アレックス・ルイ・アームストロングの場合
美しいものが好きだった。
一族の墓石が並び、アームストロング家に嫁ぐ全ての花嫁が式を挙げた教会。
父は軍人でありながら熱心な信者であり、戦場にいない時ならば、毎週第三日曜になると決まって家族で正装をして、その縁深き教会へと足を運び、牧師さまのお説教を聞いたものだったが、幼い頃の私の耳には何も入ってこなかった。教会のレリーフや絵画に夢中だった。冷たい大理石で彫られているのに、その唇の赤さや瞬きをする薄い瞼すら感じられるような女神や、今にも微笑みをこぼしそうな愛らしい天使のまろやかな頬、祝福を約束された楽園のさまざまな果実はもちろん、何度も夢に見た恐ろしい死の番人や、聖人の足元に転がる幾多もの骸骨、おぞましい悪魔たちですら、とても、美しかった。やつらは何度も、ベッドの下や扉の隙間や廊下の闇に潜んで我輩のちいさなシーツに大きな新大陸を描かせた宿敵だというのに。それでも、我輩はやつらの異形の姿すら、愛していた。
───幼年学校での日々。
全ての名家の男の子がそうであるように、11歳になった我輩ももれなく幼年学校へと入学した。
父も、祖父も、そのまた祖父も、代々入学してきた軍の幼年学校だったが、本当は従兄のルチアーノが入学した東部の都市バロアにあった宗教系の神学校へと進みたかった。ルチアーノやその家族ほどの信心があったわけではなかった。神学校では宗教画に関連して美術や芸術についての授業が充実しており、観光名所にもなっている美しいセントラル議会をデザインした建築家や、アメストリス美術館に収蔵されている素晴らしい絵画や彫刻を生み出した多くの芸術家を輩出していた。できる事ならば神学校に進学し、彼らのように芸術の道に進みたいと思っていた。
しかし、アームストロング家の歴史に反する行動を取れるほど、勇気ある男の子ではなかった。
そんな我輩を変えたのは、マルローだった。
幼年学校での日々は、なんといったらいいのか、とにかく忙しかった。
学科が忙しいばかりではなくて、同室のマルローが引き起こす様々な冒険の巻き添えだった。
ああ、マルロー。ちいさな、マルロー。クルミ色の髪の毛はくるくるとカールをし、大きな黒い瞳は、眉との間が狭く、黙っていればとても知的なのに、少女のように真っ赤な唇はまだ赤ん坊の名残でつんと尖った山形をして、今にも何かびっくりするような言葉が飛び出したくてたまらないというように、いつもむずむずニヤニヤしていた。天使の顔をした悪戯っこ。
今でもはっきりと思い出す。ああ、あれはまずかった。
11月の第二火曜日の退役軍人記念日のために講演にやってきた将軍の据わる椅子のクッションに隠したヒキガエル。哀れにもパチンと弾けた時の将軍の悲鳴と講堂中に広がった大爆笑の渦。涙が出るほどゲラゲラと笑い転げ、ダンがひきつけを起こしたほどだった。11歳の男の子にとって「将軍」などはただの「老人」だったが、今になると「将軍」に悪戯など考えただけで冷や汗がでる。
主犯マルローと冤罪の我輩は、「私はもう二度と悪いことをしません」と三百回書き取りをし、それから三か月、水曜日の夕食のデザートは抜きとなったが、食堂の長いテーブルに向かい合って座ったマルローの信者たちがどこからか空の食器に一人スプーン一杯ずつ分け与えてくれて、マルローと我輩の元に届く頃には山盛りのデザートが届いたから、監督官の罰などへっちゃらだった為、マルローはちっとも懲りずに悪戯を続けた。子供たちはいつでも大人よりもずっと賢く、仲間思いだった。もしかしたら小さな男の子こそが世界の王であるのかもしれない。いや、そうに違いない。そうであるべきだ。
マルローは偉大な古い伝説の中の王のようにみんなから慕われ、人気者だった。
「変化」と「驚き」に飢えた寄宿舎の生活の中でマルローのもたらすサプライズはたまらない快感だった。
マルローは、ぽちゃぽちゃとした肉が頬にも肘にもお腹にもたっぷりくっついた、身体が大きいだけの臆病者のアレックス・ルイ・アームストロング少年を何故か贔屓にしていた。子分はたくさんいたが、マルローはアレックス少年を子分にはしなかった。まるで同盟国の王のように接していた。それは決して同室だとか、甘やかしたがりの母上がこっそりと送ってくれる幼年学校の規定違反のジャムやクッキーやヌガーや冒険小説を分かち合っていたからではなかった。なんというのだろうか、「友情」という言葉で言えるものでもない、なにかとても大きな「絆」のようなものを直感として得ていた。手の付けられない悪戯っ子と、図体の大きな弱虫な優等生。
周囲はとても奇妙な組み合わせに見えていたことだろうが、我々は互いの目を見れば互いの計画がなんでも分かった。
言葉に出さなくてもなんだって共有していた。魂の兄弟だった。
ああ、そうだ…そう…あの頃が一番、良い時代だったかもしれない。
中学年になったとき、学科に「科学」に関連して「錬金術」が新たに加わった。
マルローは新しく加わった「戦略的指導経論」というつまりは「指揮官」を育てる授業に夢中だったが、我輩は錬金術の奥深さと美しさ、創造性にのめり込んでいた。国家錬金術師の資格を持つグリグス中佐が、顔が映るほどピカピカに磨かれたタイルの床の上に、小枝の山を置き、チョークで幾何学模様の錬成陣(今にして思えばとても初歩的な陣だったが、15歳の我輩の目には宇宙のように複雑で美しく見えたが、本当は「掃除当番が見たらひっくり返るぞ」とひやっとしたものだった。床掃除はとても厳しい規則のひとつだった)をさらさらと描いた瞬間、ちいさな稲妻のような光が走り、なんてことのない小枝の山は木製の馬へと変わっていた。
あの時の興奮ったらなかった。
それから我輩は休み時間ごとにグリグス中佐の後ろを追っかけて、教科書では足りず、図書館で山ほど借りてきた錬金術の本の中の分からない記述や理論について片っ端から聞いて回った。中佐がそういかめしい顔をした軍人然とした大人のとこではなく、「学者顔」をした物腰の柔らかい青年だったこともあって、我輩は構わず中佐のあとを追い回した。おそらく国家錬金術師の資格を取ったがために「少佐」となり軍属となり何かしらの手柄で出世しただけで、本来ならば「軍人」をしたいタイプではなかったのだろう、と思う。それでも中佐は、時々は軍での仕事もあり幼年学校での仕事を休んだが、そんな時は次に中佐に会ったときのための質問をたくさん考えていた。そうして中佐を捕まえれば、温めていた質問をたっぷり投げかけて、いそいそと逃げようとする中佐のあとをしつこく追い回したものだった。どうも我輩の情熱の向け方はこの頃に学んだものらしかった。
しかし、その頃からだった。マルローと我輩の間にすれ違いが生じ始めたのは。互いが互いを、疎み、憎み始めた。
マルローは変わった。
マルローはすっかり背が伸び、赤ん坊のように赤くとがっていた唇の肉は薄くなり、まろやかな頬は顎にかけて鋭利な骨格を見せ、どこか酷薄そうな印象を帯びた。声変わりは我輩の方が先にしたが、マルローの方が我輩よりもずっと先に大人の男に近づいていた。噂では春から食堂の手伝いに、近隣の村から来ていた、少年たちのマドンナであった同い年の可憐な娘を相手に関係を持って居ると聞いたが、マルローにその噂について尋ねることはなかった。さもありなん、と思った。マルローはそれだけ、周りのニキビ面の少年たちよりどこか違っていた。確かに、あの夏、マルローはすでに大人だったのかもしれない。
戦略の授業でのマルローの立てる作戦は、どれも理に適い、確実に勝利を手にするための素晴らしい立案ばかりだったが、兵士の命をおろそかにしすぎるてらいがあった。歩兵や銃兵、戦車などを模した駒で行うシミュレーション戦闘では上級生を叩きのめして拠点を制圧したが、マルローの部隊の生還率は3パーセントだった。これでは敵が援軍を投入すれば一たまりもないというのに、マルローは「その場の勝利」に固着した。マルローの勝利への執着は一部の教授たちからは指示をされたが、一度、指導官から「この木でできた駒の兵隊の一人一人に家族がいることを考えろ」とその無鉄砲な戦略について追求を受けるとマルローはひどく冷たい目をして「じゃあみんな仲良く平等に戦死させましょう」と突っぱね、教室を出て行ってしまった。
マルローは我輩の立てる「臆病で弱腰」な戦略を嫌い、我輩は我輩でマルローの立てる「無鉄砲で酷薄」な戦略を嫌った。
互いの戦略や軍事的素養にずれが生じ始めると、相手の性格や態度にすら腹が立つようになった。
「来年からは別室になろう」
言いだしたのはマルローからだった。だが、マルローが言いださなくても我輩から言いだしただろう。
それが決定打となった。最上級生となった新学期からは我輩は同じく錬金術科で意気投合をしたドーソンと同室となり、マルローは手下のひとり、自分の参謀のようなポジションに置いていたリンツと同室となった。
マルローはもう誰かを笑顔にするような悪戯はしなくなった。
マルローの口から飛び出すのは、誰かを傷つけないジョークではなく、教室内に討論や議論をもたらすような過激な発言となった。幼年学校内はマルローの派閥が生まれ、その中には好戦的な教師も含まれていた。
「いつかお前に俺が正しいことを教えてやる。やっぱりマルロー、お前が一番だって言わせてやる」
部屋を分かれるときの、マルローの言葉だった。その言葉になんと返したかはもう、覚えていない。覚えているべきだった。
みながその冬に行われる、幼年学校の卒業試験のひとつ、戦闘地域での後方支援実習で、マルローが手柄をあげると思っていた。
幼年学校生の仕事は、手柄をあげるようなものではなく、食事の手配や、軍服の洗濯や、配給品や手紙の整理などの雑務だったのに、みんながマルローに期待をした。あいつなら何かしてくれると思っていた。―――我輩もその一人だった。
手元に残った白黒の写真の中の、12才のマルローは、本当に、まだあどけない、愛らしい子供の顔をしているのに、顔はぐちゃぐちゃとかき消すようにペンが入れられている。稚拙な怒りがぶつけられている。これを書いたのはもちろん我輩だった。
マルローは、18XX年の冬、戦闘の中で死んだ。
後方で洗濯作業にあたっていたマルローは、少尉階級の軍服を盗んで、前線へと潜り込んでいた。戦闘の混乱の中、塹壕からぬっと頭を出した兵士が少年だったなんて誰も気がつかなかった。マルローの死は、幼年学校側からは「事故死」として発表された。それだけだった。
マルローと我輩が心からの友人であったのは、互いに臆病だからだった。種類は違う。それでも、臆病だった。マルローを勇敢であるようにさせたのは、我々のマルローへの期待。マルローが一番怖がっていたのは、失望されること。
18xx年の冬、そうして我輩はしきたり通りに軍人になることを決意し、幸福な子供時代に別れを告げた。
一番美しかったものは永久に消えてしまったから、もう何の未練もなかった。