5
「おまえンとこの夢子って娘、ちょっと変じゃねぇか?」
いきなりそう言葉を投げてきたのは、初対面の男だった。肩章から察するに俺と同じ少尉だ。
官舎も宿舎もないような田舎であっても、一応下士官と将校のシャワー室やロッカールームなんかは分かれているらしく、早速俺も空いていた将校用ロッカーを割り当てられ、訓練を終え、汗を流してからロッカールームで一人着替えているときに投げられたのがこの台詞だ。思わず「はぁ?」と聞き返せば、そいつも初対面でいきなりそれは悪かったと思ったのか、苦い笑みを交えて「マットだ」と手を出してきたのでそれに「ジャン・ハボックだ」と軽く返して着替えを続ける。
「で、変ってなにが?」
髪から滴り落ちる水滴を乱暴に拭って、シャツを着込みながらポーカーフェイスを装いつつ答えるも、内心では冷や汗がたれ始める。まぁ確かに夢子の容姿は俺達アメストリス人というよりもシンの人間に似ているし、本人も自分は生粋のアジア人でニホン人だからね〜とのほほんと答えていたし、別に取り立てて変なところは…って、あったわ。確かに、変だ。そうだ、あいつは変な奴だった。いやでもまさかこんな民間人を前に魔法使ってるわけじゃねぇだろうし…とぐるぐると思考は回る。
夢子め、一体何してくれたんだ。
「こっちはこんな田舎だろ?村の連中全員の名前と職業を言える位の人口だから、都会から若い娘が二人も来るってんで実は結構な話題だったんだ。でも来てみれば一人は確かに美人だが、あと5年は待たなきゃなんねぇ子供だし、しかも市長の娘。俺達ヒラはお呼びじゃねぇって事でもう一人に期待してたんだけど…」
軍隊という圧倒的に男が余る状況、しかもこんなど田舎。
男達が一体どれだけの期待を持って「都会から来る若い娘」に憧れを持っていたのかは想像にかたくなく、あまりの不憫さに溜息が漏れる。しかもやってきたのが、軍人には目もくれないつんけんとしたお嬢さまと、あの夢子だなんて…。
「陸戦部隊の連中が山で走り込みしてた時に見たってんだが、一人で山の中歩いて、生えてる草引っこ抜いて袋に集めてたんだとさ」
「……山菜取りじゃねぇの?」
「いやいやほんとふっつーの草。しかもそれだけじゃなくてなんか土とか苔とか、そんなもんまで集めてたらしいんだ」
「………いや、ほら、民俗学研究してるからな」
「あ!それってトムんとこの農村留学の子だろ?俺もこの間その子がすっげぇ嬉しそうに蛇の抜け殻拾ってるところ見たぞ!」
更に横から出てきたのは、また別の将校だった。
こいつもシャワー浴びたばかりなのか、下半身にタオルを巻いて頭から水滴を滴らせながらいかにも人懐っこい顔で会話に入ってくる。頼むからこれ以上夢子の変な噂を広めないでくれ…まじで。もうフォローするボキャブラリーがない!
「ま、まぁ、都会から来てるから山のことが色々と珍しいんだろ。じゃあ俺は行くわ。大佐殿に呼ばれてるんでね」
「そんな感じじゃなかったけどなぁ…。まぁいいや。また今度飲みに行こうぜ!女も歓迎だが、新しい仲間は大歓迎だ」
「フィディリスはなんもねぇけど、肉や野菜が旨い事だけが自慢でね。良い店を予約しとくからよ」
と手を振ったマットに「そいつぁいいや」と笑ってロッカールームを後にした。
大佐に呼ばれてるなんて嘘だが、これ以上あそこにいちゃ夢子の誤解がどんどん広まっていきそうだからな…。
確かにこの世界の生まれじゃないせいか、あいつが魔女だからかは知らんが時々ちょっと変なところがあるんだよなぁ。基本的にはどこにでもいるふっつーの小娘なんだけど。なんにしても、夢子が魔女であるという子とが知られるとまずいことは確かだから、夢子に一言忠告してやるか、と俺は溜息を漏らした。
トムの家に帰り着いたのは、なんと夕方の5時!
まさか定時で帰り着く日が来ることに少し感動する。大佐の下についてセントラルに移動してから、サービス残業は当たり前かつ一週間家に帰らない日だって多く、まだ日の明るいうちに家についた事はもはや奇跡だ。しかも仕事内容は一等兵二等兵の訓練を見て、下士官連中の指導要項をチェックするなんていう緩すぎる仕事内容。少し物足りない気もしたが、久しぶりに自分の時間が持てそうで少し肩の荷が下りる。………ドラゴンがいなけりゃな。
「嵐の前の静けさっていうんだろうな…」
溜息を漏らしながら階段を登り、夢子の部屋の扉をノックする。
中からは「は〜い」という間抜けな声が返ってきて、更に疲れる。ドラゴンか。そんなファンタジーなもん、こいつがなんとかしてくれねぇとどんな事になるか分かったもんじゃないってのに…ホントに大丈夫なんだろうな…。
「え〜っと、どちらさま?」
「俺だ。ジャンだ」
「あ、な〜んだ」
ひょいっとドアを開けて顔を出した夢子の「な〜んだ」がちょっと気になるが、一応来訪者が誰かを確認するって事は学習したらしい。前は相手を確かめもせずにドアを開けたり、鍵も掛けずに外出してたからな。
「おい、相手確認すんのは良いけど、人んちの中で確認してどうするんだ?入ってくるやつ限られてんだろ…」
「そうじゃなくて、ボリス家の人には見られて困るものいっぱいあるから」
そう言って「ほら」と夢子がドアを大きく開け、部屋の中を見せ、俺はあんぐりと口を開ける。部屋へ入れば、夢子がすかさずドアを閉めて鍵を掛ける。
なんとまぁ……。コメントが出てこない。
部屋の中には、ドライフラワーのように乾燥した草木がいくつも壁にぶら下げられ、棚には訳の分からんもんが詰まったビンがいくつも置かれている。ラベルを見れば『鼠の精巣』『ニガヨモギ』『催眠豆』『二角獣の角の粉』『毒ツルヘビの皮』などなど知りたいような知りたくないような不穏な名前が書かれている。恐らく山で集めていた草だの土、ヘビの皮はこうして保管されているんだろう。そして、暖炉には大きな鍋が置かれ、決してシチューではない何かが煮炊きされている。しかも鍋をかき回すお玉は夢子が触っているわけではないのに、勝手にくるくると中身を掻き混ぜ、机の上では羽ペンが羊皮紙の上で勝手に文字を書き進めているし、足元に散らばる新聞の中では写真の人物達が映画のように動いている。もはや何に驚いて良いのか分からない。むしろ驚く方が馬鹿らしいほど、なんだか現実なんだか非現実なんだか分からない。
ただ子供の頃に絵本で読んだような、魔女の部屋のようだな、とぼんやりと思った。
「なるほど。確かにこりゃボリス家には見せらんねぇわ」
「普段はこの部屋を最初の状態のままに“見せて”いるから大丈夫」
「うーん、幻術みたいなもんか?」
「そんなかんじかな」
そう答えながら夢子が杖を一振りすれば、部屋の隅に積まれていた本がひょいっと空中を飛んで夢子の手の中に飛込み、夢子がそれをぱらぱらと捲って、ドラゴンの絵が書かれたページを見せる。そんな当たり前のようにやられると、いちいち驚くのが馬鹿らしい。
「調査していて分かったんだけれど、多分、この村に住んでいるドラゴンはこのスナウト種って種族だと思うんです。糞や生態系の報告書を向こうの専門家に送ったら、この種がかなり近いって。でも随分環境の違う世界で何百年と生きてるみたいだから、少しその血に変化があるかもしれないけど」
「俺にゃよくわからんが、こいつは危険なのか?人間食ったりするのか?」
「………場合によっては」
まぁでもよっぽど空腹のときだけだし、と笑顔でつけたした夢子の補足情報なんてまったく当てにならなかった。
軽く頭痛さえする。ほんっと、この場に夢子がいなければ、いや、ドラゴンさえいなければ休暇ついでの気楽な任務だったってのに…って、そうだ、俺は夢子に忠告しに部屋に来たんだった。
「それよりお前、山で採取したりすんのは良いけど、あんま人目につかねぇようにしろよ…。ただでさえ田舎で、他所モンの行動はよく見られてるんだからな」
夢子は心当たりがあったのか、まずいなぁ、という顔をする。
やっぱり透明マントでも借りられたら良かったのに、と呟くけれどそれが何を意味しているのかは分からない。ただ透明ってんだから、透明人間にでもなれるマントなんだろうか。そんなものが軍にでもあれば、一体どんな事に使われるかは想像にかたくないが、夢子にはそんな事は想像もつかないらしい。やっぱり、こいつはまだまだ子供だと思った。