「ハボックは良くしてくれるかね?」
そう尋ねた大佐さんの言葉に、わたしが、もちろん!と勢いよく頷けば、ちょっと大げさすぎたのか、オーバーリアクションしてしまったのか、大佐さんは少しキョトンとしてから、その整った顔に笑みを浮かべた。
「そうか。それは良かった。ハボックは面倒見の良い男だからな」
そう言ったのを皮切りに、わたしは大佐さんに色んなことを聞かれた。
町はどうだ?馴染めそうか?とかもう三番街へ足を運んだかね?とか。三番街には、近くに女子校がある関係で、女の子が好きそうなファンシーショップや服屋さん、アクセサリーショップが沢山並んでいるんだって。(それは是非行ってみなくっちゃ!)そんな事ばかりを聞かれて、事件に関することは全く聞かれない。
ああ、ひとつ、どうして殴られたのかは聞かれた。
まだ腫れた頬に、殴られた衝撃で口の中を切ったせいで、右口角が紫色になっている。自分で言うのもなんだけど、ちょっと痛々しい。(っていうか痛い。口内炎痛い!)そんな仰々しい顔してりゃスルーできない問題…かな。
これ以上上手にウソをつける気がしないので、脱走者と間違えられて殴られたこと、そして気がつけば倉庫にいた事を話した。
「倉庫にいる前、君はどこにいたんだい?最後の記憶は?」
「学校です」
「それはアメストリスの学校かな?」
言葉につまる。大佐さんはやさしい顔をしているけれど、昨日みたいに魔女だとかホグワーツだとか言えば、殴られた衝撃で頭がおかしくなったとか思われるかもしれない。っていうか、わたしだってホグワーツに行ってみて、魔法界へ行ってみて、ようやくそういう事を理解できて、信じられるようになったのに、こんなマグルの軍人さんに急に話して理解してもらえるかどうか…。もしかして、柵のついたタイプの病院へ入れられたりして?
「それは…よく覚えてない、です」
大佐さんは少しがっかりしたように小さく息を吐いた。
「そうだ。お茶の時間にしようか。中尉、優秀な副官を使って悪いんだがお茶の用意をしてくれるかな?確かお客様から頂いたケーキがあっただろう?夢子に出してあげなさい」
はい、と中尉と呼ばれたさっきの金髪のお姉さんが頷き、にっこり笑って部屋を出ていった。
うわぁい、ケーキ!
ああ、でも贅沢言って申し訳ないんだけど、赤とか黄色とか青とか蛍光カラーで、なおかつ臓物ケーキとか、そういうグロテスクな罰ゲームっぽいケーキじゃありませんように!!ハロウィンシーズンになると出るあのモンスターケーキを思い出してちょっとぞっとする。各机に並べられたケーキのホール。どの寮にもひとつ、ハズレのケーキがあって、食べようとすると弾け飛んだり、ゴーストになっちゃったりするんだったっけ。確か味も臓物味とか…。
マグル出身者は、なかなかカエルチョコとか百味ビーンズとかヒキガエル型ペパーミントって手が伸びなかったっけ…この世界の”ケーキ”がどんなものかわからないので、ちょっとドキドキする。
そんな余計な心配は、一切必要なかったようで、出てきたのはおいしそうなチョコレートケーキだった!
「私は甘い物はあまり好きじゃないから、中尉と夢子で食べなさい。私は紅茶で十分だから」
ほら、中尉もかけなさい、との勧めで、中尉さんもわたしの隣に座る。
「リザ・ホークアイ中尉よ。リザでいいわ。よろしく、夢子ちゃん」
「はい、お世話になります」
そこで初めて名前を言い交わして、軽く握手をした。
ケーキはすっごくおいしかった!甘すぎないし、スポンジもシロップ漬けになっていなくて、ふんわりしていて最高!ああ、やっぱり甘いもの食べると嬉しいなぁ!うはー!幸せ!!
おいしかったです、とお礼を言えば大佐さんもリザさんもにっこりと笑う。
おいしい紅茶を飲んだカップをソーサーに置けば、そういえば、と思い出したように大佐さんが言葉を続ける。
「そうだ。君は昨日茶葉で何か占いをしたようだね。アレから失くしていた万年筆を見つける事ができてね」
「へえ!そうなんですか!よかった、わたし、占いは得意だったんです」
飛行術とか、闇の魔術に対する防衛術とか、薬草学の授業よりずっとね!
と心の中でつけたした事は流石に大佐さんは知らないだろうけど、大佐さんはにこにこと笑う。
「もう一度我々の事を占ってもらっても良いかな?お茶の時間には丁度良いだろう。中尉、君も占ってもらうと良い」
「それじゃあお願いしようかしらね」
「はい、喜んで!」
リザさんの飲んだ後のカップの底を見る。…魚に、雲掛かった山…かな。じゃあ…
「えぇっと、上の立場の人に厄介ごとが起きるのでそのサポートを、だそうです」
「上の立場…」
リザさんは、そう呟きながらちらっと大佐さんを見る。わたしもちらっと大佐さんを見る。わたしとリザさんに見られた大佐さんは少しビクッとして引きつって、「いや、私はきちんと仕事をしているよ。もちろん」と取ってつけたような笑いを浮かべる。リザさんはちょっと呆れたように肩を竦めただけだった。
「じゃあ私のはどうだろう?」
「えぇっと、大佐さんのは…」
席を立って大佐さんの隣に立ってカップを覗き込む。大佐さんからふわりと感じの良いコロンの香りがするのを感じて、この人すっごくモテるんだろうなぁ、となんとなく悟る。
「…水に注意。換えの服を沢山持っていけ。なんの事でしょう?雨でも降るのかな?」
大佐さんを見れば、すごく苦々しい顔をする。あ、良い結果言えなくてわるかったなぁ。
っていうかこれ二人の結果を総合すると、大佐さんに何か水難が起きて、リザさんが苦労するのかな?リザさんをみればリザさんも苦々しい顔をする。軍人さんだし、濡れると銃器の火薬?とか困るのかな。防水じゃないのかな?良く分からないけれど、この二人にとって水はあまり良い結果じゃないらしい。
「どうして水がそんなに嫌なんですか?」
「ん?…いや、水と私は相容れないからね」
もしかして泳げないのかな?曖昧に苦笑いでごまかされてしまった。
人の苦手なものは追及しちゃいけないか…すっげー気になるけど。と思ってわたしは深く突っ込まない事にした。
結局、事情聴取もどきはそれで終わってしまった。なんだか拍子抜けしてしまう。
そうこうしているうちにすぐ大佐さんもリザさんも忙しくなり、迎えに来てくれたジャンと一緒にわたしは官舎へ帰ることになった。また遊びにおいで、と手をふってくれた大佐さんに手を振り替えして、またジャンにくっついていく。
「大佐と何話してたんだ?」
「えーっと、三番街って所には可愛いお店が沢山あるって教えてくれて、それから少しだけ、あの倉庫に現れる前の話したよ、それからジャン話も」
「え、俺の話まで?」
「うん、ジャンが面倒見の良い良い人だって、大佐さんも言ってたよ!」
ジャンは、うへー、と苦笑しながら頭をかいた。
大佐さんの隣に立ったときは、かすかにコロンの香りがしたけれど、ジャンからは強いニコチンの匂いがする。きっとヘビースモーカーなんだろう。けれど、わたしの隣にいるときは吸わない。やっぱり良い人だな、と思う。この街には良い人ばかりだ。…なんか巻き込まれちゃったけど、誘拐事件があるみたいだけど、早く解決すると良いのに。
「あのね、しばらくこの街には住む事になると思うけど、わたしにできるような仕事ってあるかな?」
「仕事?」
ジャンは少しだけ驚いたように聞き返す。わたしは、うん、と頷いて、ジャンから目を離して真っ直ぐに前を見る。
大佐さんのオフィスから、行きに通った殺風景で、まるで病院みたいに味気ない廊下を歩く。当たり前だけど、軍人さんや、町の人たちにはきちんと仕事がある。仕事じゃなくても、カバンを背負って走っていく子供たちがいたから、学校だってあるんだろう。そうやってきちんと毎日が成り立っているのに、わたしだけ軍からのお金でニートするなんて嫌だ。大体、テレビやパソコンがあるわけじゃないし、突然遊びにきてくれるゴーストもいないし、一日部屋に篭って経ってやる事がない。
それよりも、街へ出て、きちんと色々知って、そして帰れるよう手がかりを探す方がずっと建設的だ。
「きちんと、ここで生活したいの」
「うーん、仕事っつったってなぁ。どこで働くにしても一応履歴書とか必要だろ?あーまあ履歴書なんてなくても働ける場所はあるっちゃあ、あるけど…」
「それはどこですか?」
ジャンが足を止めて、厳しい顔を作ってぐいっと顔を寄せる。驚いて一歩身を引くと、ジャンは言う。
「酒場一体だろうな」
「酒場…」
まあ、酒場のウエイトレスくらいならなんとか?セクハラにだって耐えてみせる!
多分、酒場だって言ったって向こうのパブみたいに首がべらべら喋り出して野次飛ばしたり、唾吐いたりしないだろうし、余裕余裕。でも、たぶん、手っ取り早くお金を稼ぐなら酒場のほかに売春なんかの手もあるんだろうけど、それは嫌!清い体でお嫁に行きたいです!っていうか、言っちゃなんだけど、こっちのグラマーなお姉さんスルーして、この貧相な体のわたしを買おうって人がいたら相当ロリコンだ…。
う、と言葉に詰まったわたしの頭を乱暴に、それでいて優しくわしゃわしゃとかき回して、ジャンはニカッと笑った。
「んな心配しなくてもすぐに全て解決するさ。お前はうちで保護されてんだから、余計な気は回さなくていい。あ、間違っても酒場へふらふら行って、仕事探そうとするんじゃねーぞ」
最後には厳しい顔をして、こつん、とわたしの頭を叩いた。
…うん、と頷きながら、それでも仕事は探しておきたい、と思った。
それに、いつまでも軍の厄介になるわけにはいかない……。
借りている部屋に帰るためにジャンと大佐さんが一緒に帰宅をしてくれるというので、お言葉に甘えて両手に花で帰路を急ぐ。二人は軍から宿舎までの道すがら、おすすめのお店や注意する通りなどを教えてくれて、わたしはそれを忘れないように覚えながら帰る。
「ああ、この先は少し治安の悪いエリアに通じるから、暗くなってからは通らないように」と大佐さんが教えてくれた瞬間だった。
街灯の下に男がいた。
ボロボロのフロックコートに虚な目をして、無精髭の生えた口元からは涎が垂れている。
わたしは慌てて目を逸らして、急いで通り過ぎようとした瞬間、男と目が合った。目が合ってしまった。
男が濁ったどろりとした目でわたしをみて、それから隣の大佐さんを見た。瞬間、男が硬直し、口元がわなわなと震え、声にならない声を叫ぶ。
すぐさま大佐さんとジャンがわたしを背後に庇ってくれたが、男がそのままこちらに向かって突進してくる。
わたしは咄嗟にポケットの杖を握る。でも、魔法は使えない!
その時、わたしたちと男の間にパッと炎が走る。白手袋をはめた大佐さんの手から、炎が、でた。
炎に驚いた男をジャンが取り押さえ、男の手にナイフが握られていたことを知る。でも、今の、なに?
「な、んですか、今の…」
「錬金術。焔の錬金術師だ」
────錬金術?
大佐さんがこともなげに答え、ジャンが「街中で気軽に火を出さんでください」と文句を言いながら、もはや英語ネイティヴじゃないわたしには聞き取れない言葉を大佐さんに向かって喚き続ける男を後ろ手に押さえ、騒ぎに駆けつけてくる人たちに憲兵を呼ぶように言い、一人からネクタイを受け取って縛る。ものすごく手慣れている。
知らない…わたしは、知らない。こんなの、知らない。錬金術って、なに?
こんなの魔法じゃん!!