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ドラゴン!!!!しまった、空を飛んだから魔力が漏れたんだ!!!


人間の匂いを消していても魔力の気配は消えない。箒で飛行したときに漏れる魔族の気配に食いついて、そう、“食いついて”きたんだ、と咄嗟に理解して上手いこと言う現実逃避を一瞬脳内で行って、わたしはすぐに箒を反転させてジグザグに飛行する。ドラゴンは小回りの聞いた動きをされると付いてこられないと授業で習ったことを思い出したのだ。ありがとう先生!
そのままわたしは山の渓谷へと向かって箒を飛ばしていくけれど、学生の頃から使っている古い形の箒ではドラゴンに追いつかれるのも時間の問題だった。背後から恐竜のような恐ろしい声を上げて飛び込んでくるドラゴンから逃れようと、わたしは蝿にでもなったように急速旋回や進路変更を繰り返し、やがて森の中へと突っ込む。ドラゴンの一瞬の隙をついて森へと逃げ隠れ、息を殺しているうちにドラゴンはしばらく上空をうろついている。ここで引き止めて置かなければ、町へと降りていきかねない。


ドラゴンが上空を旋回しているのを確認して溜息を漏らし、そしてこの一瞬の間に事態を報告しなきゃいけない事を思い出す。大佐さんに火山のことを知らせなくっちゃ!!ポケットを漁るとレシートが一枚出てくるだけ。そのレシートの裏側に杖でメッセージを書き、紙飛行機のように折りたたんで魔法を掛ける。


「大佐さんのところへ!」



そしてまたわたしは、ドラゴンと対峙すべく箒に飛び乗った。










住民の避難も順調に進んでいき、連隊長の指示も的確に動き、各部隊が配置についたことを告げる報告が届きまずは満足する。
村長もすっかり飽きたのか村人たちの避難する森へと行ってしまったし、私としても厄介払いができて満足した。というより、村長には実際のところ、避難しなくてはならない状態になった時のために実体験として避難の手際を覚えてもらいたかったのでさっさと出て行って欲しかったのだ。放送室のテーブルには村や周辺の森を示す大きな地図を広げ、移動が完了した地区から×印が付けられていく。そこでふととある地区が完了していないことに気がつく。


「ここは比較的早い段階から避難が始まっていたと思うが、何かあったのかね?」
「ボリス家の避難が完了しておらず、トム…いえ、ボリス二等兵が確認に向かっています」


すぐに返事をした士官の言葉に内心でおや?と思う。
トムや私がいるのだからボリス夫妻がこの避難訓練について知らないという事はありえないし、そもそも今朝、朝食の席で一番に行って息子の働きっぷりを見学するのだと楽しそうに話していた。それにボリス夫人は時間や約束事はきっちりと守るタイプの女性のようだった。


「2,3人、手の空いている者を向かわせてやりなさい。何かあったのかもしれん。そして夫妻と山村留学中の少女の退避が出来次第報告を」
Yes'sir!とすっかり私からの指示にも慣れた様子で部屋を飛び出していった士官を見送り、またばらばらと指示をしていれば、窓の向こうに飛び込んだ光景にぎょっとする。他の面々は私の対面に立っているため、その背後の窓ガラスに写る光景には気づいていない。夢子だな、とすぐに原因に気がつき安堵する。窓ガラスの向こうでは小さな紙飛行機がぐるぐると旋回したり、上下に揺れて、まるで生き物のようにその存在を主張していた。
……なにかあったのはボリス家だけではなかったか。


「部隊が展開するまで時間がある。外の様子を見てくるから、君たちはここで随時対応したまえ。ダグラス中佐、よろしくお願いします」
「お任せください」


祖父のような年齢のダグラス中佐は、しかしこんな若造の言葉にも嫌な顔ひとつせず頷いてくれる。
ダグラス中佐がいればよほどの事態でない限りなんとかなるだろう。そして放送室という名の掘っ立て小屋を抜け、人目のつかない脇へと隠れればすぐに紙飛行機が飛んでくる。そして紙飛行機がみるみるうちに形を変えて、人の口のような形に折られたかと思うとそこから夢子の声が飛び出した。




『大佐さん!大変です!活火山が今にも噴火しそうなんです!!すぐにこのまま村の人たちを避難させてください!!ドラゴンは私が食い止めます。できるなら火山の被害も食い止めたいと思いますが、どうかみんなを守ってください!!』



────火山の噴火だって!?
夢子からの手紙はすぐにただの紙切れとなって足元へと落ち、それを拾い上げるとただのレシートだったという事に、夢子がどれだけ慌ててこの事を知らせようとしたのかが伝わるようで、これはドラゴン騒ぎではない、とすぐに放送室へと踵を返した。









「Incarcerous!!」


背後に迫るドラゴンに向かって緊縛の呪文を掛ければ、ドラゴンの体いっぱいをロープが縛り、ドラゴンが鼓膜をギリギリと締め付けるような不協和音の声を上げて、地面へと落下する。翼を縛られたせいで飛べないんだ。ドラゴンが落下した森からは大きな地響きと共に砂塵が舞い起こり、鳥達が束になって逃げ惑う。上空から近づき、更に呪文を掛けようとした所ですぐにドラゴンが怪力でロープなんてすぐに破ってしまったのを知って、またもっと強力に呪文を掛け、硬直の呪いまで掛けるけれど高度な魔法生物には聞かない。そもそもドラゴンっていうのは、その種族、その種族に合った特別な服従のさせ方があるのにそれが分からない!!



こんなんじゃいつまで経ってもケリがつかない!!



けたたましい泣き声をあげて、怒りと共に首を持ち上げたドラゴンは真っ黒な業火を吐き出し、避けたというのに肌が焼かれるように熱くなる。しまった森が!!慌ててAguamenti!と唱えて森を鎮火させるも、一息で森を焼くドラゴンの魔力にぞっとする。駄目だ。ここで闘ったら森どころか一山丸こげだ!!


そこまで考えてふとこの先に大きな湖があったことを思い出す。
確かこの火山が出来た衝撃でへこんだ大地が湖となった場所で、山の頂にあるから村からは見えない場所にあるはずだった。そこまでドラゴンを引っ張って行こう!!そう決意したわたしは、ドラゴンの注意を引く為にドラゴンの顔の周りで小さな花火を出し、ドラゴンをおちょくって空へと飛び出した。もちろんわたしに対して怒りを覚えているドラゴンはわたしを殺そうと大きな翼を震えさせて飛び立った。















「えぇっ!ライラがお産!?」


トムが息を切らして家へと飛び込んでみれば、家の中に人の姿はなく、代わりに牛舎の方が騒がしい事に気がつきすぐに牛舎に向かって飛び込んだ。みんなに迷惑を掛けられちゃ自分が軍隊での顔がないという事も一言言ってやろうと思っていたのに、そこで行われている事態にすぐに気がつき顔を青くする。飼っていたライラという乳牛が一頭、出産を始めているのだ。確かに腹は大きくなっていたけれど、それでもまだ出産は先の予定だった。清潔な伊草の上に寝転んだ牝牛からは絶えずに悲鳴のような声が挙がり、両親はライラの体を撫でたりさすったり叩いたりを繰り返してライラを励まし、その隣でベッキーが真っ青な顔をして突っ立っていたけれども、トムが駆けつけたことにひどくほっとしたような顔をしてトムに走りより、トムの腕を掴んで懇願する。



「トム、助けて!ライラが出産しているの!でも逆子で、足が出てきちゃってるのよ!!」


あたしどうしたら良いのか…、と真っ青な顔で継げるベッキーの手を握り締めて苦しむライラを見れば、確かに子牛の足が一本虚空を泳ぐようにもがいている。牛の逆子は人間の逆子と意味が異なる。通常牛などは人間と違って足から生まれてくる。けれど“逆子”だと判断した理由は、もう一本の足が体の中で折れてしまっているか、頭と絡まってしまっているからだ、とトムにはすぐに察しがついた。難産だ、とトムはすぐに悟った。



「ベッキー、僕はライラの出産を手伝うから、君は避難先まで行ってこの事態を知らせてくれないか?ここの避難が完了しないと軍の訓練が実行できないんだ」
ポーチに自転車が止めてあるから、と不安に瞳を揺らすベッキーの肩口を強く抱いてトムが言えば、ベッキーはしっかりと頷き返す。そんなベッキーに微笑んで、トムは両親とライラに向かって走りより、ベッキーはウサギのように小屋から飛び出した。しかしそこですぐに大佐から派遣されてきていた軍人たちと遭遇し、牛が出産を始めて離れられないことを告げれば、彼らも元は農家、酪農家の息子。事態をすぐに把握して訓練には参加しなくて良いからそっちを優先するように、とベッキーに頷いてまた軍へと駆け出していった。



「しっかりしなきゃ。あのトムがしっかりしてるのよ。あたしもしっかりしなきゃ」



トムが来てくれたことに誰よりも安堵している自分に気がつき、少し微笑んでから、またベッキーは牛舎へと走った。












「火山の噴火!?」


状況を報告すればすぐに皆、窓へ走りよって空を見上げ、そして村を隠すように広がる山の頂ばかりが薄暗く不吉に広がっている事に気がつき、すぐに地図を広げる。活火山は村のすぐ隣の森を抜けた先に広がっている。距離にして20キロもない。
「マスタング大佐、今住民が避難しておる森から山へと登ればこの火山より標高が高い。この村の土地は斜めにできておるから、そこへと逃げればマグマの流動も上がってはこられんはずです。70年前の噴火のときもそこへ逃げました」
「すぐに訓練を中止し、村人たちを山の頂に避難させろ。ダグラス中佐の言う通り、現在避難させている森から山へと上がらせろ。もちろん軍が率先して手を貸すんだ」


土地に詳しい者がいた事のおかげだった。
すぐにダグラス中佐の意見を採用し、士官ごとに細かい指示を飛ばして、さぁ、急げ、と声を上げれば下士官たちは我先にと放送室を飛び出していく。彼らにとっても自分たちの村。真っ先に働きたいのだろう。さきほどまでの着々とした確実な訓練は終わり、瞬く間に緊張に支配される。これが人間が行うテロであればいくらでも作戦は練りようがあるが、相手は自然災害だった。



「村人たちを森に避難させていてよかった」
「ダグラス中佐、ここの火山はどれくらいの影響力があるかご存知ですか?」
「この火山の標高はご存知の通りそう高くはありません。しかしその代わり、炭鉱があった事からも分かるように地下の岩盤が薄く、火山は地下に広がりマグマを湛えております。それが炭酸水の入った瓶を振ったように爆発を繰り返すのですが、鉱物を含んだ灰が多く、溶岩による被害よりもこの灰を目や呼吸器官に含む事で起こる窒息死が怖い」


そう告げる中佐の言葉に、すぐに避難所の軍人たちに村人へタオルなどで守るようにという事、また必要とあれば地面に敷いていたシートを切ってしまうなど使えるものはなんでも使うようにと指示を飛ばす。あそこにはハボック少尉を配置していた。あいつならばそう告げておくだけで10を理解してくれる。言われずとも軍の官品を切って裂いて村人に与えるだろうし、避難指示を飛ばしてくれるだろう。



住民の避難はボリス家以外はできていた。
ボリス家へは先ほど軍人を向けたのだからすぐに完了するだろう。
とすれば残りは……夢子ただ一人。ドラゴンは彼女の管轄だろう。しかし火山までは手に負えるはずがない。―――夢子が危ない!


「ダグラス中佐、少し二人だけでお話が」



その場の指示を少佐に任せてダグラス中佐と二人、誰も入っては来ないように言いつけて倉庫へと移動した。
倉庫の中は村で使うと思われる土嚢などの雑多なものが詰め込まれたカビ臭く暗い部屋だったが、こんな状況にあってインテリアを気にする性質ではないのでそんなことはどうでもよかった。




「中佐、馬鹿馬鹿しい話をする事は分かっています。───あなたはドラゴンが存在すると思いませんか?」




そう切り出した私の言葉にダグラス中佐が少し目を丸くする。
普段の軍人としては喜怒哀楽をはっきりと表現する仕草ではなく、素の、本当に驚いたような表情をする。それもそうだろう。こんな大の大人がこの状況でいきなりドラゴンと言い出したのだから。だが中佐はこの非常時にそんな御伽噺のようなことを話し出したわたしを笑い飛ばすこともせず、真面目な顔をしたかと思えば、まるで孫にでもするように微笑んだ。




「私がそれを見たのは、私が18の時でした。
避暑地に訪れたこの村を探検していた時、私はドラゴンを見た。ドラゴンが森から飛び立っていくのを、私は確かに見た。誰も信じてはくれなかった。以来、あの美しさにとりつかれ、この地を離れられないでいる。フィディリスにこだわりつづけた私はついに出世とも無縁のまま、この年でまだ中佐地位にあるんですよ」



そう静かに微笑みと共に告げた中佐の言葉に、目を丸くするのは私の方だった。
中佐の笑みの中には諦めとも自嘲ともとれるような意味が含まれているのは分かった。
そしてこの決して無能ではない老人が一体なぜこんな片田舎でくすぶっているのか、その理由までするりと理解した上で迷う必要はなかった。



「中佐、ドラゴンは実在します。そしてドラゴンは今年村を襲います。それを食い止めようと今、ある人物がたった一人で闘っています。この件に関して軍を動かす事はできない。兵士相手で勝てる相手ではないからです。しかし中佐、私は焔の錬金術師。きっとその人物の手助けとなり村を守ることができます。────ダグラス中佐、あなたにこの場の指揮を任せても構わないでしょうか」