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開墾しよう。
そう決めたからには、徹底的にやるしかなかった。
エルヴィンにわたしを売り込みたい気持ち。それは、この時間の世界の中で、わたしの居場所を作るために、という打算もあったけれど、なによりここで生活してくうえで食糧事情を改善したかった。
家の周囲は、日本では見ないような手つかずの平原が目視で50メートルほど続き、その奥にはわたし達が抜けてきた森が広がっている。それが「山」ではなく「森」であることに、日本との違いを感じる。ここは平地の多い「大陸」なんだろうか。それに、この家のある場所もかつては森だったんじゃないかな。それを、この家を作るために伐採し、住居を建てた。詳しいことは分からないけれど、ここは林業か狩猟に携わる人の仮の住まいだったのではないか、と思う。
つまりご近所さん、はいない。
わたしを周囲の目から「隔離」しておくには持って来いの場所だろう。
エルヴィンもよくこんな場所を見つけてきたな、と思うけれど、もしかしたらこういった廃屋は都心部への人口流入で少なくないのかもしれない。かつての日本のように、土地に縛られる事がないのかな?
せめてここが、現代の世界地図でいうところのどこなのか、それさえ分かれば少しは習慣や風習、食生活などの手がかりになるかもしれない。もどかしい。とにかくなんでもいいから情報が欲しい。
わたしは、ダリウスにわたしを「観察」させながら、わたし自身もダリウスを「観察」する事にした。
けれどダリウスの日常の行動の中に、なにか「宗教的思想」のようなものや、なにかヒントになるようなものもなくて、ただただカタコトでの会話のラリーが続く。それでも意思疎通がとれるようになってくるのは面白いし、どんどん自分の伝えたい事が主張できるようになったり、訳の分からない混乱の「?」の渦に放り込まれて怯えることもなくなったりして、生活が少しずつ楽になってきたのは分かってきた。語学のことは、とにかく頑張るしかない。
あとは、食料だ。
この家で暮らし始めて、二週間が過ぎた。
食料はエルヴィン達が運んでくれた小麦を始めとした粉類や塩などの調味料、ジャガイモ、ニンジン、瓶に入った酢漬けキャベツや燻製肉、干し魚などの保存食。瓶詰めのエールやワイン。そろそろ新鮮な生野菜や卵を食べたい。いや、ここでの医学や栄養学がどの程度発達しているかは分からないけれど、こんな偏った食事のままでは病気になっちゃう。
正確な医学的根拠のなさそうな時代で病気になることは、すぐに「死」を意味するだろうから、体調管理は急務。
食料事情を改善しようと決意してから、わたしはダリウスに許可を得て、家の裏手を開拓することを始めた。
まずは六畳ほどの敷地を畑にするために、大きな石や小石を全て取り除き、雑草を抜く。抜いた雑草も一か所に固めて、日陰のなるべく湿っぽいところに撒いておいて、有機物が分解し、肥料にしてくれるのを気長に待つために燃やす事はしない。できれば石灰などを混ぜる事ができればもっと早く肥料になるけれど、ここでは江戸時代並みの農業をするしかない。ホームセンターに行ったら三百円もあれば立派な肥料でもなんでも買えるのに…とか、いろんな道具が欲しくてほしくてたまらない。
もうとにかくホームセンターに行きたい!!!
でも、ひとつだけ幸運だったのは、ここがかつて「森」だったこと!
しっとりと濡れた土は、黒っぽくてふかふかとしていて、少し堀っただけで、ちいさな、ちいさな虫やミミズが顔を出す。一握り掴んだ土を指で押すと、固まりはほろほろと崩れる。これが泥団子みたいに固まったままだと、芽が出たとしてもすぐに腐ってしまうだろう。それに比べて、ここはおそらくかつて森の栄養をたっぷり含んだ腐葉土だったらしい。土が豊かだったことは本当に幸運!
ここが砂漠や荒野でなかった事をとにかく感謝するしかない。
それからわたしは、「逃亡」の意思がない事を示すためにダリウスと一緒に何度も森へ行き、その都度落ち葉や枯れ枝、そして動物の糞らしき物があればそれを集めた。大きな枯れ枝は、暖炉や竈の火にくべるために。エルヴィンは薪も置いていってくれたけれど、わたしが蒸留水をつくために火を沢山使うので少しでも節約させたいためだった。
今、わたしの毎日の仕事の中に、蒸留水を作ることともう一つ、堆肥作りが加わった。
最初、森の中で見つけたのは鹿の糞だった。
コロコロとちいさな糞はすっかり乾燥し、なかば土に返っているような状況だったけれど、それを見つけてすぐに堆肥を作ることを思いついた。ダリウスと何度も何度も集めた落ち葉を、ジャガイモが入ってきた木の箱に動物の糞と一緒に入れて、毛布にくるんで日陰に放置する。そして一日一回はかき混ぜて、また保温する。糞に含まれるバクテリアが枯れ葉を分解してくれるのを待つ。何日か繰り返すうちに細かくなっていくので、また枯れ葉を追加する。あと一週間もすれば良い肥料ができると思う。
調理をするとき、ニンジンの頭の部分を、余裕を持って切り落としたわたしに、ダリウスが「もっと無駄なく切りなさい」と言ったけれど、わたしはそこに「かんがえがある」と答えて、水を張った皿にニンジンを置いておいた。再生野菜を作るためだ。最初は疑わし気だったダリウスも、やがて葉を落としたニンジンの頭からまた葉が成長しだしたのを見て驚いた。
これでスープにもう一回余分に彩りと栄養を加えられるようになった。
そうやってわずかずつだけど、畑の面積を更地にすることはできた。
でもさすがに鍬や鋤もなく素手で土を掘り起こすのは難しい。なにより、「種」がない!
ああぁ〜〜っ、ホームセンター!ホームセンターに行きたい!!!!!
全ての雑草抜きを終えて、更地に取り除いた石を並べ終わると、いよいよそこが畑だって分かるようになった。
今まで何度も畑を作ったり、農家さんのお手伝いをしたりしたけれど、こんなに胸が熱くなったことはないかもしれない。
除草機も耕運機もない土地を、ひとりで畑らしきものに完成させられた喜びも確かにあるけれど、なによりも、自分の命を懸けてこの畑に生きるんだ、という恥ずかしいくらい熱い気持ちがこみ上げて息を呑む。こんなに必死になった事はない。
いつだってわたしは、ただ、単位が欲しかっただけ。
それだけの人間だった。
畑ができた夜、わたしはダリウスに頭を下げた。
「どうか種と農具を手に入れてほしい」
それは、わたしがこの時代に来てした、初めての「要求」だった。
鍬や鋤の単語は習っていなかった。だから身振り手振りだったし、きっと自分が思っているよりももっとカタコトだったと思うけれど、わたしは必死にダリウスに伝えた。そして、絶対に「逃げない」ことも。絶対に逃げない。絶対にここにいる。
どうか、どうかお願い。―――――――わたしに生きる力を!
次の日の早朝、ダリウスはわたしを一人置いて行った。
街へ行くんだと微笑んでくれた。ダリウスの目が優しく細められたとき、わたしは体中が震えるくらいうれしかった。
信頼を得た、と思った。
深夜、帰宅したダリウスは、いくらかの植物の種と、古いけれど鋤と鍬とシャベルを手に持っていた。
夢子を閉じ込めたダウニー村まで馬を走らせながら、リヴァイは胸の中で先ほどの光景を反芻した。
一人息子を失った父親からの拳を、真っすぐに受けた。すでに止まったはずの鼻血の味がいつまでも口内に残る。
苦々しさは、鼻血のせいだけではない。この、無意味な出兵の後味の悪さだ。
三日前、小規模の壁外調査が終わった。
帰り着いてみれば86人いた部下が69人となっていたが、「高い帰還率」だとして新聞が持ち上げた。
17人の家族にとっては、それが「勝利」だとは決して思えなかっただろうし、調査で得たものがない事など知る由もなかった。なにも、得ていない。ただ駆けずり回って巨人相手に鬼ごっこをして遁走しただけだ、としかリヴァイには思えなかった。それでも年内査定の時期であり、少しでもポイントを稼ぎたかった上の人間が強攻させた調査だった。
この壁外調査がただの徒労であることは、エルヴィンも当然分かっていた。
一度調査したエリアを再確認させられる。その事が分かっていたが、エルヴィンの権限では拒絶する事ができなかった。命令を受けた夜、エルヴィンの部屋の壁には穴が開いた。痛む拳の熱が、エルヴィンに冷静さを与えた。エルヴィンは作戦計画に入念な手入れを入れ、この無駄な出兵で出るのであろう被害を最小限に抑えられるよう、神経を焼いた。
そうして出兵した兵士たちが見たもの、それは前回の調査で死んだ仲間たちの腐敗した亡骸と、巨人。
悪夢や地獄などという聞きなれた恐怖では言い尽くせない。
力だ。
力がないばかりに無駄死にさせた。
リヴァイの胸を占めていたのは、怒りだ。
エルヴィンへの怒り。
上層部への怒り。
守れなかった、自分への怒り。
この状況を、打破する、何か、何か強い力があれば――――――
森を抜け、その家を見た時、リヴァイは一瞬、自分が別の家へと迷い込んだのかと錯覚した。
雑草に囲まれうらぶれた雰囲気を醸し出していた荒れた廃屋は整理され、煙突からは白い煙が伸びている。
そして、清潔に整備された区画に生える、それを見たとき、リヴァイは僅かに目を見開いた。
畑が出来ている。そして、ここに、確かに「生活」の基盤が生まれている。
畑には、青々とした野菜の若芽が5センチほどの高さまで伸びている。
ゆっくりと近づき、片膝をついてよく見てみると、それは何かの芽のようだった。だが、開拓地で見るものとはまるで違う。開拓地で見るものは、どれも、もっと葉が薄く、白く、いかにも弱弱しいものだったが、この芽は違う。緑は濃く、細長い葉は水分と養分をしっかりと吸い上げ、互いに隣の葉と領地を奪い合い、手を伸ばすように真っすぐに芽吹いている。
「これは、ほうれん草です」
ふいに掛けられた声に驚き、顔を上げると、バケツを抱えた夢子が微笑んでいた。
自分が背後を取られるほど魅入られていたことにも、夢子の口から意味の分かる言葉が飛び出したことにも、そして、その表情に光があったことにも、リヴァイは驚いた。初めて夢子を見た時、青ざめた顔と、まるで殴られ続けた犬のように怯えていた弱くて小さな身体ではなかった。
裾をまくった男物のズボンを履き、簡単にまとめられた髪が一房肩に掛かっている。
しっかりと立って、両手でバケツを抱え、その頬は血色が良く、自然な笑みが浮かびんでいる。
初めて、この娘を、綺麗だと思った。