40

天に向かってその白い腹を向けて転がる鹿の喉は裂かれている。


男、ファルクがその喉に腕を突っ込み、消化器官か、何かの管のような臓器を引き出し、サシャが手際良く内臓の上部を結ぶのを見て、胃だろうか、とわたしは見当をつける。内容物の逆流を防いでいるのだろう。草食動物特有の大きく濡れた黒い瞳は目を閉じることもなく、天を映している。その大きな瞳に上空を飛ぶ鷹か鳶の影が映る様を奇妙な夢を見ているような気持ちて眺めている。

鹿は自分が死んだことさえ気付いていないのではないだろうかと感じるほど、あまりに生きた顔をしていて、目の前の解体が実は治療行為で、これからまたこの大きな目を瞬かせて動き出すのではないかと感じるほどどこか霊的で神聖な儀式に見える。


ファルクはそのまま迷いなく両手を腹に入れ、内臓を抑えたり、避けたりしながらテキパキと臓器を取り出し、サシャも慣れた手つきでチューブのような白い腸類がずるずると引き出し、分類していく。不必要らしい臓器を男が無造作に森へと放り投げる。頭の上に両手を添えて「耳」を表現して彼らの足元にいる猟犬を目線で示し「たべる?」と聞いてみたが、ファルクからの答えは「NO」だ。ならばとオオカミや狐を意図して、大きな尻尾を表すつもりでお尻の辺りでふわふわと手を動かして尻尾をアピールすると、ファルクは首を縦に振った。野に生きる獣が食べるのだろう。

頭の上で手をぱたぱたさせたり、尻尾のジェスチャーをするわたしをサシャが「あほか」という顔をして見ているのが、なんだか気安くて、かわいい。


今回の狩で仕事をした猟犬たちには、サシャが取り出したばかりで湯気を立てるレバーをいくつかに切り分けて放り投げると、くちゃくちゃと実に美味しそうに目を細めて食べているが、わたしは内心で肝炎や寄生虫の心配をする。犬たちはすっかり慣れた様子だし、彼らは狩猟民族として暮らしてきたノウハウがあるから大丈夫だろうと思いつつ、滅菌殺菌された世界に生きてきた自分がどれほどのジビエに耐性があるのか、ということだけは常に慎重になる。

そして犬の種類に詳しくないことが惜しまれる。
犬は3頭、パグの顔とジャーマンシェパードを混ぜたような中型の犬、品よく灰色に光る短毛が美しく、瞳孔まで透けた瞳を持った犬、垂れた耳にシェパードのような顔をしていながら体だけ体毛の長い犬、どの子も日本の街中ではあまり見たことがないが、どこか愛玩犬とも似た顔立ちをしている。

犬種が特定できれば産地を推測することができたのに、とまた自分の無知に内心でため息が溢れる。

犬たちはそれぞれ役割があるらしく、獲物を見つける犬、追跡する犬、立ち向かう犬として仕事をしているらしい。だが実際の狩猟の場までついて行ったわけではないので、それはファルクからの言葉少ない説明から推測する。

愛玩犬ではないので序列がしっかりあるらしく、犬の尊敬を勝ち得る威厳や能力がないのに、そのことに思い寄らなかったために、初対面のときにうっかりペットにするように簡単に撫でようとして唸られ、サシャが慌ててわたしの手を掴んで引っ込めさせてくれた。「あぶないに!こン子らは熊でも狼でも立ち向かう。手ぇ、噛み切られたなかったら近寄ったらいかんと!」と叱ってくれて、ファルクがわたしに自分が使っている毛皮のベストを脱いで着せてくれた。「俺の匂いが付いている。犬は攻撃しない」と、おそらくそのようなことを言ってくれたらしく、実際ファルクのベストを着てから犬たちから敵意が消え、サシャが「あんたもやり」と渡してくれたレバーを犬たちに放ると彼らも大人しくそれを食べてくれた。

しかし人間の方はそう簡単ではない。


サシャのコミュニティとすっかり“ご近所付き合い”が始まった。
燻製に加工された熊肉のお礼として、ダリウスは生地を一反、サシャの父に渡していた。それがWin-Winの価値観でのトレードなのかはわたしには分からないが、まだ何にも加工されていない綿の生地は村の赤ちゃんたちにはいくらあっても余るものではないらしく、女性たちにとても感謝され、同時にわたしに対して女性たちが「これは必要ないのか?」とずいぶん案じてくれる様子だった。

男に必要なくて、子供がおらず、オムツを作る必要のない女であるわたしにひそひそと人目を憚るように確認するように繰り返される「大丈夫?」という言葉に思い当たって、わたしはあぁ、と合点が言った。────生理だ。

なぜダリウスが、いや、ひいてはエルヴィンたちが用意してくれた支援物資の中に、手芸店で売っているような一巻きもの綿をいくつか持っているのか、いくつかそれで下着と肌着を縫い、水の濾過や雑巾、タオル代りにも使用したが、おそらく本来はナプキンの代わりにするものだろう。ナプキンが生まれる前は綿の布を下着に挟んで吸わせていたのだろうが、なぜだかここに来てからわたしには生理が一度も来ていない。ストレスのせいか、食生活か、両方の由来から急に痩せてしまったせいなのか、ホルモンバランスが崩れて体のリズムが止まってしまったらしい。だから生理の煩わしさを忘れていた。生理がきちんと来ることが絶対正しいのだけれど、今は生理中に生活が立ちいかなくなるかもしれないということや、ダリウスのような家族ではない男性との二人暮らしでの気まずさから生理がないことは少し助かっている。

ともかくそういうわけで女性たちがわたしを気遣ってくれたことが嬉しかった。

そうやってダリウスが物々交換をしてくれたおかげで、サシャのコミュニティへのお荷物になるのではなく、村では中々手に入らない街の物資を渡すことで共生になれたことがよかった。村からは自給自足のため、食べられる植物や香辛料になる葉っぱ、焚き付けに使える木などを教えてもらい、ダリウスは村に軽度の病人がいれば治療をしてやるようで、そういう流れでなんとなしに、村の青年ファルクがわたしに調理を教えてくれることとなった。

ファルクはわたしより5、6歳年上だろうか
30代半ばの背の高い青年で、節だった大きな手をして、無口だが奥さんと小さな娘に向ける目がやさしいのでわたしは信用して頼ることができた。村の中には敵意と怪訝さを隠さない目をした人もいる。人から露骨な敵意を向けられることは、日本にいた頃ならなかったことなのでその冷たい視線を浴びるたびに体から血の気が引くように強張ってしまう。だけど自分が戦国時代の人間で、やってきたポルトガルからの宣教師を初めて見る村娘だとしたら、やはり怪訝な目を向けたに違いない。だから、彼らが悪いんじゃない。ここはそういう時代で、そういう場所なんだ。村の顔役であるサシャの父親がわたしとダリウスを庇護し、その娘であるサシャをわたしに近付けさせてくれるおかげで後ろ盾となってくれたことは分かった。

異人種を薬の材料にするために狩るとか、迫害するとか、そういった可能性だってあったのに、とりあえずゆるやかに棲み分けられていることに、まずは安堵する。

サシャは父親に言われて渋々といったように世話を焼いてくれるが、その目から敵意と警戒心が薄らぐことはない。それでもおそらく指示されたこと、今日は肉の解体とソーセージの作り方を教えてくれた。

わたしは自分の話す言葉が、ダリウスやエルヴィンたちのような都会言葉であったり、特権階級的喋り方じゃないだろうかと不安な気持ちがありながらも、なるべく発話をして語彙力を増やそうとサシャによく質問をする。サシャは唇を尖らせ、ジトッとこちらを見ながらも短い言葉で返してくれるので、固有名詞を多く覚えることができた。

やっぱりダリウスと2人での暮らしでは会話がパターン化してしまうので、コミュニティに入ることは良いことに感じられる。迫害への不安があるし、完全に受け入れられているわけじゃないことは分かっているけれど、それでも土地の暮らしが分かり、コミュニケーションを取れることは嬉しい。



そんな日々の中だった。リヴァイがやってきた。