歪めて「さっさと田舎へ帰れ!ぶすっ!」と吐き出してそっぽを向いてしまった。……く、くそがきめ…っ!!と手に拳を握ってしかし顔には大人として、日本人代表として、曖昧な笑みを浮かべて「あらあら」なんて言っているけれども、少年よ!今ここで私が杖を握っていなかったことに感謝したまえ!!でなければフェレットにでも変えてしまうところだぜ!!


「ふん、言い返せないみたいだね。アンタがたとえ支配人の隠し子だって、ボクには全然怖くないもんね」
「って、いうかわたし支配人の隠し子じゃないんですけど…」
その噂デマですからね、デマ、と付け加えて、とりあえず大人の対応としてこの珍客かつ暴君かつ王様かつ大事な俳優さまにお茶のひとつもお出しいたしましょうええ、とアランに背を向けたけれども、まさかの台詞に思わず振り返る。


「はぁ?デマ?」
「そうです、デマです。あー、そういえばグレッグも同じようなことを言ってたような…」
「グレッグが!?」
大体、日本人のわたしの顔と、支配人のおもっくそ西洋人、白人といった顔のどこに共通のDNAを見出すんだか、と半ばあきれながら噂を否定し、なんの考えもなく出した名前だったけれどアランは異様なまでに反応した。さっきまでのふくれっ面から、こんどは目を輝かせて、すこし頬まで紅潮させて立ち上がった様子を見て、また胸に「?」が浮かぶ。


………なに、この乙女な反応は…?
不審なわたしの顔つきに気がついたのか、アランは慌ててソファーに座って、随分わざとらしくそっぽを向いてしまう。



「な、なんでアンタがグレッグを知ってるわけ?」
「なんでって言われても…。アランさん、はグレッグと仲が良いんですか?」
だってグレッグの服にあなたの髪の毛がついてたくらいだし、とは言わずにとりあえず年下の美少年だけどこの劇団においてはわたしよりずっと大切な少年なので「さん」付けで呼んだ。仲良しは結構ですが、お陰でわたしの計画はぱーだわ、とはさすがに逆恨みもはなはだしい。


「あ、あんたに答える義理はない!」
「そりゃそうですよね〜」
ゆるく流しながら、もしかして、グレッグのことを?い、いやいや、まさか…いや、でも、こういう芸術的な分野には多いっていうし…、あ、そ、そういえばフォッカー中将ってこの子のことを……と頭の中ではぐるぐると考えがまわる。ちらっとアランに目をやれば、アランは頬を赤らめて唇を尖らせている。………ビンゴ??……まぁ、(めんどうだから)触れないでおこう…と流すことに決める。



「ボクのことはどうでもいいよ。それより問題はアンタだよ。なんでアンタみたいなのがエカテリーナさんの付き人なわけ?全く許せないよ。だって、彼女は天才なんだよ?カリスマだよ?」
「随分エカテリーナさんを尊敬しているんですね」
気持ちは分かるけど、と内心で付け足しながらテキパキとお持て成しの準備をする。
紅茶を入れて、戸棚からお客様用のクッキーを小皿に盛りながら答えれば、背後でアランが「そりゃそうさ!」と熱く言葉を続ける。



「彼女はただ美しいだけの女優じゃない。舞台の前ではプリマでありマエストロだ。それに、作曲の才能だってある。この舞台のあらすじを書いたのだってエカテリーナなんだから」



アランの言葉には、わたしもへぇ!と思わず感心してしまい、アランからますます不審な目を向けられる。わたしってば本当に何も知らない付き人だわ・・・と反省しつつ、『落下の女王』のあらすじを思い出してますます感心する。わたしにはオペラや演劇のことはよく分からないけれど、女優もできて話も書けるなんて…。向こうの世界に行けば、歌も歌って作詞作曲もやって印税がっぽがっぽだわ!



「ぼくはエカテリーナさんを本当に尊敬しているんだ。彼女の作る世界の一部になれるのなら、ぼくはなんだってするつもりさ」



うっとりと微笑んだアランは、まるで絵画から抜け出してきた天使のように美しかった。