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「何故彼女はああも我々を敵視しているんだろうか…」
まだ何もしていないはずなんだがなぁ、とぼそりと呟いた大佐さんをわたしとジャンは若干白い目で見る。
まだ、ってなんだ?まだって…。しかもベッキーが敵視しているのは、大佐さんであってジャンは違う。夕食のとき、ジャンには普通に話しかけていたし、もちろんわたしとはすっかり友達だ。
つまりベッキーが敵視しているのは「我々」でなく「大佐さん」個人だ。
「わたしも理由を聞いてみたけど、さっぱり」
「うーむ…、初対面の女性に嫌われるというのは良い気分のものじゃないな」
「その気分をよぉく噛み締めておいて欲しいもんっすね」
ジャンのぼそっとした呟きは確実に大佐さんの耳に届いていただろうに、大佐さんはそれをあっさり無視する。大佐さんにとって女性から嫌われるっていうのは、すご〜く貴重な体験に違いない。
確かに、後学のために十分に噛み締めておいて欲しいもんだ。
「・・・・・・で、君はそのドラゴンに勝算はあるのかね?」
突然振られた話題に、わたしは「へ」という間抜けな声を上げて、そして二人からの深刻な表情に背中にじわりと冷たい汗をかく。勝算があるかだって!?そんなことわたしが上司に聞きたいところよ!………そ、そりゃぁ、まぁ、確かに授業で防衛術は習った。でも、この村の伝説の魔法使いのようにドラゴンを服従させる方法なんて習ってないもん。…あ、いや、習った、か、な?うん。あー…、習ったような気がするな………。いやいや、しかしもはや授業での記憶など遠く宇宙の彼方だ。ぼんやりとした知識でしかない。
「一応向こうの専門家からアドバイスとか資料とかマニュアルなんかがどっさり送られてきたんで、これを頼りにこの村のドラゴンの特性にあったやり方を見つけるしかないですね。……勝算は、ある、と、願いたいです」
ぐっ、と拳を作ったわたしとは裏腹に、ジャンと大佐さんはお互いの顔を見合わせて、それはもう深く深くふか〜〜いため息を漏らした。そりゃ溜息もつきたくなるわ、と自覚があるので反論はするまい。
「ドラゴンに関しては君の専門分野だろうが、もし民間人に影響してくるような事があれば躊躇わず真っ先に報告してくれるね?」
「はい。万が一何かあれば、大佐さんにマグルたちの避難をして頂ければ、心強いです。でも、大佐さんや村のみんなを巻き込む前に、ドラゴンをハムスターか何かに変えて、さっさと捕獲したいと思います」
再度ぐっと拳を作ったわたしだったけれど、二人は互いに顔を見合わせて「ハムスター…」と呟く。
その声にはドラゴンをハムスターに変えられる技術がこの世界にあることを信じていない、というよりもこのわたしにそんな事ができるとは思っていないような信頼感のなさをはっきりと伝えてくる。もしこの台詞をダンブルドアが言ったのならば彼らは大手を振って信じたことだろう。
「…正直、すっげぇ頼りねー…つうか、誰か専門家に来てもらえよ…」
「なんだか眠くなってきましたね!」
これ以上みじめな思いはするまいと、ジャンの呟きをごまかすように少々わざとらしく立ち上がって、わたしは二人に「おやすみなさーい!」と手を振って大佐さんの部屋から逃げ出した。やばいぞ…知り合いがきてくれて、しかも今現在のこの村のマグルのトップとあれば心強いものだけど、その分信頼のなさが胸にささる!
さっさとドラゴン捕獲して、名誉回復といきましょう!!
いっそ古典的とも言える胡散臭さで出て行った夢子の背中を見送って、俺と大佐は溜息を漏らした。
お互いの顔に「面倒くさい」としっかりと書いてある。
「……ホークアイ中尉をセントラルから呼べんかね?」
「無理でしょうね。銃器取り扱い訓練プログラムの定期訓練は“中尉”階級の絶対受講訓練っスからね」
大佐の腹は分かっている。
もし万が一ドラゴンなんて意味不明なもんが出てきたとあっちゃ、こちらとしてもややこしい書類や事務処理が多く与えられるだろうことを予想している。と、なればその書類を片付けるのは肉体労働派の俺よりも、事務処理に優れた才女ことホークアイ中尉に任せてテキパキさくさくっと片付けてもらいたいというのが本音だろうが、だとすればそもそも俺はここにいないことになる。
本来ならば副官であるホークアイ中尉が大佐の地方視察に同行すべきだが、あいにく中尉は“中尉”階級に与えられている必修訓練に参加している。今頃銃のエキスパート達とセントラルにある銃器訓練施設でバリバリ歴代の記録を打ち破っていることだろう。と、いうわけでしぶしぶ俺がついてきたんだ。ここに中尉がいるってんなら、そもそも最初っから俺はここにいないし、こんな面倒ごとにも巻き込まれちゃいない。あーあ。やる気のない大佐の下で行く地方視察なんて、田舎へちょっとした休暇程度の気持ちで来た俺が馬鹿だった。
大佐と夢子がセットになって、一体どうして面倒ごとに発展しないというのだろうか…。
「で、この村の軍人への訓練プログラムとか考えてきてんスか?」
「うむ…、実のところ、ゆる〜く私は講義程度のことをして、実地訓練はお前にやらせるつもりだったんだが、万が一に備えて市民の避難訓練や退避経路の確保などに調整した方が良いかもしれんな。夢子はああ言っていたが、実際の現場で動くのは我々プロの軍人だからな…。全村民参加のテロや災害時の避難訓練ということで村長に報告をしておこう。面倒だか仕方あるまい。」
さらっと聞き逃せないことを言ったような気がしたが、確かにドラゴンが百年に一度大暴れするシーズンとあっちゃ、村の被害も予想した訓練プログラムをしておくしかない…。なにかあってからでは取り返しがつかない。
…いや、夢子の力ならば取り返しはつくのだろうか。
あの事件を思い出してふとそんな気になったが、軍人が少女の持つ摩訶不思議な力を当てにするのも馬鹿らしいというか、そうなっちゃ終いだな…っていうか、そもそもこんな軍人がドラゴンだって?という気になって苦笑すれば大佐が怪訝そうな顔をする。
「いやだって、こんな軍人が雁首そろえて大真面目にドラゴンが出没した場合を想定してプログラム考えてるんすよ?」
「おいそれを言うな…少し情けなくなる」
はぁ、と溜息を漏らした大佐に、大佐の軍歴の中で最も馬鹿らしい避難訓練になるだろうことを想像して苦笑が知らず知らずに漏れていた。
まだ東の空がうっすらと青く冷めていく朝靄の中、フィディリスの森は冷たく緊張していて、肌を刺す冷気が心地よかった。鳥さえ目覚めていない森の中を、腐葉土を踏みしめながら、杖を握り締めて森を進んでいく。早朝であればドラゴンも眠っている。元々夜行性のタイプが多いから、日中に散策するよりずっと安全に生活圏や生態系の調査ができる。あくびを噛み殺しながら、森を進んでいく。
あんだけ大見得切ったからには、自力でドラゴンを捕獲してしまわなければ…。
けど昨日今日でいきなり捕獲できる相手ではない。なんせ相手はM.O.M分類XXXXXだ。結膜炎の呪いはかなり練習してきたけれど、その後暴れられることを想像するとこの呪いよりも手っ取り早く、大佐さんやジャンに話したように変身術でも掛けてハムスターなり豆なりに変えてやりたいところ。そういえば日本の昔話で和尚さんが鬼婆を豆に変えて食べちゃう話があったかなぁ。そんな具合に、正攻法じゃ勝てない相手を自分より弱くする必要がある。
それからいくつか森を回り、やがて森がただの森じゃなくて活火山の森だと気づく。
なるほど。ドラゴンが千年生きるにはもってこいの環境だわ。というか、よく活火山に炭鉱なんて作ったなぁ、と感心しながら、わたしは調査を進めることにした。