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「マスタング大佐、AからD地点の村人はほぼ森に移動が完了しているようです」
「ふむ、ではこれよりクリスの舞台から順に、各連隊長の指示に従い配置移動訓練を開始しろ」
Yes'sir!と返事を返してきたのは、ハボックではなくこの村の連隊長だ。
マット少尉と言っただろうか。すっかりハボックとは顔なじみになっているらしい。
ハボックに全て指揮系統をの連絡役をさせれば、私のやり方にすっかり慣れたあいつの事だから手際よくいくのだろうが今回はあいつ個人の訓練ではなくこのフィディリス村の軍人の経験地を上げること。ハボックにはなるべく後方支援という事にし、新兵たちを指示する士官たちを更に監督する役割をさせていた。普段は新兵たちに無条件で怒鳴り声を上げる連中も、今回はセントラルからのお目付け役が着ているのからやりにくいだろうが、互いに良い経験になるには違いなかった。
村をAからZまで地図上の地形別に区分したが、いかんせん田舎であり酪農を営む村の敷地は広い。
うっかりすると隣の家まで歩いて10分という広さである。その間に永遠のように稲やキャベツ畑が広がっているのだから、人口が限られているとはいえ全村民を非難させるのは一苦労だった。ひとつありがたい事があるとすれば、医療機関に寝たきりの老人などがいなかったこと。それは逆にいえばこの村の施設にそれだけの老人やけが人を収容できる施設がなく、そういった者はもっと町の病院にいるという事に他ならないが、この事態ではありがたい。お陰で全ての村人が訓練に参加してくれることとなった。指示をだしたとおり、マット少尉の命令で各部隊が小銃を担いで配置展開を始める。
村長が隣で「うむ、ここにいては何が起こっているかわかりませんなぁ」と少し飽きたように話すのを中佐が「いやいや、ここにいるからこそ全てが見通せるのですよ」とにこにこと笑って答えている。指揮系統を握るという本質を知っていると感じた。やっぱりこの老人、ただの中佐ではないと感じた。
「えーっと、ゴートンさん一家お揃いですね。あちらでジュースとレーションをもらってそこのシートでゆっくりしてください」
トムがそう言いながら、それぞれ家族の代表者に人数確認をしてリストにチェックをつけていくのを俺は眺めていた。大佐は村の放送室兼作戦司令部で指示を出しているし、村人に予想された大きな混乱もなく着々とみな、この避難先の森まで移動を始めている。士官連中もテキパキと一兵卒を指示しているし、正直監督役としての俺の出る幕はなかった。
森には仮設テントやシートが敷かれ、椅子が並べられいて、手ぶらで逃げるよう大佐からのアナウンスがあった事も忘れて各家族は各々バスケットに瓶に詰まったワインやジュース、サンドイッチや林檎を持ち込んでおり、名前をチェックした家族からそのシートに座り込んですっかりピクニック日和だった。しかも今日は日食が起きるという事もあって子供達は学校の図書館で借りてきたという天体の本を片手に日食が始まるのは今か今かと待ち構えている。
一兵卒たちは“避難”してきた家族達にジュースや軍のレーション(戦闘食料)を配って世間話をしている。
ジュースやレーションを配るように指示したのは大佐ではなくこの軍のダグラス中佐らしい。皆仕事を休んで訓練に参加しているのだから、ねぎらいがなくては…というアイディアらしく大佐もそれに関して異論もなく、こうして軍のレーションが配られている。村人たちは普段は口にしないレーションに目を輝かせてああでもないこうでもないと話し合い、兵士たちがレーションの食い方や解説をする。なんせペミカン(固形ブイヨン)とかは食べ方を指導せん事には食えたもんじゃないからなぁ。一応パックに描いてあるけど。
「そうねぇ、このブイヨンは塩味が強すぎるわ」
「ああ、それは戦闘食なのでわざと塩味を聞かせているんですよ。汗を掻きますからね」
「でもコーンビーフはなかなかいける」
「あら、このシリアルバーうちの雑貨屋でも置いてあるわ」
「元々はこの会社が戦場で手軽に高カロリーなものを摂取できるように作ったのが民間に流れたんですよ」
ああ…平和だ。すっかり軍と民間の交流イベントとなっている。
タバコも一服吸いたいところだが、一応セントラルを代表している手前、セントラルのように部下の前だろうと市民の前だろうと気軽にぷかぷかやるわけにいかん所が苦しい。ああ、オレはこんなにも気遣いの人だというのにイマイチそれが評価されない…
「おじちゃん、このチョコレートかたいよ!!」
足元にしがみ付く子供を「おにいちゃん、な」とこの手のシーンでお決まりとなった台詞を返しながら引き剥がしてしゃがんでやれば、6歳くらいの少年の手にはレーションのひとつであるチョコレートが握られいた。まるで小さなレンガのようにかたいチョコレートの表面には子供の幼い歯型がついている。乳歯が折れなくて良かった、と苦笑する。
「これな、このまま食えないんだよ。湯煎で溶かしてホットチョコレートにするとか、こうやって……はいよ、飴みたいに舐めてな」
板を子供の口に入るくらいに小さく折ってやり、口に放り込んでやると甘いと子供から笑みがこぼれる。戦場でも溶けないようにチョコレートもガッチガチに固めてあるものだ。口に放り込んでやってから後で親から叱られないか心配した。
「えっ、父さん達が来てない!?」
突然あがったトムの大きな声に振り返ると、トムが友人らしい二等兵と顔を突き合わせて驚いた顔をしている。じゃあな、と子供の頭を撫でてトムに事情を聞けば、ここに避難してくる予定だったボリス家が来ていないんだという。ボリス夫妻とベッキーだ。トムから今日の訓練のことは人一倍聞いていただろうに、まさか知らないという事もあるまい。
「ちょっと手間取ってるだけじゃないのか?」
「まさか…だって母さん、一番で来て僕が働いている所を見物するんだって言ってたんですよ?」
そういや朝食の席でそんな事を言っていたな、と思い出してちょっと苦笑するがトムは心配した表情から自分の家族だけが訓練に遅れているという状況に少しの羞恥と苛立ちを混ぜた表情で「もう」と唇を噛む。
「ハボック少尉、僕ちょっと見て来ても良いでしょうか?この地区の家族はうち以外皆揃っているんです」
「そうだな。お前が行ってやればなんかあったとしたら家族も動きやすいだろう」
トムの仕事はやってきた家族の名簿をチェックするのみで、この後の小隊の射撃訓練にも参加しないということを思い出して許可を出せば、トムの表情はぱっと明るくなり、形ばかり背中に担いでいた小銃を同僚に渡した。走りやすくするためだろう。
「トマス・ボリス二等兵!ボリス家の様子を見る為に現場を離脱します」
「おう、行ってこい」
どんとトムの背中を叩いてやれば、トムは少年のように「はい!」と元気に返事をして走り出して行った。
腐葉土を踏みしめて、森から山へとどんどん入っていく。
だんだん酸素に硫黄が混じり始め、炭鉱跡よりも活火山の持つ独特のゆでたまごのような硫黄臭さを遠くに感じる。呼吸を確保するために飲んだ薬がガスマスクの役割を果たしてくれているおかげだ。さっきから頭はとても冷静で、呼吸も落ち着いている。水気をたっぷり吸った腐葉土はしっかりと踏みしめていないと足元からずるっと滑りそうで、またわたしはドラゴンの痕跡をひとつも逃すまいとしっかりと周りを確認しながら歩くせいで随分早朝に出てきたというのになかなかドラゴンの巣穴まで近づけない。
頭の中でシュミレーションをする。
ドラゴンが現れたら、まずは礼儀を持って対応する。ドラゴンはケンタウロスのような知能はなくとも、高貴な生き物。その機嫌を損ねるとどこまでも残忍で執念深くなる生き物だということは学校でいやってほど勉強した。防衛術ならばいくらでも習ったのだから、まずは礼儀を尽くす。でもその礼儀が通らない相手ならばともかく攻撃をしていくしかない。
あれからこの村に伝わる伝説の魔法使いが行ったというドラゴンとの戦いを調べたけれど、誰も見ていないものだからはっきりとした結果は何一つ掴めなかった。魔法省に問い合わせてみたけれど、その頃にこの世界は沢山の魔法使いが住んでいたことは確かのようだけれど、いちいち記録していないと素っ気無い返事。結局自力で戦うしかない。けれど伝説だと魔法使いは三日三晩戦ったっていうんだから、それは勘弁してほしい。三日も戦い続ける体力なんてないんだから、速攻で形をつけたい。
「…なんだろう。硫黄の匂いが随分きつい」
薬のマスクをしていても鼻の奥までつんとした硫黄の臭いが届く。薬は完璧に調合した筈なのに、どうしてだろう…。微かに地面が震える。でもそれはドラゴンが移動する震えじゃない。なんだろう。なに、この胸騒ぎは…。
わたしは箒に跨り、上空へと飛んだ。ここまでくれば村人にも見えないだろうし。
けれど空を覆っていた木々のカーテンが晴れた空に出て見れば、空はけぶっている。目を刺激するほどの硫黄と、煙、そして灰。…火山灰だ!片腕で顔を守りながら火口へと近づけば、そこは今にも爆発しそうな溶岩で溢れている。まずい!!!活火山なのは分かっていたけれど、がっつり活動してる!
火山が爆発する!!!!大佐さんに知らせなきゃ!!!
その時、足元から大きな鳥がもの凄い速さでこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
────ドラゴンだった。