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「いやぁ、参ったよ。思春期には時々いるんだ、ああいう子」


執務室に戻るなり、ロイ・マスタング大佐は溜息交じりに愚痴った。大佐が帰ってくるのを待っていたリザ・ホークアイ中尉は眉を寄せて大佐の発言の真意を読もうとするが、それを遮るように大佐は手袋をはめた右手をひらひらとさせて「降参だよ」と言いながらどっかりと自分のデスクの椅子に腰を下ろす。

「まだ、混乱状態…という様子ではないようですね」
「いや、ある意味混乱しているみたいだ。急に自分を魔女だと言い出してね」
「魔女?」


はぁ、とどう答えれば良いものか、とわずかに肩を下げる中尉の表情には若干の呆れと困惑が含まれているようだった。
魔法という存在は知られている。だけどそれはおとぎ話の世界や、宗教における神や悪魔の持つ特殊な力、昔の自然や眼に見えない自然と科学の力を信仰していた時代の人間文化や、医学を心得るものを総称したような名残りであって、箒に跨り空を飛び、黒猫を従えたり…という魔法使いというものは存在しない。まれに田舎などに行けば老婆が薬草を煎じて薬を作ることを魔法使いさん、魔女さん、と呼んだりもするようだが、それでもただの民間療法のようなものだ。

そんな非現実的なことを言い出すとは、よっぽど夢見がちな女の子か、オカルトマニアか、薬物中毒か、それとも何か頭の少しおかしな娘なのかもしれない。────いや、それとも何かを隠しているのか?


マスタングはそこまで考えて目を伏せる。
確かに、彼女に関しては引っかかることばかりだ。

ひとつ、今夜拘束することに成功した連続婦女誘拐売買のブローカーグループ。
長い間憲兵が追っていたが、捜査していた憲兵3人が見せしめのように殺されていた事から軍が動くことになった。今夜押さえた男達は重要な事は聞かされていない町のチンピラにすぎない。これからまだまだ背景を探る仕事が残されている。それはともかく、彼らはあらかじめ今回の仕事で一体何人の女性を売るか、という事を既にリストアップしていた。

今回売られることになっていた女性の数は5人。しかし、実際に保護した女性や少女は6人いた。余分な一人は誰か?


彼女だ。山田夢子と名乗ったあの少女。




酒が回っていた彼らは、さっきは気がつかなかったようだが、軍でしっかり頭を冷やすうちに明確に供述するようになった。
彼らは言った。────監禁していた女性の中に確かに彼女はいなかった、と。
女性を誘拐してくる役の男は、彼女のことを知らなかった。だが突然、どこからともなく地下倉庫に派手な音と一緒に現れ、訳の分からないことを口走っていた。確か、『飛ばされて来た』とか『学校へ帰る』とか。一体何のことを言っているのか分からない。彼らが根城にしていたあの古い教会は、3年前の大火事以来廃墟となっている筈。ただ石造りだったことが幸いして、今も形としてはしっかり残っているが、信者が通うこともなく、町はずれにあるということや、誰もいないはずなのに時折物音がするだの人影を見ただのの廃屋にありがちな噂が広まったせいで気味悪がって誰も近づかない。それ故、あの男達はあそこを根城とし、活動していた。都合の良いことに宗教革命時代の地下牢まであったのだから。

だから昼間肝試しでもして遊んでいて、地下倉庫で眠ってしまっていたような少女が紛れ込んだ、という可能性はない。なにしろ男達は代わる代わる見張りをつけてあその教会に誰かがいたのだ。必ず、誰かがいた。その誰の目にも止まることなく、あの地下倉庫にもぐりこむことは不可能だ。


では一体、どこから彼女は来た?


『学校へ帰る』と彼女は言ったそうだ。
彼女は恐らく15から18歳くらいだろう、とすればこのセントラルにあるハイスクールのリストを洗えばすぐ分かる。しかしセントラルの公立のハイスクールは私服登校だ。プライベートスクールには制服が支給されている。ならば彼女が着ていたようなスカートにシャツ、セーター、臙脂のネクタイという学生スタイルなのも頷ける。あれが学校の制服だったのかもしれない。だがあんなデザインの女子生徒制服のプライベートスクールは、このセントラルにはない。

彼女がシャワーを使っている間、洗濯するという名目の下、彼女の目から離すことのできた彼女の衣類や荷物は全てチェックし、写真に収めてある。すぐに部下がセントラル中の服屋と学校を調査することだろう。持ち物は、白紙の手帳に、魔法使いごっこに使う杖。それだけだ。
本人の同意なしでのこの行動は、フェミニストを自称する私としても心が痛むものだったが、仕方がない。彼女が容疑者でも被害者でもない今、この行為は違法だ。だがしかし、後で書類の作成等はどうとでもできる。


山田夢子、彼女に関しては分からないことだらけだ。


密室の地下倉庫に突然現れた、いない筈の6人目。
こんな陳腐なミステリー小説、大衆紙のいいカモだろう


「不法入国者、不法移民、という可能性はないのでしょうか?」

中尉の発言にマスタングは頷く。彼女の黒髪に黒い瞳は、どこかシンの国の人間を連想させる。自分も黒髪に黒い目を持っているが、シンの国の人間とは少し違う。どこという訳ではないが、しいて言えば骨の形が違うのだろうか。特に、シンの国の女性はアメストリスやドラクマ、クレタの女性の骨格よりも華奢な骨や体つきをしていると聞いたことがあるが、彼女がそうだった。
小柄、というにはあまりに頼りない骨と筋肉のつくり、まるで子供のまま大人になろうとしているかのようだ。


そしてシンの国から砂漠を越えて、このアメストリスにやってくるものは少なくない。
砂漠全てに国境線を作り、検問や検閲をしている訳でなく、砂漠そのものによって国境ができているような今、砂漠さえ越えられれば入国するのはたやすい。軍に所属している以上、何度も不法入国者を目にしてきたが、彼女はその誰とも違う雰囲気を持っている。


そう、自分が彼女にここまで引っかかるのは、彼女の雰囲気だ。
軍人として、彼女には何か秘密がある。陳腐な表現だがそう言うほかない。何かがひっかかる。


「その可能性も否定できなくはないが、私にはもっと別の意味があるような気がするんだ、中尉」
「別の意味?」
「君はまだ彼女に会っていないが、会えば分かるかもしれない。彼女は不法入国をしてまでこの国に留まり、職を得たいと渇望するような不法入国者、不法移民者独特の切羽詰ったものがまるでない。彼女の服も、それから今時珍しいローブも、どれも上等のものだった。もしかしたら、あの末端組織の連中が知らなかっただけで、彼女こそが“取引相手”だったのかもしれない」
「しかし、その、まだ十代の少女だったのでしょう?」
「そうだ。だが、子供のようなあどけない容姿に騙されてはいけない。彼女こそが裏で糸を引いていた、この連続婦女誘拐売買事件の関係者かもしれない。とにかく、我々は彼女をうっかり“被害者”として保護してしまったが、それが覆る時が来るのかもしれない。いずれにしても、彼女はしばらく軍で保護する。いや、監視といった方が正しいか?」
含むような笑みをどこか自嘲的とも、挑発的ともとれる笑みをその端整な顔に浮かべて、マスタングは頷いた。

マスタングの言葉に中尉はすぐに頷く。その利発そうな顔はすぐに引き締まり、覚悟を決める。




連日、セントラルで行われている大量の誘拐事件。
誘拐されていくのはどれも皆、若い女性ばかり。職業、髪の色、瞳の色、趣味、家柄、宗教、思想、全てにおいて共通するものはなく、無秩序に誘拐されている。いや、実際に誘拐されているのが何人か、ということはまでははっきりとは、分かっていない。分かっているのは、彼女達が皆、売られているということだ。

一概に性を目的にして売られているとは限らない。家族として、介護要員として、メイドとして、店員として…。そして彼女達はみな、“自分から喜んで売られている。” 脱走することもなく、実に忠実に仕事をこなす。家族の事や自分の事も、何も覚えてはいない。何かの洗脳を受けたような形跡は明らかだった。だが、理由も、方法も分からない。
家出少女や、非行で家へ帰らないのか、誘拐されているのか、別の事件に巻き込まれているのか、何も分からないが、とにかく失踪した女性全てを数えると驚異的な数字になる。それに便乗するようにメディアが騒ぎ立てたお陰で、いまやこの謎だらけの誘拐事件は、セントラル中の話題だ。軍が動くのも無理はない。


ようやく掴みかけた手がかり、無駄にしてはいけない。




「魔法使い、か」


無意識にマスタングは呟く。魔法使い。
たしかに、おとぎ話に出てくるような彼らならば、この摩訶不思議で常識はずれな事もできるのかもしれないな。





「中尉、今のうちに手配しておいて欲しい事がある」