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「僕、あっ、いえ、自分は感激であります!!!こんな田舎でまさか憧れのマスタング大佐にお会いできるなんてっ!」


なんだかどっと疲れる私の隣で、ハボックが「憧れ…」と笑いを堪えるように呟く。
まだにきびの残る幼い顔立ちの純朴を少年にしたような風貌の、いかにも新人兵士といった具合の二等兵がきらきらと輝かんばかりの目で私を見上げ、後ろでハボック少尉が苦笑する。こんなに純粋な「憧れ」や「羨望」のようなものを少年の目から向けられては、良い気分を通り越してなにやら腰の辺りがむず痒い。

駅、と言う名のベンチひとつ置いてあるだけの無人駅。迎えにやってきた二等兵の少年。
少年の背後に広がる広大な牧草地。ああ、アレはヤギだろうか。羊だろうか。白いものが遠くに点々として動いている。軍服を着てきたのがいっそ馬鹿らしいほど「のどか」としか言いようのないど田舎。


ああ、私は一体ここで何をしているんだろうか。





「僕、あ、いや、じ、自分は、その、トマス・ボリス二等兵です!マスタング大佐と、えぇっと…」
「ジャン・ハボック少尉だ」
「失礼しました…。ハボック少尉のお迎えに上がりました!!」


びしっと敬礼するボリス二等兵、いや、ボリス少年と呼びたい彼は緊張に頬を赤めて敬礼をする。
形式的にそれに敬礼で返したが、そんなだらしのない私の敬礼にすら「うわぁ、やっぱり大佐の敬礼は違いますねぇ」とうっとりと呟き、背後でハボック少尉がいよいよ腹を抱えて笑い出さんばかりだ。ハボックだから笑いを噛み殺して肩を震わせるだけだが、これがあのエルリック兄弟の、特に鋼のならば腹を抱えて指まで指して下品な声を上げて大爆笑しているところだろう。この少年の爪の垢を煎じて飲み、少しばかり目上を敬う気持ちを身に付けさせてやりたいところだ。



「…ボリス二等兵、そんなにかたくならなくて良い。それでは続かないぞ」
「す、すみません。憧れのマスタング大佐がいるので、つい…。えぇっと、上官からの命令で、マスタング大佐とハボック少尉には明日軍に顔を出してもらえれば、との事です。フィディリス滞在中は、自分の家に滞在していただくことになっています」
「……君の家にかね?」


憧れ、なんて言葉を真っ直ぐに本人に向ける少年の純粋さにも腰が引けたが、それよりも私とハボックが滞在するのはこの少年の家だって?てっきり軍の官舎か宿舎のような場所を想像していたが、まさか二等兵の家に泊まれ、というのだろうか。いや、到着したというのに顔出しは明日だというその日程のゆっくりさにも驚いたが、まさか兵士の家に滞在するなどは想像もしていなかった。ボリス少年は不安そうな目で恐る恐る、といった具合に上目遣いに私を見上げる。



「すみません…。その、田舎なものですから士官の宿舎なんてないんです。それで自分の家が民宿のようなものをやっていますので、そこへ、という事になりまして…。すみません。民宿もうちと他に2件しかなくってどうせなら軍属をとの上の命で…」
「あ、いや、なに気にする事はない。ほら、こちらとしてもかえってリラックスできるから」


あんまり哀れな目をするものだから、慌ててそう声をかけてやれば、またボリス少年の顔が安心したように輝いた。
ま、確かに士官用の宿舎なんて畏まった場所に滞在するよりは、この崇拝者の家にいた方が寛げるかもしれない。…いや、少年の夢を壊さぬよう返って気が張り詰める、かな…。


「ところで、君はいくつかね?」
「先月17歳になりました」


17歳…まだまだ少年ではないか。
おそらくこの農村部の地方連隊が募集した兵士募集に応募して、地元で就職したんだろう少年は、軍隊に入っても実家から軍に通っているらしい。田舎では職にあぶれた次男、三男が地元の軍に入って地元で軍人をやるが、このボリス少年が良い例だろう。そうかね、と答えながら微笑んでやればボリス少年ははにかんだ。




「それでは、荷物をお持ちします!」


少年が慌てたように私の手から二週間分の着替えや身の回りのものが入ったボストンバックを持つが、その細い腰が頼りなく震える。…大丈夫なのだろうか?見かねたハボックが「それは俺の仕事だから、ほら案内してくれ」と少年の手からひょいっとボストンバックを奪ってやる。本来ならばハボックの仕事ではないが、まあ、このいたいけな少年に任せるよりは良いだろう…。


ボリス少年が緊張した面持ちで案内してくれた先には…馬車だった。
しかしそれはちょっと語弊がある。馬車なんて上等なものでなく、馬が荷台を引っ張るような、どう見ても農業用。それでも農業用として使っていれば付いている筈の泥が完璧に落とされ、ピカピカに磨き上げられた荷台に、少年の好意を感じられたような気がして思わず顔がほころんだ。この少年が泥だらけになって、実家の荷馬車をピカピカに磨く様子が目に浮かぶ。






荷台に乗り込むとボリス少年は、さっきまでの頼りない新米兵士の姿よりも、ずっと慣れた手つきでひょいっと脚者台に乗り込んで、馬の手綱を引いた。馬もよくこの少年に懐いている。
馬はのんびりと歩き始め、真っ青な空が頭上にどこまでも高く、白い綿飴のような雲がふわふわと浮かび、深い緑の草原がどこまでも続いている。まあ、のんびりと読書にでも来るには良い場所なのだろう。こんな村に軍があるとは驚きだ。ないほうが良いのではないか、とちらっと考えたが、こんな内陸の田舎にあって軍というものは軍という名称だけで、おおよそは警察や消防団のような役割なのだろう。



「君の家は民宿をやっていると言っていたが、それが本業かね?」
「いえ、本業は農業と畜産です。この村の主な産業は見ての通り畜産と農業です。自分の家には羊毛の為の羊が23匹に、乳牛が4頭いて、鶏が20羽はいます。それぞれの糞を肥料に農業もして、一昨年から蜂蜜も作っています。それから、都会から子供達がうちへホームステイをして、自然について学ぶ為に空いた部屋で民宿をしているんです」
「なるほど。農山村留学か。最近流行っているらしいからね」
「今は都会から女の子が二人来ています」



ハボック少尉がふんふんと頷きながら、早くもそわそわとしている。
タバコが吸いたいのだろうが、少年の手前自重していると見える。“憧れの大佐さま”の従卒が勤務中に喫煙などしては少年の夢を壊すという配慮だろう。細かいところで頭の回るやつだ。その少年のちいさな体には少し大きいらしい軍服が、手綱を握ったせいで肩口でごわごわとなっている。やはりサイズが合っていないのだろう。少年の身長も鋼のよりも少し大きいくらいだ。中等学校を卒業してすぐに軍に入ったのだろうな。すでに少年の話が右の耳から左の耳へと抜けていく…。とにかく、メインは農業に畜産。村の人口は100人ちょっと。それに軍人は60人ちょっと。最高階級が少佐、と。

ああ、とんだ田舎じゃないか。




「それからフィディリス村には変わった名物がありまして、それがドラゴンです」
「ドラゴン?」
「ほら、見えてきました」


ボリス少年が指差した方を見て感心する。――――――――なるほど、ドラゴンだ。
村の集落の入り口には、木の板で大きく太ったトカゲのようなドラゴンの看板が掲げられている。子供の頃に読んだ絵本のような、ドラゴンの看板が小さな村には大きすぎるシンボルだ。荷台から身を乗り出して「なんだ、ありゃ」と呆れたように声を出すハボックに、ボリス少年が言葉を続ける。



「フィディリス村に伝わる伝説からとった村起こしの一環です。うちの村には昔からドラゴンの伝説があるんです。それで数年前から、うちの観光アピールとしてドラゴンを使っているんです。夏にはドラゴンの仮装大会もあって、都会から物好きな観光客がちょこちょこやって来たし、オカルトマニアが集まったりで、結構賑わってきましたのでアピールとしては成功していると思います。ちなみにドラゴンを捕獲したら町長から100万センズの賞金が贈られるんですよ」



フィディリス村から出荷しているジャムや蜂蜜の瓶、燻製ハムの箱にもフィディリスドラゴンと銘打って、ドラゴンがデザインされているんですよ、と笑うボリス少年の様子はドラゴンを信じていそうにはなかったが、私とハボックは顔を見合わせてお互いに苦虫を噛み潰したような顔を付き合わせる。


……ドラゴン、か。



「おい、夢子 の職の名前はなんだったかね?」
「…魔法歴史調査部だかなんだか…」
「……この世界に流れ出したとか言うオカルトなものの調査だったな」
「………実際、結構流れ込んでるらしいっすよね。俺もえぐい薬のまされましたし」
「…………私なんかマンドレイクの捕獲にまで行ったんだからな」
単なるオカルトだの伝説だの観光アピールとして笑い飛ばせない妙な居心地の悪さに、しかしそれでも「いや、まさかな」とお互い腹の底に沸き起こった嫌な予感を吹き飛ばすように「ははは」と乾いた笑い声を上げる。




「あ、夢子 さーーーーん!!!」                                      




ハボックと私の空しい抵抗と努力を無残にもひっくり返すように、ボリス少年が明るい声を上げた。 夢子さん・・・・ 。 という珍しい名前がまさか同姓同名の筈はないと、それでも荷台から顔を出してボリス少年が手を振る先を見る。



「トム!おかえりなさ…あれ!?大佐さんとジャン!!??」



私とハボックはお互いに崩れこむように荷台に腰を深く下ろして込み上げる重たい溜息を盛大に吐き出す。
ボリス少年が「えっ!お知り合いなんですか!?」と驚いたように声を上げているが、それどころではない。いや、お知りあいだ。確かに、お知り合いだ。だがこの状況から推測するに、おそらく夢子はボリス少年のうちの民宿に泊まっているのだろう。


そして夢子がいるというのは、つまり…ドラゴンは実在する、と?
ハボックが「うげぇ」と口を歪める。面倒だ。面倒なことこの上ない。
こんな田舎の辺境地など中央勤務となった私の管轄ではない、が、しかし、士官恒例の地方視察中の今、そこの所長の階級が“少佐”であるならば、この村での出来事は大佐である私の責任であり、私の管轄ではないか!!その村にドラゴンがいるだって!?



…この地方視察、面倒な事になるぞ、という嫌な予感が私とハボックの頭上に重たく圧し掛かっていた。










セントラルから汽車で半日掛けた先の農村、フィディリス村。
このフィディリス村には、ある伝説があった。―――ドラゴン伝説。


豊かな水と肥沃な大地に開拓者たちはこの土地に移り住んだ。
しかし開拓者たちはすぐにこの土地には恐ろしい先住民がいたことを知る。それがドラゴンだった。ドラゴンは突然上空から現れたかと思うと家畜を食い荒らし、吐き出す業火で田畑を焼き、家々を壊してはまた上空へと飛び去っていく。恐ろしいドラゴンから逃れるように人々が土地を捨てようとしていたとき、ある魔法使いがやってきてこう言った。


「私がドラゴンに首輪を掛けて山から降りてくるから、三日待っていなさい」


人々は魔法使いの言葉を信じて待った。
やがて三日後、魔法使いはドラゴンの背中に乗って山から下りてきた。
魔法使いは三日三晩、ドラゴンと戦い、ドラゴンに勝ち、ドラゴンの主となったのだ。
そしてドラゴンはこの魔法使いに忠誠を誓い、魔法使いはドラゴンを連れてどこかへと消えてしまった。そしてこの豊かな土地は人々のものとなった。
そして人々はこの魔法使いの偉業とドラゴンの忠誠心を忘れないよう、この土地をこう名づけた。


────フィディリス忠誠心、と。