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おかしい。どう考えてもおかしい。っていうかよくよく考えればおかしい事だらけ!!
あの男達は、“セントラル”という町を中心として活動していた人身売買の犯罪組織。つまりは人買いで、セントラルというのは、アメストリスという国の首都で、わたしはその人身売買組織が誘拐してきた女の子を監禁していた古い教会にいた、と教えられた。

なにそれ?どういうこと?
そもそも、アメストリスって、どこ?

怪我の手当てをしてくれた軍医のおばさんに直球で「魔法使いですか?」って聞いたら「医者はみんな魔法使いよ」とそのふくよかな頬を笑顔でいっぱいにして笑ってくれたけど、いやいや、そういう意味じゃないんです…。軍の救護室をきょろきょろと見回せば、先生の家族らしき人たちの写真が写真立てに入れて飾られていたけれど、写真の中の男の子は動かない。かわいい笑顔をこちらに向けているばかりだし、軍の施設の中に魔法の力が働いているようなものは何もない。

っていうか、マグル界そのものだ。

けれど不思議なのは、パソコンとか、テレビとか、エアコンとか、そんな感じの最先端電化製品をさっきから見かけない。
まるで百年前の世界にやってきたようなローテクの電化製品しかない。普通お医者さんの部屋ならパソコンや、何かもっと最先端機器って感じのものくらい置いてあってもおかしくないのに、そんなものが一切ない。スマホを使っている人すらいない。マイナーな発展途上国なのかもしれない。着ている軍服もなんだか目の覚めるような濃い青色…。
軍服なんて詳しくないけれど、こんな軍服も見た事ない…。

いやいや、落ち着け。落ち着くんだ。
ヨーロッパ辺りってあんまり有名じゃない国とかいっぱいあるし、わたしが知らない小国とか公国なのかもしれない。

ほら、リヒテンシュタインとか、アンドラ公国とか、サンマリノとか、ナウルとか、モンテネグロとか、セーシェルとか、セントクリストファー・ネイビスとか!!!
英語が通じてるってことはイギリス連邦の加盟国かもしれないし!!!アメリカ自治領かもしれないし!!
そうそう、きっとそう。たぶん、そう!そうに違いない!

そうだ…そう…?ほんとに?



救護室をきょろきょろっと見回す。
何か知っているメーカーの商品でもないか、と思って見回すけれどどれも見た事がない。いくら軍の中といっても、民間企業の製品がひとつ、ふたつ入っていても良いだろうにそんなものも全くないし、魔法の気配もしなければ、現代の電化製品の気配もしない。ふいにタバコの悪影響を書いたポスターの隣に、何かの地図を見つけた。海のない大陸地図には「アメストリス」と書かれているけれど、やっぱり聞いたことがない。内陸の国、みたいだけど内陸にこんな国あっただろうか?

「あの、すみません。アメストリスはどこら辺にありましたっけ?…ヨーロッパ?」
「ヨーロッパ?なに言ってるの、アメストリスは立派な大国よ。南にアエルゴ、東にクレタ、北にドラクマ、西に砂漠があって、そこを越えればシンがあるわ。そういえば、あなたはちょっとシンの子に似てるわね。遠くから来たの?旅行者?」

期待をこめて言った「ヨーロッパ」を全否定される!
しかもその後に続く地名にわたしの頭には「?」が浮かぶばかり。
クレタって、クレタ島?ギリシャ神話のあの半分牛で半分人間の?アエルゴ…Aergo…緑青、か?なんじゃそら。
ドラクマは古代ギリシャのお金の単位だっけ?それからシンは…秦?清?中国の昔の名前?…だからこの人はわたしをシンの子に似てるなんて言ったのかな。だけどどれにしたって全部最近の国家としては聞き覚えがない国ばかり。

「旅行者だったら災難ね。もうすぐこの事件の責任者のマスタング大佐があなたに会いにくるけどその前にシャワーを使うといいわ。随分埃だらけだから。」
そう言われて自分の体を見渡せば、何度もあの埃とカビの巣窟のような場所を何度も転がったせいで、ローブから制服から何まで埃だらけだ。確かに、シャワーを浴びたい。お風呂にゆっくりつかりたーい!なんて贅沢は言わないけど、せめて身支度くらいは整えたい。わたしに会いにくるっていう“大佐”があの人だとしたら、こんな汚い格好は見せたくないな…。

「あ、でもわたし、代えの服なんて持ってなくて…」
「そんなの気にしなくていいのよ。ここはセントラルの軍なんだから。代えの服も下着も沢山あるわ。ただし官給品だからデザインは期待しないでね。ゆっくり暖かいお湯を浴びて、緊張をほぐすといいわ」

親切にそう言ってくれた先生に、しかし不安を覚えるしかなかった。
なんだかうまく頭がつながらない。ここは、ヨーロッパじゃない…?





あー…さっぱりしたぁ…
軍のシャワールームをお借りして、軍から支給されたちょっとごわごわとした下着とスポーツブラをつける。それから軍のエンブレムらしいライオンの柄の入った白いTシャツと、短パンをはいたわたしは、またさっきの救護室へ案内された。このTシャツの右胸元には、プジョーみたいな、グリフィンドールのシンボルみたいな、ライオンがデザインされている。どこの組織のライオンは権力の象徴なのかな。そんなことからも、まったくの不思議な世界、ってわけじゃないのは分かる。これでサナダムシ信仰の国家だったら相当不可解だけど、でも古代エジプトでは糞転がしが信仰されていたしなぁ…。
救護室からシャワー室へと移動する中、キョロキョロとあたりを見回すけれど、ここには現代のマグルの技術や文明を見ることができない。なんだか映画の世界に紛れ込んだように、アナログな世界。インターネットの気配が皆無なのに、だからと言って魔法の力も感じない。


────もしかしたら“扉の向こうの世界”かもしれない。


好きな占い学の授業で聞いたことがある。
授業がちょっと脱線した時、先生が話していた“扉の向こうの世界”マグル界で言うところのパラレルワールド。平行世界。
この世の中には、「こうなったかもしれない世界」っていう不確定の世界があって、それは時々デジャヴって形で一瞬頭の中にフラッシュしたり、夢の中に出現したりして、その存在がこの世界と繋がっていることをアピールする事がある。それに何かの境界線を越えたとき、人はその扉の向こうへ行けるって。

例えばマグル出身の君達が、今、こうしてこのホグワーツにいて、授業を受けていることだって、些細な扉を越えた世界だ…とか。
確かに、扉を越えなければ、わたしはずっと日本にいて、普通に中学生やって、高校生やって、部活なんてして、数学とか国語をやって、平凡な大学か何かに行って、平凡に、地味に、日本に生きるその他大勢の一人として生きていたに違いない。ホグワーツの世界はわたしにとっては十分ファンタジーな世界。魔法界だって十分不思議の世界なんだから、もしもここが「こうなったかもしれない世界」「扉の向こうの世界」だったとしても、今更怖くなんかない。
言葉が通じるだけで万々歳だ!


それより、怖いのは人間。
いきなり軍だなんて、困る。ひっじょーに困る!戸籍とかないし、すっごく困る。怪しい…。怪しいよね…。
っていうかわたしなんて「不審者」そのものなんだろーなぁー!

さて、これからどうしようか、とずっしりと重くなった体を引きずって救護室へ戻れば、そこにはあの、マスタング大佐がにこやかな笑みを浮かべていた。……お待ちかねだったご様子。まだなんの言い訳も、逃げ道も考えていないのに、いきなり絶体絶命だ、って気分。

「やぁ。待ちきれなくて来てしまったよ。まだ怪我は痛むだろう。しばらくは熱を持つかもしれないが、ここの軍医は名医だからね。すぐに手当てをしてもらえたようだし、跡にはならないから安心してくれたまえ。女の子の顔に傷でも残ったら大変だからね」

歌うようにペラペラと飛び出すサラダ油みたいにさらさらと軽くてにこやかな言葉に、はい、ありがとうございます、と答えながら、わたしは困る。ああ、困る。困る。困るんだよなぁ。そんな爽やかな顔をされても困るんですよねぇ。…今は被害者面してるんだけど、すーっごく困る。話がこっから先に続いていくこと、これからきっと色々厄介な質問をされるんだろうな、と考えるとすんごく困る。

うわああ、と叫んで逃げたい!逃げ出してしまいたい!

「さて、今日はもう夜も遅いし、君も疲れているだろう。だけど君の家族に君の無事は伝えなくてはならない。君の住所と名前を教えてもらえるかな?」

一番聞かれたくない質問!!
いっそこのまま、恩人であるのに申し訳ないけれど、この人の記憶をぶっ飛ばして逃げ出そうにも、さっきシャワーに入ってしまったせいで、杖が手元にない。杖と手帳はこの大佐さんの背後にある机の上に置いてあるし、あそこまで行くのはちょっと不自然だ。第一、この人の記憶を消したとして、こんな軍の施設から脱出できる筈がない。箒でもあればよかったかもしれないけれど、それでも地上から銃で撃たれたりしたら死ぬに決まっている!あれ?銃の射程範囲ってどれくらい?って、そもそも箒がない!!
あああ…!どうすれば…っ!!?

「どうしたんだい?住所を覚えていないのかな?でも名前くらいはいえるだろう?」
「…えっと、山田夢子です」
「聞かないニュアンスの名前だね。山田が名前かな?シンかどこかからの旅行者か、留学生かな?」
「…夢子が名前です。…学生です」

ホグワーツ魔法魔術学校のね!魔法とか占いとか飛行術とか習っているようなね!!
ああ、こうやってぶっちゃけられたらどんなに楽だろうか……ん?ぶっちゃける?
あ、そうじゃん。もう言っちゃおう。ここはもう不可抗力だ。あとできっとダンブルドア先生か、魔法省の人たちがこの人たちの記憶を消してくれるだろう。わたしは誘拐されてあそこにいたんじゃないんだし、あの人身売買グループにも1ミリたりとも関係ないし!そうだそうだ!言っちゃえ言っちゃえ!むしろ言ったり、魔法を見せたら、未成年のわたしには魔法省からの手紙が確実に届くし、そうしたらわたしの居場所なんてすぐに見つけてくれる!だって学校から生徒が消えたんだもん!きっと探してくれる!
そーじゃんそーじゃん!魔法省からの手紙ってどっこにでも届くのよね!

よっし!そんじゃ早くわたしを見つけてください、魔法省様!


「あの、わたし、ここの人間じゃなくて…」
「じゃあ、泊まっていたホテルやモーテルの名前は、分かるかな?こちらでも失踪した少女や女性達のリストは上げてあるから、君に該当するものがあるかもしれない。最も、届出が出されていなければ、把握できていないかもしれないが」
「そうじゃなくて、あの、わたし、急にあそこにいたんです!!」

大佐さんは、その顔に貼り付けた親切な笑みを崩すことなく、やはり親身な顔をして頷く。
そして、「そうだろう、誘拐された子たちはみんな、急にあそこに攫われて監禁されていたんだ」と言葉を続ける。ああ、もう、なんて言ったら良いんだか…!ぶっちゃけるって言ってもどこから何を話したらいいものか。
元々人を騙したり欺いたりできるほど賢い人間じゃないし、そんな大げさな経験だってない。
それに、あの時、ピンチを救ってくれた恩人の人に嘘をついたり騙したりしたくないという気持ちもある。

あー、もーっ!!じれったい!!!
マグルに名乗るなんて初めてこのことだからちょっと緊張するけれど、仕方がない!
それに一度ちょっと言ってみたかった。


「わたし、魔女なんです!!」


捨て身でそう言った瞬間、さすがに大佐さんの表情が強張った。
さっきまでは何を考えていたか分からなかった。でも今はわかる。“なんか変なこと言い出した!”大佐さんは、そんな言葉を黒マジックで太く太く書いた顔を引きつらせた。だけどそれも一瞬のことで、すぐににっこりと微笑む。きっと(やばい不思議ちゃんだ)とさぞや痛い子だと思っただろう。

「…信じてくれます?」
「信じるとも。君は可愛い魔女さんだ。それで、魔女さんはどこから来たのかな?」

ああ、神様、仏様、一体わたしが何をしたって言うの…。
他人の日記だか手帳だかを勝手に開いてしまったのは悪いと思うけど、殴られたり、ぶっ飛ばされたり、埃まみれになったり、こんな居たたまれない体験をするほどの悪だったんだろうか。恥ずかしい。ちょっと恥ずかしい。大佐さんの親切な対応がすごく恥ずかしい。でも「わたし魔女なんです」なんて一言を「はい、そうですか」とにっこり信じられでもしたらそれはそれで心配だ。

「じゃあ、証拠を見せたら、信じてくれますか?」
「もちろんさ。一体何を見せてくれるんだい?空を飛ぶのかな?」

は、はずかしい!
なんだか自分がとっても馬鹿みたい!逃げ出したい!
こんな居たたまれない思いをするなら、魔女だなんて名乗らずに魔法を使ってしまえば良かった。
大佐さんは口元にやさしい笑みを浮かべているけれど、目は笑っていない。あぁ、消えてしまいたい!
わたしだってそうだった。初めてダンブルドアを見た時は、どこぞのサンタクロースでもやってきたのかと思ったくらいだし。
…じゃなくて、ええっと、たぶん、わたしが知らないだけで、ダンブルドアとか、魔法省の偉い人たちはこの世界の存在を知っているんだろう。わたしがホグワーツの存在なんて欠片も知らなかったようにね。だから、たぶん、魔法使っちゃえば誰かが来てくれるはず!未成年者は学校の外で魔法使っちゃいけないんだし!
この人に信じてもらえなくったって、魔法を使ってしまえばすぐに魔法省がわたしを発見してくれる!

そしたらすべて解決だ!

わたしはデスクの上に置いてあった杖を手に持ち、こほん、と咳払いひとつする。
大佐さんは興味津々というよりも、これから一体どんな“手品”が始まるのかな、という顔でにこにことしている。
その顔がもうすぐ驚愕に変わるのを覚悟して、わたしは一番簡単な呪文を頭に思い描く。

「Wingardium Leviosa!!」








「もう今日は疲れているんだろう。気も動転しているに違いない。ゆっくり休んでくれ。また明日話を聞きにくるから。それと、救護室の朝食にはおいしいヨーグルトとフルーツがつく。楽しみにしていなさい」
大佐さんはそれだけ言い残して、やさしい笑顔をひとつおいて、狼狽するわたしの頭を撫でて救護室を出て行った。
わたしは杖を握り締めて、屈辱と驚愕に奥歯を噛み締めた。


────魔法が使えなかった!!!


一体どういうことなのか、何度やっても、何度呪文を唱えても、別の呪文を唱えても、目の前の本や新聞、カップはぴくりとも動かす静物然とした顔でテーブルの上に乗ったままだった。恐怖にも似た焦りの中、何度も何度も何度も何度も繰り返し振った杖は無駄にただ宙を切るだけ。杖はただの木の棒にでもなってしまったように無意味で、古代から使われてきた呪文もただの早口言葉になってしまった。顔面から血の気が引いていくのを覚えるわたしと、にこにこと笑みを浮かべている大佐さんの間に寒々しい空気が流れる。
……なんで?
狼狽したわたしに大佐さんは立ち上がってにっこり微笑み、さっきの言葉を吐いて出て行った。

とんだ茶番に付き合わされた、という顔だった。


魔法が、使えない。
それじゃあ、わたしは一体どうなるの?どうなったの?ここはどこなの?
こんな何も分からない場所で、魔法も使えず一体どうやって向こうに帰れるって?


一体どうやって?どうして?