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本部からの半ば悲鳴のような連絡が飛び込んでからの部隊の動きは早かった。
新兵らを集めて事態の説明をするときは、流石にまだ少年のような彼らの表情に不安がよぎるのを俺は見逃さなかった。
しかし、すぐ振り返れば何事かと心配そうな顔をする村人たちがこちらを見守っているのが目に入る。あの中にはこいつらの親もいるんだろう。兄弟だって、彼女だっているんだろう。俺たちがここでしっかりと連中を避難させなくては誰がやるってんだ!!すぐにそれに気がついた新兵らはさっきまでの不安が混じった表情から覚悟を決めた顔付きとなった。
そして村人たちからも火山がこの晴天にも関わらず曇り出した事を不審がる声が漏れ始め、いよいよ村人たちを避難させなくてはなる。そこからの行動は早かった。混乱の声を上げる人々に冷静さと秩序ある行動を、と兵士たちが呼びかければ息子、兄弟、近所の少年だった彼らの落ち着き払った態度に村人たちも冷静さを取り戻し、強力しあって避難することとなった。
「ばあちゃん、もう一息で山頂だから辛抱してくれよ!」
「後できっと取りに来られるから、荷物は置いていってください!」
「マリー、ぼくの手をつかんでいいからね。ぼくはもうおにいちゃんだから」
「父さん、きっと今度の噴火も大した事ないから、だからお願いだから家畜の事は忘れて避難しよう」
互いに手を引っ張りあい、獣が通ってできたような山道を登っていく村人たちの背中を押すのは、兵士たちだった。
自分達はどうせすぐ軍を辞めて、民間の仕事を斡旋してもらう予定だから、と高をくくっていたとは思えない落ち着きと気力で村人たちを励まし、手を引き、背負って、兵士たちが山を登っていく。
そして俺もさっきチョコレートを口に放り込んでやった少年を背負い、腕にはその妹を抱いていた。
前から後ろから子供たちが「どうして山へ入るの?」「なんだか遠足みたい!」とはしゃぐ声にのらりくらりと答えてやれば、隣を歩く二人の母親、それも妊婦が子供たちを不安がらせないように務めて笑顔を向ける。その母親の背中を押して歩くのは旦那だ。腕には赤ん坊を抱いている。とんだ子沢山の家だ!
そうしている間にも、山の頂はみるみるうちに黒い雲を孕んでいき、見る者を不安にさせた。
村に残っているトムへの心配とともに、あの山にいるに違いない夢子のことを思い出す。
夢子、お前本当に大丈夫なんだろうな?
「Stupefy!!!」
失神呪文ごときではドラゴンに致命傷を与えることはできない。
次から次へと呪いや攻撃呪文を繰り返すけれど、ドラゴンの千年の魔力の血の前では小娘の攻撃なんて無意味に等しかった。しかもドラゴンから逃げ回る立場にあって、杖を片手に箒を握り締め、出したこともないようなスピードで空を飛びながら後ろを振り振り返り攻撃をする事は簡単なことじゃない。何度も切り立った岩肌に激突しそうになったり、箒からずり落ちそうになるのを歯を食いしばって立て直す。
ドラゴンは疲れることもせずに耳をつんざくような声を上げ、炎を吐き、わたしを追い掛け回す。
そしてそうしている間にも活火山から吹き上げる火山灰は量を増していき、魔法で顔面に見えないマスクをしているとはいえ肺が苦しくなるのを覚える。ちいさな石英たちが喉や鼻を刺激する。ドラゴンの苦手な直角の方向転換からの急降下でカルデラ湖の湖面低く飛び、杖を振って水しぶきで目くらましをするけれどドラゴンはまるでその巨体を湖にぶつけるように山のような水しぶきを上げて突っ込んでくる。箒や杖を握り締める手は緊張と強すぎる力ですっかり萎え、関節はガチガチに固まって、ちょっとでも気を緩めれば手から落ちてしまいそうになる。
そしてドラゴンがその巨体をがっつり湖に埋もれさせているのを確認して、すぐさま湖から離れて呪文を唱えて杖を振り降ろせば、ドラゴンの巨体目掛けて大きな稲妻が落ちる。水の力を借りて威力を増した稲妻には流石のドラゴンもこの世の終わりのような凄まじい声を上げたかと思えば、ゆっくりと落ちていくように湖へと沈んだ。
やった!!!
でもまだ終わっていない!こいつをわたしに服従させなくっちゃ!!!けど、どうやって!?
その時、山の麓からで天に伸びる支柱のように大きな火柱が上がるのが目に入った。
マグルの火炎放射器だってあんなことはできやしない。まさかもう一匹ドラゴンが!?
ドラゴンが湖を真っ白に変えるほどの水泡をあげて沈んでいることを確認して、わたしは湖に向かって呪文を掛ける。するとみるみるうちに湖の表面は凍っていき、ドラゴンが立てた荒れ狂う海のような波さえも真っ白に凍らせていく。次から次へと繰り出した大技に頭の奥がガンガンとした。けれどもさっきからその存在を主張するように繰り返し火柱が上がる存在を無視はできない。
すぐに箒の先をぐいっと持ち上げ、そしてジェットコースターのように火柱に向かって突っ込んでいく。
ドラゴンがもし二匹いたら、わたしはどうしたら良い!?
焦る気持ちで火柱の麓へと飛び込んでいき、そして自分の目を疑う。
「大佐さん!!!」
「夢子!よかった、無事だったか!」
わたしは箒がわたしを地面に降ろすのもじれったいくらいの気持ちで、箒から飛び降りてただの箒に戻って地面へと転がる箒を拾いもせずに大佐さんに駆け寄れば、大佐さんもわたしの元へと走りよってわたしが怪我をしていないことを確かめるようにわたしの体をボディチェックでもするように軽く叩く。
「火山灰と煤だらけじゃないか。しかし怪我はしていないな?ドラゴンは!?」
「ドラゴンは今は動けないけれど、でも時間の問題!服従のさせ方が分からないんです!それよりどうしてここに!?村は!?わたしの手紙は!?」
「君のような少女ひとりに村の全てを預けられると思っているのか?ドラゴンも、火山までも自分の力だけでなんとかしようというのは君の過信だ。夢子、もっと大人を頼りなさい」
大佐さんは「大佐さん」ではなく「マスタング大佐」のような「大人」のような顔をしていた。
その黒目は燃えるように真っ直ぐにわたしを射抜き、ドラゴンも、そして自然現象である火山までも自分がなんとかできると思い込んでいた気持ちをぶち壊して、そして頼ってよかったんだ、という事を教えてくれる。そうだ。そうだよ。だって大佐さんは、ジャンは、最初っからそうだった。わたしに頼って良いんだって教えてくれていたのに……
その時湖の方からドラゴンの錆びた巨大な機械と機械が軋み合うような声が空気を破るようにビリビリと響き、わたしと大佐さんは顔を見合わせる。
「でもわたし、行かなくちゃ!」
「夢子、私も連れていきなさい。君は魔法のプロ、私は戦闘のプロだ。戦力は多ければ多いほど勝率が上がる」
大佐が言うんだから間違いはない、とわたしの肩をしっかりと掴んで、そして目を射抜く大佐さんに迷っている暇はなかった。大佐さんの顔にも見えないマスクを魔法で被せ、「Accio!!」と杖を振って箒を呼び寄せた。
「さぁ、大佐さん箒に跨って!!!」
トムから水を汲んでくるように指示されたベッキーが両手に4つものブリキのバケツを掴んで牛舎から飛び出したとき、ベッキーは空の異変に気がついた。真暗だった。さっきまであんなに晴れて、ピクニック日和の宇宙まで透けていくような青い青い空だったというのに、それがどうした事かまるで雨季の空のように暗く、鈍色に光っている。そして雪のように降り注ぐものをなんだろうと手を広げてみれば、それが灰であることに気づく。────火山灰だ。火山が噴火しているんだわ!!
小さく悲鳴を上げたベッキーは足元にバケツを放り出して牛舎まで走り出し、ライラの体に腕を突込み子牛を引きずり出そうと血と脂塗れになるトムの背中にしがみつき、叫ぶように火山が噴火している事を告げた。
互いに顔を見合わせて一瞬恐れを抱くような表情をしたボリス夫妻だったけれど、二人とも暴れるライラの体を押さえつけ、腕を突っ込む息子のために産道を広げることから手を離せる状況では決してなかった。いや、手を離し、難産に悲鳴を上げる家畜を放り出して逃げ出すことはいつでもできたけれど、そんなことは夫婦の頭には一瞬たりとも思い浮かばなかった。それは、ふたりの体に流れる血がそうさせていた。
「ベッキー、君だけでも避難するんだ!君はこの家の人間じゃないんだから、なにも気にせず避難して良いんだよ!僕たちもライラの出産を終えたらすぐに行くから!」
「いやよ!!!あたしもここに残る!!トムを置いて行けやしないわ!」
「言うことを聞くんだッ!!」
トムの背中にしがみついて声を上げるベッキーに、トムは今まで彼女の前で出したこともないような怒鳴り声を上げ、ベッキーがびくっと震える。知らない。そんな声を出すトムなんて知らない。そんな顔をしてあたしを睨むトムなんて知らない!
驚いてトムの背中から飛びのくベッキーにトムは再び追い討ちを掛けるように怒鳴り声を上げる。
「君が居たって迷惑なだけだ!足手まといだ!お嬢さまはさっさとどっかに行ってくれ!」
そうトムは叫んだかと思えば、またライラに向き直り、その腹の中で折れた子牛の足を伸ばそうと必死で腹の中をまさぐる。子牛はちょうど人間が前屈のように体を折り曲げた体勢で生まれてくる。けれどライラとこの子牛の場合は、子牛の足が揃わず産道を通ろうとしてしまったため、腹の中で引っかかっていたのだ。そして足が一本引っかかったまま出産を始めてしまったため、体の半身を腹の取り残したまま身動きができなくなっていた。トムは自らの腕を突込み、肉を掻き分け、残された足を引きずり出そうともがくも苦痛に喘ぐライラと混乱して暴れる子牛の前で苦戦していた。
馬や牛の出産が難産であることはそう珍しいことではなく、そのたびに人間が腕を突っ込んだりマッサージをすることで出産を手助けする。けれど今回のケースは本当であるならば帝王切開するのが良いような状態だった。しかし村に帝王切開ができるような獣医はいない。腹をくくって、人間がやるしかなかった。
もうトムはベッキーの事を一瞥もしなかった。
そしてベッキーは牛舎を飛び出していった。