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「見つかった遺体は、どれも外傷がまるでない。薬物反応も恐らく出ねぇだろうな」

何の感情も込められずに淡々とレポートを読み上げる無精ひげの検視の男に知らず険しい顔が浮かぶ。
仏さんに一々感情込めてりゃんな仕事やってられるか、と腹を括っているが、しかしそれにしても様子がおかしい。はっきり言って、異常だ。いっそぐっちゃぐちゃのスプラッターな遺体であれば、犯人の何らかの意思が伺えるし、その犯行の特徴から該当者を絞ることだってできるというのに。毒殺でもない。外傷もない。もちろん心臓発作などの発作でもない。死んだ二人の憲兵は、一人は高血圧のてらいはあるものの、こんな急にひっくり返って死ぬような様子でもなかった。二人の憲兵が全く同時に、何の傷もなく死んでいる。

死体が発見されたのは、大通りからほんの少し離れただけの通りだった。
確かに人通りが多いわけではないが、それでも皆無ではない。だからこの通りを利用した人間の証言は取ってあるが、死体がここへふらりと現れたのは、たった20分の間。それに反して死体は死後1時間は経っている。大の大人の男の死体が、どこからともなく、誰にも見られることなく現れている。複数犯であれ、単独犯であれ、誰にも目撃されることなく大人の男の死体を、それも二人分もこんな場所へ運び込めるものだろうか。そして何故わざわざ見つけてくださいと言わんばかりにこんな場所に転がしていたのか。

「大佐、こりゃ異常だよ。俺もコレで飯食うようになって長いから分かるんだがね、この仏さんからは意志が感じられない」
「意志?」
聞き返したマスタングに男は投げやりに頭をかいて舌打ちする。

「上手くは言えないがね、死体が教えてくれる囁きがないのさ。安易に言ってしまうなら、撲殺なら突発的犯行。ふっと沸いた怒り。刺殺なら酷い嫌悪。殺意。犯人は女の場合が多い。毒殺なら長く蓄積された恨み。知能犯ってね。死体が何か手がかりをくれるんだがよ、ここからは何も感じない。異常だよ」

KEEP OUTの黄色いシールで封鎖された一角には、すでに野次馬や記者もどきがぞろぞろと押しかけ、勝手な事をいいながら興味津々とも怖いものみたさとも取れるような顔で現場を覗いている。
マスタングは、腕を組んで奥歯を噛み締めた。また、どこからともなく現れた、か。
これはやはり生きている夢子の調査を急いだ方が良いだろう。死体は何も語らない。

「んな事言っちゃなんだがな」
言葉を続けた男は何か言いづらそうに口ごもる。それを促すように目で見やれば、男が苦々しい顔をして言葉を続けた。

「こりゃアンタら錬金術師が絡んでいるんじゃねえか、と俺は考えている」

マスタングは言葉もなく、ただ目を伏せた。
錬金術師。それならばありえないことではないのかもしれない。だが遺体に何の外傷も残さず殺害できるような腕の錬金術師がこの近辺にいただろうか?軍のリストを洗う必要がある。
「可哀想にな。死んだ憲兵のうちの一人は、この間餓鬼が生まれたばかりだとよ。失踪から3日。家族が必死に探してたんだがな…」
盛大に舌打ちをした男は、また清潔感のない頭をかきながら、現場へと戻っていった。


“東で失せ物が見つかるそうですよ”


────あれは何かの警告だったのか?







大きな街だ…。
石畳の道、綺麗な色の、オモチャみたいな家々。町にはまだ馬車が走り、服装もどことなくカントリーなクラッシックスタイルで、世界チェーンの店の看板なんかなくて、映画の中みたい。不思議な感じ!かわいい街!

「ミスターハボック!セントラルはとても素敵な町ですね!」
きょろきょろと活気に満ちた町を見渡し、振り返ると一歩後ろを歩いていたミスターハボックが眉を下げる。引いてる?ちょっと騒ぎすぎちゃったかな…。たぶん、今夜はベッドの上で悶絶しそうだ。ミスターハボックはちょっと笑う。

「まあな。それよりミスターハボックってのは止めてくれないか?なんかむず痒くって」
「あ、すみません。じゃあなんと呼んだらいいでしょうか?」
「ジャンでいいさ。それよりそろそろ日がくれてきたな。どこか外で軽く何か食べるか。…色々見たら何か思い出すかもしれないしな」
「そう、ですね」
うひひ、ついに記憶喪失になってる…。

セントラルは、その名前の通り大きな町だった。
ジャン曰く、アメストリス中のものが集まってきているそうだ。お金を出せばセントラルで買えないものはない、と教えてくれた。そしてタオルや下着、食料品やミルクを買うのを手伝ってくれた。大佐さん、一体どれだけ包んでくれたのかは分からないけれど、まだまだたっぷりお金が残っている。なんてこった!こんなご恩、一体どうやって返せるんだろう。でも、きっと、ウエイトレスの仕事くらい見つかるよね。平成不況大氷河期って感じじゃない、豊かな町だ。

この町で、しばらく生きていかなくっちゃいけない。しばらく、でも、もしかしたら、ずっと…。


早く何か手がかりを見つけなくっちゃ!





────分からん。全く分からん。俺には全くさっぱり理解不能だ。

吐き出した深い深い溜息は、タバコの煙と一緒になって吐き出されていく。
引っ越したばかりの部屋が既にヤニ臭くなっているのは自覚した。
昨夜、大佐が部隊を率いて突入かましてた時、俺は本部での事後処理にあちこち走り回っていた。マスコミが騒ぎ立てれば上が出てこなくなる、とマスコミに報道規制をかけて、保護された女性や少女達を病院に送り届け、それでいて事情聴取をして…。そうしたら、犯人一味の聴取取ってた大佐が何かの違和感に気づいたとかで、ロクに説明もされないままこうして一夜にして俺は荷物もそこそこに持ってこうして引越し。そしていきなり“事件関係者の疑いがある重要な少女”だとかいう、こんなどっからどう見てもただのティーンエイジャーの監視任務に就くことになった。本人がまるで何も知らない所での監視。部屋には盗聴器もばっちり。

こんな事されてるなんて知ったら、夢子哀しむだろう。



もちろん、他にも誘拐され、売買された可能性のある被害者達や、これからも起こり続けるであろう犯罪を見逃すわけにはいかない。
捜査、仕事とあれば腹は括っている。だがしかし、やはり気が進まない。
今日一日夢子といて分かった。本当に、どうといって騒ぐほどの事もない少女のように思えるんだがな。
まあ、確かに、多少変なところはあった。この国の言葉を話すくせに、この国の通貨すら知らない。確かにセントラルは大都会だが、全ての物をまるで初めて見るものかのように、目を輝かせてきょろきょろと落ち着かない。まるで異国からの観光客でも相手にしているような気分にさせられた。だがやはりまあ、頭の悪い自分には、彼女は、どこにでもいる女の子のように自分には思える。
例えばそう、田舎に帰れば薄給の俺にせっせと小遣いをねだってくる年下の従兄妹たちみたいな、そういう身近でどうって事の無い子供みたいな。

だがあの人の勘ってやつは、根拠はなくともかなり信頼ができる。結果は後からついて来るんだろう。


「ったく、汚れ仕事は任せろってか」
新しいタバコを加えて、盗聴の繋がったヘッドホンを耳に当てる。
これだけ見られるような事があれば、確実に俺は変質者だ。


『あーもう!どうやって帰ったらいいのかさっぱりわかんないー!!』


ん?何語だ?


『ほんと、早く校長先生が見つけてくれれば良いのに…』


待て待て待て。一体何語を話しているんだ?
士官学校では一応近隣の国であるドラクマやシン、クレタ、アエルゴの言葉を習う。戦時になった時、敵国の言語が理解できなくてはロクに戦闘だっておっぱじめられないからだ。だが、こいつ、何言ってやがるんだ?まるで聞いたことがない。
確かに語学の授業は得意じゃなかったが、それにしても、なんだ、なんだよ、それ。


何者だ、こいつ?



『あ。明日は箒を探しに行かなくっちゃ。もしかしたら飛行はできるかもしれないし』
『でもあんな古めかしい箒なんてあるかなぁ。なかったら作る…か。でも作った事ないんだよなぁー』
『うひゃー、もっと勉強しとけばよかったぁ』


…今の、は、なんとなく分かる。うひゃー、は分かる。
なんだ?詳しくは知らんが、シンにはいくつもの言葉が民族によって分かれているってのを聞いたことがある。そのうちのどれかか?大したことを喋っているような様子はなさそうなんだがな…。やっぱシンからの旅行者か何かじゃないのか。おいおい、こいつが白だった場合、大佐減棒ものなんじゃねーの?
女の子の部屋の盗聴なんて、まったく嫌な仕事を回されたもんだ、と舌打ちしながら、すっかり冷えたコーヒーに口をつける。


『もっと勉強しとけばよかった…そしたら、そしたら、自分で…自分で、な、んとか…できたかもしれないのに…』
『マグル出身だからとか、日本人だからとか、そんな、変な逃げ道、つくらないで…もっと…も、っと…』
『もっと…っ!』


聞こえてきている何語かまるで分からない夢子の声が、どんどん掠れた涙声へと変わっていく。
それを耳で受け止めながら、今、隣の部屋でひとりの女の子が泣いている。夢子の部屋側の壁の向こうで、夢子が泣いている。なんとも言えない後味の悪さを奥歯で噛み締める。


『おかあさ…おとうさん……』

しばらく続いていた泣き声は、やがてすすり泣きに変わり、そしていつしか部屋から音が消えた。
泣きつかれて寝たんだろう。夢子が眠ってしまった事にほっとした。せめてゆっくり眠ると良い。


「クソ、嫌な仕事だ」